お父さん日本の社会が住みやすかったという“古き良き時代”には、すべてが今より過ごしやすかったわけではありません。社会全体がのんびりしていた反面、たとえば男女差別などは当たり前のようにありました。「女らしく」「男らしく」という社会からの要求が根強く、女性として生まれたら、「おしとやかに育って、いい人を見つけてお嫁に行って、子育てに専念して」といった生き方以外は考えにくい時代だったのです。

 

お父さんその他、すべてにおいて、「男だったら、こういう人生を歩むべきだ」とか、「年寄りは、こういう生活を送るのが常識だ」とか、「母親というものは、ふつうはこう行動するものだ」とか、性別・年齢・社会的な立場に応じて世間が考える“しばり”が、今の何倍も強力にありました。そこからはみ出した人生を送ろうとすると、世間の風当たりが半端ではない時代でした。

 

お父さんところが、今の時代は違います。男であっても女であっても、年寄りであっても、母親であっても、目指すところは「自分らしさ」です。世間の決めた母親像や子育てではなく、「自分が望む母親像」や、「自分らしい子育て」を目指すことができる時代なのです。もちろん、今の世の中でも、いろいろなしがらみはあるでしょうが、あの“古き良き時代”の頃から比べると、雲泥の差です。

 

お父さんところが一方で、世間が決めた母親像・子育て像に、何の抵抗もしないでポッコリはまりこんだ方が、気楽な面があるのです。「自分らしい子育てって、なんだろう?」という答えは、誰も教えてはくれず、自分で見つけるしかありません。「そもそも、自分って何だろう?」「私はどんな人生を送りたいのだろう?どこに向かって歩きたいのだろう?」と考えはじめると、ますますわからなくなります。出産前に描いていた「こんな親子になりたい」いう夢が、現実の赤ちゃんを目の前にすると、こっぱみじんに砕け散ってしまうことも・・・。そしてそこにも、「自己選択による自己責任」という重圧がまとわりついてくるのです。

お父さんある調査によると、「日本の社会が一番住みやすかったのは、前回の東京オリンピック(1964年/昭和39年)の少し前あたり」だそうです。戦後の復興がほぼ終わり、貧しさは残っていましたが、高度経済成長の忙しさはまだ先のことでした。昭和のゆったりした「古き良き時代」を描いた『三丁目の夕日』(西岸良平・作)というマンガがありますが、まさにその時代が舞台となっています。私の母が子育てをした時代(つまり私の子ども時代)も、ちょうどその頃でした。

 

お父さん「子育てに悩んでいる人がほとんどいなかった」というその時代は、子育て情報はほとんど流通していませんでした。母の話によると、子育て本も2冊ぐらいしかなかったそうです。そして、育児の選択肢もほとんどありませんでした。胎教なんて誰も知らなくて、多くの子が近所の助産師さんのところで自然分娩で生まれ、布オムツに、母乳、手作り離乳食でした。

 

お父さん選択肢も情報もなかったわけですから、「胎教をするべきか否か」「どんな出産法がいいか」「布オムツ?紙おむつ?」「母乳かミルクか?」といちいち悩むことはありませんでした。育児のやり方は、ひとつだけ。自分の母親や祖母がやってきたのと同じ、近所の母親たちがやっているのと同じやり方、それしかなかったのです。選択肢がないということは、自由がないとも言えますが、自分で選択しなくていいというのは、実に楽なことでもあります。

 

お父さんさらに、選択肢があることの大変さは、「自己選択には、自己責任がともなう」という点です。「自分の選択によって、わが子の人生が左右される」という無意識レベルの重圧は、実は、現代の親の心に、とても大きな影響を与えています。

 

お父さんひとつしかない選択肢を、みんなで、いっせいのせ!で選んでいた“古き良き時代”の母親たちは、いわば共同責任ですから、「自分が責任を負うしかない」という感覚は薄かったのです。社会全体も、「誰の責任だ!?」と追求する風潮が、まだあまりありませんでした。「まあ、しかたがない」「そのうち、なんとかなるだろう」というゆったりとした、良くも悪くも無責任な発想が得意な時代だったのです。

お父さん子育て支援という営みは、ひとりひとりの親や子どもの気持ちのひだに寄り添っていくという、細やかな仕事です。でも、その一方で、今の若い親たちが、どんな時代の流れの中で子育てをしているのかという「大きな視点」をもっていると、支援に深みが出てくると思うのです。

 

お父さん「社会のひずみや矛盾は、その社会の一番弱い部分・柔らかい部分に表れる」と言います。ある親子が抱える問題を掘り下げていくと、その親子だけの単なる個人的な問題とどまらず、この社会全体が抱える大きな課題が見え隠れすることが少なくありません。

 

お父さん実は私には、今年で90歳になる母がいますが、「どうして今どきのお母さんは、そんなに子育てに悩んでいるのか?」と不思議がります。実際に、新聞の過去のデータベースを調べてみると、母が子育てをした昭和30年代には、「子育てに悩んでいる」という記事は、まず見当たらないのです。

 

お父さんそれが、高度経済成長時代の後半になると、「子育てノイローゼ」という見出しの記事が一気に増えていきます。そこには、さまざまな社会環境の変化に翻弄される、若いお母さんたちの姿が報告されています。しかし私が注目しているのは、そういった外的な環境の変化よりも、内面の変化による影響の深刻さです。現代の子育て支援の一番根本的なテーマは、若いお母さんたちが抱えている「孤独感」だと思うのです。