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🏠 ③1棟だけ残された銅板葺き看板建築 

 

 

 

 

 

今回の記事は西武新宿線中井駅にある靴の磨き、修理、販売の「chett」で底にハーフラバーを施したオールデンを受け取ったあと、ラバーを慣らすためその場で靴を履きかえて散策している

 

 

そして中井駅から高田馬場駅に移動してホームの下を通る早稲田通りに出ると、途中、セカンドストリートに立ち寄り、UNITED ARROWSソブリンのアイリッシュリネンのジャケットを買いポロシャツの上から羽織って銅板葺き看板建築が残っているはずの場所を目指した

 

つまり家を出たときとは、まったく違う姿で散策していることになり、なんとなく変装した私立探偵のような気分がして可笑しかった

 

 

早稲田通りは小滝橋通りとの合流地点が近付くにつれて、ビルが並ぶそれまでの無機質な風景から、昭和な雰囲気を強く残した町並みに変わった

 

 

 

 

 

 

 

 

さすがにこれだけ駅から離れると通行人の数は少なくなったけれど、あたりを見渡すと信号を待っている人物が一桁にならないあたり、東京都にどれだけ多くの人間が集まっているのかを実感する

 

これがいつも散策しているような埼玉県の宿場町なら、こんな時間帯に、これだけ駅から離れたら通行人などは皆無になってしまうだろう

 

 

などと、どうでもいいことを考えているうちに、くだんの交差点に到着した

 

角地に建つ真っ赤なベースに黄色い文字で「餃子」「江南」という、目がチカチカしそうな看板を出している物件の隣に、目指す銅板葺き看板建築がある……はずだ

 

 

 

 

 

 

 

 

おそるおそる建物を回りこんでみると……果たしてお目当ての銅板葺き看板建築が解体されたりもせず無事に残っていたので、思わず胸を撫で下ろした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それにしても、この銅板葺き看板建築は一見しただけで、やけに間口が狭く不自然なほど左右が非対照になっている

 

 

下町のような建物がギッシリと詰まった地域ならば、はじめからこの間口というのもあり得なくもないが、この建物が建造された昭和初期頃、新宿区の外れのこんな場所が住宅密集地帯だったとは考えられない

 

ということは、おそらくこの物件は、ある時期において半分もしくは3ぶんの1にぶった切られてしまった僕の言うところの「ぶった切られ物件」と見て間違いないだろう

 

 

そして、この建物で以前から気になってしかたがないのは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

建物の壁面に無造作にペンキで記されたおそらく飲食店だった現役当時のものと思われるメニューの物価であろう

 

残念ながら右側はペンキがほとんど剥げ落ちてしまっていて判読不能になっているが、気になったのは左側の……

 

御酒  ✕✕0円 ビール  一五0円

 

サイダー  五0円  ジュース  五0円

 

という値段である。僕の幼い頃でもジュースが50円などというのはあり得ず、店舗で買うより値段を高く設定している飲食店ならその4、5倍はつけていたはずだ

 

ということから考えて、おそらくこれは昭和30年代のメニュー表が、そのまま残っているのではないだろうか

 

 

気になったのでググってみるとAIからの回答は……

 

昭和35年(1960年)当時のメニューと値段は、ラーメン1杯が約35円、喫茶店のコーヒー1杯が約50円、寿司(並)が1人前約160円でした。この時期は「もはや戦後ではない」と経済が急成長し、外食やレジャーを楽しむ文化が徐々に広がり始めた時代です。 [1, 2, 3]

 

 

メニュー [1, 2, 3, 4] 平均的な値段 備考
ラーメン 35円 屋台や大衆食堂での一般的な価格
カレーライス 50円〜80円 国民食として家庭や食堂で人気
オムライス 80円〜100円 洋食店の定番人気メニュー
すき焼き 400円前後 当時は「ハレの日」の贅沢なご馳走
寿司(並) 150円〜160円 1人前の標準的な価格
コーヒー 50円 喫茶店での1杯の平均価格
ビール(大瓶) 120円 酒屋の小売価格から少し上乗せされた頃

 

看板にあるビールは150円なのでほとんど符合している。これを昭和40年で試してもさほど物価は変動しておらず、つまりこのメニューは昭和35~40年代頃のものではないかと類推できる

 

 

 

 

 

 

 

 

ひとつたしかなのは、僕がこの建物に初めて気が付いた時点で、すでに現在と同様に無住のまま放置されているということで、今となっては新宿区では貴重な建築遺産だけに、取り壊されてしまわないか心配な物件である

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この銅板葺き看板建築のある交差点で早稲田通りは小滝橋通りと合流して右に曲がっているが、合流した直後に「新宿区立 神田上水公園」なるものがある。これはかつての神田川の河川敷で公園の真横を……

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたは もう 忘れたかしら 赤い手拭い マフラーにして」の歌詞で知られるかぐや姫の歌、神田川の背景となった神田川が流れている

 

あの歌詞にあるような風景は、歌詞の元ネタとなった早稲田界隈から完全に姿を消してしまい、モデルになった銭湯はとっくの昔にマンションに建て替えられてしまった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神田川をわたると大きなマンションと都営バスの営業所があった

 

マンションはともかくバスの営業所は何かを取り壊した跡地というよりこの場所に、はじめから広大な敷地がありそこに造ったものだろうから、このあたりまで来ると往時は郊外だったのだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

都営バスの営業所から神田川が造り出したものと思われる緩やかな坂道を中野方面にすすむが、時おり戦後型看板建築があるぐらいで、風景はマンションや雑居ビルが並ぶ面白味のないものに変わった

 

 

この先、中野駅の近くまであまり古い建物は残っていないことは、以前に車で通ったときに確認しているので、すぐ先に東中野駅前に続く区検通りという商店街になっている道があるので、いったん早稲田通りを離れて東中野駅に向かうことしにした

 

というのも東中野駅前にある再開発が決まったディープな飲食街「ムーンロード」が、現在どうなっているのか知りたかったからだ

 

 

果たしてその一角は、まだ残っているのだろうか?

 

 

 

続く

 

 

 

 

 

 

 

†PIAS†

 

 

 

 

 

 

 

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