日本の社会が住みやすかったという“古き良き時代”には、すべてが今より過ごしやすかったわけではありません。社会全体がのんびりしていた反面、たとえば男女差別などは当たり前のようにありました。「女らしく」「男らしく」という社会からの要求が根強く、女性として生まれたら、「おしとやかに育って、いい人を見つけてお嫁に行って、子育てに専念して」といった生き方以外は考えにくい時代だったのです。
その他、すべてにおいて、「男だったら、こういう人生を歩むべきだ」とか、「年寄りは、こういう生活を送るのが常識だ」とか、「母親というものは、ふつうはこう行動するものだ」とか、性別・年齢・社会的な立場に応じて世間が考える“しばり”が、今の何倍も強力にありました。そこからはみ出した人生を送ろうとすると、世間の風当たりが半端ではない時代でした。
ところが、今の時代は違います。男であっても女であっても、年寄りであっても、母親であっても、目指すところは「自分らしさ」です。世間の決めた母親像や子育てではなく、「自分が望む母親像」や、「自分らしい子育て」を目指すことができる時代なのです。もちろん、今の世の中でも、いろいろなしがらみはあるでしょうが、あの“古き良き時代”の頃から比べると、雲泥の差です。
ところが一方で、世間が決めた母親像・子育て像に、何の抵抗もしないでポッコリはまりこんだ方が、気楽な面があるのです。「自分らしい子育てって、なんだろう?」という答えは、誰も教えてはくれず、自分で見つけるしかありません。「そもそも、自分って何だろう?」「私はどんな人生を送りたいのだろう?どこに向かって歩きたいのだろう?」と考えはじめると、ますますわからなくなります。出産前に描いていた「こんな親子になりたい」いう夢が、現実の赤ちゃんを目の前にすると、こっぱみじんに砕け散ってしまうことも・・・。そしてそこにも、「自己選択による自己責任」という重圧がまとわりついてくるのです。