2023/06/18 | ペッターの話

ペッターの話

延々と1人でブツブツやってる


※こちらの注意書きを読んでから

読んだ方が良いです。





9時半に目覚ましをかけていたのに

7時50分に目が覚めた。

二度寝しようと思ったが寝られず

8時半頃に布団から出て

モサモサとサラダチキンを食べていると

母からLINEが届いた。

弟はギターが好きだったが

ギターを棺に入れてあげることはできないので

写真をプリントして欲しい、と。


私は自宅の隣がコンビニだ。

チキンを頬張りながら

写真の編集やプリント登録を済ませた。


今日は父が静岡から出てくる予定で

駅で待ち合わせてから安置所まで

一緒に電車で行くつもりだったのだが

コンビニで写真をプリントしてる時に

着いたと連絡があった。

おいおい待ち合わせよりも

1時間も早いぞ。


私も自転車に乗り駅へ向かう。

本日も快晴。

午前の時点で30度を超えた暑さ。


父と合流した。

あまりに早過ぎるので喫茶店へ入った。

ポロポロと弟の話をしながら

過ごしていると

Apple Watchがブルブルと震えた。

見ると、高心拍数の通知。

一定時間、正常値より高い心拍数だと

作動するらしい。

恐らく自転車に乗ってからの弟の話で

ドキドキしっぱなしだったのだと思う。

父と弟の話をすることは

自分が感じていた以上に

ストレスがかかっていたようだ。


しかし、昨日までは母ともろくに

会話ができなかった私だが

父の前だと普通に話せた。

もちろん最初のうちは心配かけまいと

若干意識していたけれどすぐいつも通り。

昨日まであんなに食べられなかったのに

サラダチキンに加えて

チョコクロもなんとか食べられた。


が、電車に乗った途端に腹痛。

乗り換え駅でトイレへ行こうとしたら

動線にトイレがなかった。

結局、途中下車させてもらったが

そもそも昨日まで食べなさ過ぎて

ほとんど出なかった。


駅に着いてタクシー乗り場を確認し

まだ時間に余裕があったので

座れる場所を探して父と2人で腰掛けた。

弟の相談に乗ってやれなかったことを

悔やむ父の言葉を聞きながら

ホントにみんながみんな

後悔を抱えているのだなぁと感じた。


良い時間になったので

タクシー乗り場へ戻ると

さっき確認した時に並んでた2人が

まだそこにいた。

あれ、とキョロキョロ見回すと

確かに待機タクシーの姿が見当たらない。


腐っても東京だぞ?

そんなタクシー来ないとかある?

少し待ってみたが来る気配がない。

呼ぶにしても呼び方がわからない。

2人揃って土地勘もない。

刻一刻と時間が迫る。

もうこれ以上は間に合わなくなると判断し

母へ電話をかけた。

「駅にいるんだけどタクシーいなくて

間に合いそうにない。どうしたら良い?」

「ちょっと待ってて」

と母は電話を耳から離した。

ちょうど伯父伯母の車に乗ってた母は

その場で伯母に

「どこならタクシー捕まるかな?」

と聞いていた。遠くで伯母が

「迎えに行くよ」

と言ったのが聞こえたあと

母の声が電話口に戻ってきた。

「パパが嫌じゃなければ迎えに行くよ」


こうして伯父伯母の車に

迎えに来てもらった。

父は最後まで逃げようとしていたが

頼んでしまった以上

勝手にタクシー捕まえて

向かう訳にもいかない。


両親が離婚したのは

私が小学校5年生の9月だった。

それ以来初めて、両親が揃った。

もう一生、揃うことはないのだろうと

思っていたのだが

まさかこんな形で揃うなんて。

父と母が会話していた記憶が残ってないので

揃ってるのがなんだか変な感じだ。

で、この場に家族が1人いないなんて。


安置所へ着いた。面会3日目。

まず母と伯父、伯母、従姉妹の双子が

部屋へ入った。

私と父は外で待った。

扉が開いていたため、中で母が

「良かったねマーキー。

パパが来てくれたよ」

と声を掛けているのが聞こえた。


少しして5人が出てきた。

母が泣きながら父に対して

「マーキーとお話してあげて」

と声を掛けた。

今度は私と父、2人だけで扉も閉めた。

前回、3人で集まったのは

ほんの1ヶ月半前だったのにな。

こんなことになるなんて。


父に続いて線香をあげて

泣きながら2人で並んで弟の顔を眺める。

「本当に寝てるみたいだね。

せめて向こうでは安らかに

過ごして欲しいね」

などと父が言った。私は何を言われても

「そうだね」

としか返せなかったが、昨日一昨日と比べて

かなり落ち着いて

しっかりと弟の顔を見ることができた。

途中で父が声を震わせながら

「早いなぁ…」

と呟いたのが聞こえた。本当にね。


「もう大丈夫、ママを呼んできてくれる?」

と父が言うので

「もういいの?これで最後だよ?

