うちのダンナは冒険家〜招福ハレルヤ ウタ唄いPiapiのブログ〜 -12ページ目

うちのダンナは冒険家〜招福ハレルヤ ウタ唄いPiapiのブログ〜

うちのダンナは冒険家 そして私はウタ唄い
招福ハレルヤ というバンドをしています。
合言葉は Love× Laugh→Peace らぶらふぴーす




200726 招福ハレルヤGP 
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通信速度の関係で口とか手と音楽がずれてますが・・・
あしからずご了承くださいませ。

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「命の選別」が話題になっていますが・・・

O西氏は

尊厳を尊重していると言ってるのではないかなあ?

私は尊厳死を選びたい。

延命はしたくないって思います。

 

私の父は
なくなる1ヶ月前から
少しずつ歩けなくなって
1週間前から

味がわからなくなって

食欲なくなって
3日前から
意識が朦朧となって
話せなくなって
2日前から

水分とれなくなって

枯れて

亡くなっていく

 

というのはまるで即身成仏のようでした。
 

ブラボー!でした。

 

 

だけどそういう死に方は今の世の中ほとんどありません。


家で家族で看取るとなると
警察沙汰になるんですよ。

 

それを知っていたので
実は

父が亡くなる二日前に
看取りをしてくれる病院を探し回ったんですが
どこにも断られました。

 

お年寄りが多いところなので
きっと家で看取るところも多いだろうと思ったけれど
どこの病院にも断られました。

 


息を引き取ったあとに
救急車に来てもらったんですが
車の中ではずっと心臓蘇生をしてくれていました。
私としてはどんな状態でも生きていてほしいと思いました。
でもあまりに痛々しくて辛く悲しく
「安らかに眠らせてあげてほしい」と心から思いました。

母のときも救急車の中で
延命するかどうか決めなくてはいけませんでした。
でも母は直前に
「延命はしないで」と言っていたので
私は心臓をもぎ取られるような気持ちだったけれど
「延命」は選びませんでした。



 

もしかしたら入院したら助かるかもしれない
だけど本人がそれで負い目を感じたり
痛い思いをしたりするかもしれない。

延命するのは誰のためか?


とてもむずかしい問題を
救急車の中の一瞬の時間で決めなくてはいけないんです。


私は母のことも父のことも
後悔はしていません。
精一杯のことをできたと思っています。


こればかりは経験しないとわからないことだと思います。



父が亡くなったあと
悲しみでいっぱいのところに
警察が来ました。
直前まで寝ずに介護していたにもかかわらず
証拠写真とられて
通帳やカードや鍵などそろえて提出して
事情聴取もされました。


このシステムなんとかならないでしょうか?

臓器提供などの意思表明ができるように
延命しませんという意思表明などがあればよいのにと思います。
痴呆になったときにも
どういう状況になったら安楽死させてくれるとか
そういうのがあればいいのにって思います。
父のように人に迷惑かけずに
死ねたらかっこいいなあって思います。


O西さんの言ってることは
とても理解できるって思いました。


もしも今
自分のおばあちゃんと
知らないけれど赤ちゃんがいて
二人のうちどちらかしか助けられないとしたら
どうしますか?
ってことですよ。


人の命は尊いものです。

戦争や被災などで
たくさんの人の死を目の当たりにしてきた人は
生きていくことも辛いと思います。
色々な後悔もあると思います。
もっとできたんじゃないかとか
あのときこうしていれば
とか

でも、それもこれも
運命って考えることができたら
楽にならないでしょうか?
「生きる運命にある人は何があっても生きるし
死ぬ人は死ぬ。そうなる運命やってん。それが寿命!」
この一言でどれだけ救われたか。


楽しく笑って生きていける世の中を
作っていきたいです。

あと何年生きることができるのだろう?
5年?10年?わからないけれど
今もジョークで言ってるんだけれど
「ああ、ぴあぴさん死んで楽になったわー」と
言われることなく
「ああ、ぴあぴさん死んで困る〜」と
言われる生き方をしていきます。


まだ、もうしばらくは
よろしくお願いいたしまする。笑