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🍜 ⑩スカスカになってしまった中山道の旧道
前回の記事のほぼすべてを費やして紹介した……
奇跡のようなライオン看板の「瀧澤綿店」とくっついているクリーニング屋をよく見ると「ホワイト」とは記されているが、どこにも「ホワイト急便」とは記されていない
ということは全国チェーンの「ホワイト急便」ではなく、単純に洗濯物のイメージの白を屋号にした「クリーニング ホワイト」という店のようだ
見た感じは廃業しているようには見えずまだ現役の雰囲気なので、ここしばらくは解体されてしまうことはなさそうだが、このブログで紹介した直後に解体された例もあるので、油断できないのが現状と言えるだろう
一方、肝心の「瀧澤綿店」だが、こちらの店は、もっとも古い2012年のストリートビューの段階で、ほぼ現状と変わっていないことから、長年のあいだ放置されていることになる
不思議なのは、その当時からこの蓙というか簾がそのままなのことで、こういったアイテムは数年も経てば劣化してしまうため誰か手入れしている人物がいるのではないだろうか
これでこちらの路地裏には、もう見るべき物件はないだろうと判断して旧中山道に戻り先にすすむと、またしても更地だらけな町並みにウンザリさせられる
うーん、やはり商店街としては完全に終わってるなぁ……などと思っていると、またしてもあり得べからざる物件が視界に飛びこんできた
驚いたことに、まるで「瀧澤綿店」とデザインを合わせたようなライオン看板の平屋建ての看板建築である
前回の記事で述べたように東京都内ではつい最近、足立区関原に残っていたライオン看板の最後の1棟が、クラウドファンディングも虚しく解体されてしまったのに、この熊谷には2棟も残っていたことになる
建物の形状は明らかに何らかの販売をする店舗のように見えるが、店舗の造りはよく見かける中華料理屋のそれということに違和感を覚える
というのは、ライオン看板の中華料理屋などは昔の東京の風景を写した写真でも見た記憶がないからだ
正体を知ろうにもファサードのブリキ製のような看板は、半壊してしまっており、決定的な証拠はないが……
建物の横の部分のファサードには「青果物」という文字に○に「宗」の文字、そして「食料品」「ナカヤ商店」の文字が確認できる。電話番号が三桁なので昭和20~30年代の建物だろうか
おそらく創業当初は青果店だったものが、居抜きで中華料理屋に替わり、その中華料理屋も廃業してしまったという経緯だろうか?
そう推理して、いつものように過去のストリートビュー(2012年)を見てみると……
思ったとおり店舗入り口には「中華料理」と記された赤い暖簾が下がり、建物の端には「一番食堂」という提灯が吊るされており、つまりこの店は「中華料理 一番食堂」という町中華だったことが判明した
現在は虚しい更地にされてしまっているその隣には、くすんだ灰色のモルタル外壁の戦後型看板建築があり、2012年当時はまだ町並みがスカスカにはなっていないことがわかる
その先の向かい側には、旧家と思われるやたらと立派な古民家があり、この通りが単なる道ではなくかつては東海道と双璧を成す日本の大動脈、中山道だということを意識させる
それにしても気になるのは、2012年のいちばん古いストリートビューと比べると商店街らしさが圧倒的に希薄になってしまっていることだ
ためしに同じ場所で2012年と現在(ということになっている)ストリートビューのキャプチャ画像を比較してみる。こちらが2012年だが現在の様子を見ると……
十字路の角地の看板建築が消えているし化粧品店は更地にされていたり、もはや同じ場所とは思えないほど空虚な町並みに変化してしまっていた
しかも、それは今にはじまったことではなく2012年の段階で廃業してしまった商家や、更地にされてしまった場所がかなり目に付いたことから、旧中山道の衰退は1990年代には、かなり進行していたのではないだろうか?
中山道の旧道の部分は、このすぐ先で国道17号線と合流して終わるので最後まで見に行ってみよう
†PIAS†
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