まだ時間は5分くらい大丈夫だから

もう少しいたら?」

と引き留めた。

せっかく静岡から会いにきたのだから

時間いっぱい会わせてあげたかった。


最後にもう一度、2人で線香をあげて

部屋を出ると母が待っていた。

「パパと話があるから

ペッターは外に出てて」

と追い出されてしまった。

外に出る時、背後で母が父に対して

「ちゃんと育てられなくてごめんね」

と謝っているのが聞こえた。

そりゃ責任感じるだろうなぁ。


受付にタクシーの電話番号があったので

外に出てすぐタクシーを手配した。

車で待機していた伯父が外に出てきた。

「◯◯君(父)、ショック受けてた?」

「うん、ショック受けてた」

「そりゃそうだよなぁ」

そんな話をしてる間にタクシーが来た。

扉を開けてくれた運転手さんに

「すいません、もう1人呼んでくるので

ちょっと待っててください!」

とお願いをし、父を呼ぼうとしたら

ちょうど話が終わったようで出てきた。


2人でタクシーへ乗って駅に戻り

電車で1時間揺られてる間は

ほとんど喋らなかった。

時折、父がため息をついたり

俯いたりするのが分かった。

私もふとした瞬間に涙が滲んだ。


父が車を停めている最寄駅で

昼ご飯を食べることになった。

日高屋で冷麺を頼んだ。

ラーメンは無理だったけど

サッパリした冷麺ならいける気がした。

そしてしっかり一人前を完食できた。

弟が亡くなってから初めて。


ここから運転して静岡へ帰る父に同行して

一緒に静岡まで行くことになっていた。

母から、心配だからついてってあげてと

頼まれていたのもあるし

私が父と一緒にいたかったのもある。

外で話しにくかったことを

車の中で父と話した。

弟のこと以外も話した。

藤岡藤巻のこと、仕事のこと。


「実家へ寄ってく?」

と父に聞かれた。

父は実家に祖父母と暮らしていた。

即答ができなかったのはその前に父から

祖父母の体調が良くないことを

聞いていたからだ。

祖父が89歳、祖母は87とかだったかな。

忘れたが、とにかく高齢で

2人ともかなり弱っていると聞いていた。

ちょっと、精神的に

会うのが怖いと思ってしまった。


しかし思い出してみると弟は最近何度も

「静岡のおじいちゃんおばあちゃんに

会いに行きたいんだよね」

と私に話していた。

私も行きたかったが東京はコロナが酷く

万が一でも祖父母にうつってしまったら

という恐怖から行くことができずにいた。


それから、前回5年ほど前に静岡へ行った時。

私は風邪をひいていて

声が全く出せない状態だったため

祖父母とろくに会話もできなかった。

万が一、このまま祖父母と

永遠の別れになってしたったら嫌だなぁ

と思っていたことを思い出し

会いに行くことにした。


高速道路から山の向こうに

富士山のシルエットが見えた。

弟と静岡に帰った時は何故か毎回

天気が悪く

富士山が全く見えなかったので

今回は見えそうだ、なんて話していたら

静岡が近づくにつれて雲が増え

完全に隠れてしまったので父が噴き出した。


静岡の家へ着くと玄関に

塩が置かれていた。

祖母が用意してくれたらしい。

父に塩をかけてもらった。


「ペッターが来てくれたよ」

と父が声を掛けると奥から

祖父母の声が聞こえた。

2人とも台所にいた。

ちょうど食事の準備をしていた。

突然の来訪にもかかわらず2人とも

「よく来てくれたね」

と迎えてくれた。


祖母が

「今回のことは本当に残念でした」

と声を掛けてくれた。

「まーくんも、そんな辛かったなら

静岡に来たら良かったのにね。

部屋ならたくさんあるんだから

何日でもゆっくりしたら良かったのに」

と言われてハッとした。


私が実家を出たその日、母から

「マーキーにも出てってもらう」

と聞かされたことで

私は弟の身を心配していたのだが

どうやら実際に亡くなる着前に

「猫を連れて家を出て欲しい」

と言ったようだ。

しかし弟にそんなお金はないし

行く場所もない。

助けてあげたかったけど私もお金はないし

一緒に住める部屋でもないので

どうにもできなかった。

静岡に逃げる発想は

私にも、恐らく弟にも無かったと思う。

そうか、そんな手段があったのか…。


痩せ細ってしまった祖父が

ヨボヨボと私の元へ来て弱々しい声で

「たった2人の姉弟なのになぁ…

可哀想に…」

と言ったあと言葉を詰まらせ

顔を歪ませながら

私の手首をギュッと握ってくれた。


ご飯の支度をしている最中に

「ペッター、美人になったな?」

