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ペッターの話

誰も見てないと思いながら書いてる



映画を観て、あまりに恐ろしい内容と

これが現実に起きた事件がモデル

ということが信じられなくて

原作を買った。


原作、という表現が正しいのかも

よく分からない。

当時、事件のことを追いかけ

関係者へ聞き込みを行い

裁判の行末まで見守った人が書いた

ルポタージュ、と言った方が正しい。

便宜上、原作と書く。



驚くほどに映画そのままだった。

逆か。映画の原作再現度の高さに驚いた。


主人公の教師が言ったとされる

アメリカ人差別やアメリカ批判は

映画でもほぼ一緒だった。

言葉の表現まで一緒。

体罰の種類は、原作では

「ミッキーマウス」や「アンパンマン」

とされていたが、映画では

「ウサギさん」や「頭バーン」だった。

流石にキャラ名は使わなかったらしい。

「ピノキオ」はそのままだったけど。


週刊誌の見出しも同じ。

写真に目線を入れて本名を出す、という

やり方まで完全再現されていた。



原作と違った点も、ある。

例えば、原告となる生徒には兄がいたが

映画ではひとりっ子として描かれた。

主人公の弁護人は2人いたが

映画では1人だった。

原作で使われてる名前は仮称だが

映画では更に変えられていた。


1番違いを感じたのは校長先生。

映画では光石さんが演じており

定年まであとわずか、という立場だった。

なので市の教育委員会からは

「定年まで頑張ってください」

というような言葉をかけられ

実際、にこやかに定年退職する場面も

映画内にあった。


一方、原作の校長先生は48歳。

学校勤務から教育委員会にうつり

4月から校長先生として赴任したばかり。

事件が起きたのは6月なので

まだ赴任して、校長になって2ヶ月だった。

市内で1番若手の校長先生らしい。


となると、受ける印象はちょっと変わる。


映画では

「経験豊富な校長が

自身の定年まで穏便に過ごしたいことを優先し

とにかく主人公に謝罪させて

事態が大ごとになることを避けた」

という印象だった。


一方、原作では

「赴任したばかりの学校、かつ

校長になったばかりで

問題が起きるのは望ましくないため

とにかく自分にできる最善のことをして

学校と自分を守ろうとした」

という印象だった。


両方とも保身ではあるし

結局やってることに変わりはないけど

後者の方が、思いもよらない事態に慌てて

必死に火消しをしてる感じがする。


ただ、原作の校長もしたたかな人ではあり

わざと曖昧な表現で体罰を認めて

自分への非難を避けようとした節もある。

それでいて

「(主人公)先生が勝訴したら

私は訴えられるんでしょうね…」

と怯える描写もある。

映画の校長も原作の校長も

誰よりも人間らしさを感じる。


映画と共通して言えるのは

やはり校長先生自身も

「主人公が体罰をした」

と、完全に信じていた訳ではなさそうだ。

原作の校長は赴任して2ヶ月とはいえ

普段の主人公の行動だって多少なりとも

見ていただろうし

性格だって分かっていたはずだ。

それでも認めてしまったのは

保護者の圧の強さ。恐喝だもん、あんなの。

有無を言わさず圧倒する態度で

何度も乗り込んでこられたら

先生はタジタジだろう。


時代背景として、この事件が起きたのは

モンスターペアレント

という言葉も聞かれなかった頃だそうだ。

今でこそ話が通じないとんでも保護者は

存在が確認されているが

その頃はSNSもない時代だし

余計に認知されてなかっただろう。

それでも当時から学校側は保護者よりも

立場が弱かった。

保護者の意見はどんなものでも

一旦受け止めるものとして

対応がされていた。


だから校長は保護者の要望を鵜呑みにして

主人公も保護者に屈して

やってもいない罪を認めて謝罪。

一度でも認めてしまったことが原因で

裁判でも大揉めするわけなんだけど。



では保護者はというと

まぁ確かに大概ヤベェ人で

経歴を詐称するため

ウソにウソを重ねるわけだが

彼らにも「息子を守る」という大前提がある。

事件を辿っていくと発端は

息子がついたウソを保護者が信じて

学校に抗議をした、という単純な話。


で、原作でも映画でもあったセリフだけど

子供はウソをつく。

それを叱るのが周りの大人の役目なのに

事実関係を確認せず

子供の証言だけを信じて

保護者が、精神科医が、弁護士が、マスコミが

正義感で動いた結果が「でっちあげ」になった。



本当に怖い話。

誰にでも起こりうる話だから怖い。

自分が何もしていなくても

「やった」と決めつけられて

否認すればするほど立場が不利になる。

原作にも例として挙げられてたけど

まさに電車の痴漢冤罪なんてその筆頭だし。


登場人物の全員が

「自分の正義を信じて動く」

という選択をとった結果起きた事件だった。


で、最後まで読んでみて

マスコミがより一層嫌いになったわけだけど

じゃあ、一体何を信じたら良いんだろうね。

このルポタージュだって

主人公や校長や弁護士や教育委員会などに

取材しているようだけど

(原告の保護者は拒否されたらしい)

どこまで信じて良いんだろね。

何が本当なんだろうね。

それを確かめる術は残念ながらないんだけど。