善なる優しさは伝染する。

家庭を守る一主婦になり気づけば10年ひと昔が過ぎました。

善き行いをし、身をもって伝えていきたい。

ご先祖様が預けてくれた、我が子を育てる時間は短くて尊い。

 

流行り病のパンデミック、戦争や紛争、絶えることのない不安や悲しみ怒りの中にあっても、人と交流することを恐れず、相手を尊重する。

 

利己ではなく利他のためにと考え行動するだけで幸せに満たされます。

 

変わらず東京ですが、バードサンクチュアリと云える自然豊かな地域へ引越しをし、預けていた犬たちも無事迎えました。もう二度と離れないからね。寂しい思いごめんね。待っててくれて本当にありがとう。犬との生活は私にとって大切なかけがえのない家族の時間。

 

記憶が薄れていく‼️書くことは始めると好きなのにブログ書く気持ちって気紛れ。賢くて強い日本犬の最期の生きた姿を残しておかなきゃ。写真はあるけれど結構見た目が衝撃的に悲惨過ぎて載せれません。。それでも凪はとてもとても穏やかな心でほほえみ返してくれていました。

3月末、急にくしゃみが激しいなぁと何気に病院行って、アレルギーか癌かもということで次に調べるはCT、MRI、確定しても治癒はまた難しい選択となりどこまで色々突き詰めて負担追っていくのか。。と、1週間後、夜に止まらない鼻血。鼻腔の細胞診も検査結果は癌細胞が見つかって予後不良、余命1ヶ月の診断。1ヶ月で計4病院を行き来しました、鉄剤、止血剤、インターフェロン、気休めでしたが使っていました。

くしゃみや鼻血はそれ以降落ち着いたが、パグの鼻のような音が出るようになり、左鼻に固いこぶがみるみる膨らんで顔を歪めてきました。苦痛に耐えて、心臓が若くて丈夫なぶん、生き地獄が待ってると思うとかわいそうでした。家族が大好きで、病院嫌いなんだし、もう穏やかに暮らしてもらおう。その都度症状に応じて対処するしかない。でも5月、辞令が出ると分かり私は家を片付け始め、、私の心は整理が追い付かず飼い主の責任を見間違えての安楽死も相談した。大量出血や激しすぎるくしゃみが止まらなくなったその時はその選択もありえる、と。困ったとき頼ってもいい人がいてくれてすごく助かった。かわいそうなのは凪やんか、と「今」を愛情たっぷりに接してやることに、またひとつ幸せを見つけた。生きるって素晴らしい事。忘れかけてた。

7月頭の引っ越しまで怒濤過ぎて人から指摘されるほど私はやつれたけど、大阪で過ごした沢山の大事な人に支えられて背中を押してもらいチビ連れて2日がかりの引っ越し完了、8月大阪でゆっくり過ごした最後の思い出。もう人の赤ちゃんの頭くらいのこぶが膨らみ目が埋没してきて、象さんみたいな顔になってきました。口の中にも癌が浸出して飲み込むのが難しそう。頭を持ち上げられず下向きのためか吠えることも無くなりました。

その頃の新聞にウェスティの鼻腔腺癌の飼い主のコラムが載っていて、同じだなぁと共感して泣いた。その切り抜きは今も大切にしています。

イビキのような音もくしゃみも無くなり、パンティングは増えたけれど舌の色も良く、穏やかに眠る時間が増えた。気分が良ければ少しウロウロしたり、撫でてもらいに近寄ってきたり。食べるには時間がかかったけど好きなクッキーはよく食べました。

皮膚はやぶれそうなくらい薄くなった箇所はあったけどガーゼをあてたり軟膏をつけたりしてしのぎました。後日談ですが、最後までお世話になり今後も3ダックスのかかりつけ動物病院にも挨拶に行って、夏を越せたこと、皮膚が裂けなかったこと、凪沙が迷惑をかけなかった全てに先生も驚いていました。

家の前でタクシーに乗り込んだ時、凪沙が玄関まで追って出てきた姿は忘れません。本当に賢い犬でした。生きてる最期の姿でした。お別れでした。

それから1ヶ月後、いつも通り夜ごはんを食べて暫く立っていた凪沙はバタッと倒れて絶命しました。いつも通り、最後まで穏やかなまま。えらかったね ありがとう 合掌
大好きな家族と暮らし私は幸せ元気です。上京して1年、暮らしは便利で快適で良き人との出会いに感謝しかありません。楽しくかわいい子育て時間を共有できるお友達や先生方との出会いは一番の宝物です。大阪へ帰りたがってた息子もすっかり未練は無い様子。

ただ犬たちは連れて来れなくて大阪で親族に預かって貰っています。もう一度犬と暮らせるように頑張るしかありません。帰る度にとても落ち着いているワンコたち。二家族の大人や子供から愛情を貰っています。必ず迎えに来るからね、帰るときはお留守番風のお別れにしていますがやはり涙が出ます。

人生は変わっていく。これからも良い風に変えていこう。