と祖父が言った。

離婚後、最初に静岡に来た時

真っ先に祖父が

「まさとは大きくなったのに

ペッターは変わらねぇなぁ」

とイタズラっぽく笑ったっけ。

「元からそうだよ」

なんて冗談を返しながら

そんなことを思い出した。


祖父母のために大きな声で話した。

しっかり会話もできて

思ってたよりも元気だったので安心した。

「今も神田で仕事してるのか?」

と祖父に聞かれた。

「いや、今は別の場所だよ。

っていうか、よく神田って覚えてたね?」

この話をしたのは

前々回に来た時だろうから

7〜8年前ではないだろうか。


「オレが中学生の頃

神田の神保町

(しんぼうちょう、とかって言ってた)

へ修学旅行で行ったんだよ。

そこに映画館があってさ。

子鹿物語を観たのが忘れられない。

中学の頃の思い出」

と話してくれた。

「そっか、それで覚えてたんだね」

と言うとニッコリ笑ってくれた。


父がお茶を淹れてくれた。

静岡のお茶、本当に美味しい。

飲み切った後、2階へあがった。


この家には私が幼稚園年長の頃に

1年ほど住んでいた。

私たちが生活していたのがこの2階だった。

元 私の部屋もあるし元 弟の部屋もある。

元 弟の部屋にはパソコンが置かれており

4人で暮らしていた頃の画像データを

父が見せてくれた。


「やっぱり写真って大事だなぁ」

と父が言った。

4月末に3人で会った時、私はなんとなく

最近一緒に写真を撮ってないな

と思い、ずっとタイミングを

うかがっていたのだが

結局撮れず終いだったのを

とても後悔していた。

無理にでも撮っておくんだった。

3人での写真、ずいぶん古いのしかない。


「まさとの人生は楽しかったのかな」

父がポツリと呟いた。それには即答で

「楽しかったと思うよ」

と答えた。

気休めではなくて本当にそう思う。

最期こそ辛い思いをしているが

アイツは誰よりも好きなことをやってきた。

勉強を全くせずにずっと

ギターを弾いていたのだし

プロレスだってものすごく詳しくて

彼女だって途切れずずっといて

仕事も大好きな音楽関係で

鞄持ちで海外も1ヶ月行ってるし

これだけ多くの人に可愛がってもらって

それで楽しくなかったとか抜かすなら

望み過ぎだ、と私は怒るぞ。


祖父母と写真を撮りたいと思った。

この状態では、もう会えるのは

最後になってしまってもおかしくない。

「写真、嫌がるかな?」

と父に聞いたら

「パパが頼んであげるよ」

と言ってくれた。

1階へ戻ると祖父母は並んで

ソファに座っていたので

2人の真ん中に挟まった。

「写真?ヘアスタイルが大丈夫かな。

服装もパジャマだし」

と冗談めかしく身なりを気にする祖父が

可愛いかった。

帰る時に、祖母は歩行が困難なのに

そのまま玄関までついてきて

「お仕事頑張って下さいね」

と見送ってくれた。


昼ご飯が遅かったので

全くお腹は空いていなかったが

夕飯を食べに行こうと父が言った。

静岡に住んでいる時にも家族で行って

最近でも静岡へ帰るたびに

3人で行っていた焼肉屋へ

行くことになった。

4月末、最後に弟と会った時も

夕飯に焼肉を食べた。


新富士まで送ってもらった時点で

新幹線の時間まであと10分だったので

あまりゆっくりしてる暇はなかった。

父とも写真を撮ったあと

取り急ぎコンビニプリントで印刷した

弟の写真を渡した。

よりにもよって今日は父の日だったんだよね。


1人で新幹線に乗りながら

前回静岡へ来た時には

弟とSwitchでスマブラをやりながら

来たなぁなんて事を思い出した。

窓に自分1人だけがうつっているのを

眺めながら帰った。


帰宅してから、弟に手紙を書いた。

父からも、弟の棺に入れて欲しいと

手紙を預かっていた。

父は弟宛に初めて書いた、と言っていたが

私も手紙は初めてかなぁ。

書き置きとかは何度も書いてるが

手紙は記憶にない。


ここ1年以内の話だったと思うが

実家にいた頃、弟と字の話をした。

両親は字が綺麗で、幼い頃から

母に厳しく指導されたにも関わらず

私も弟も悪筆でコンプレックスだった。

「人前で書くの、嫌だよね」

「嫌だ、なるべく書きたくない」

「こないだ本屋で大人用の

文字教則本みたいなの見つけて

買おうか悩んだんだよね」

「今度、自分のも一緒に買ってきてよ」

そんな話をした。

結局買ってくるのを忘れていたことを

今更思い出した。

弟は文章読むのがあんまり

得意ではなかった気がするので

便箋1枚半で筆を置いた。

私は文章が冗長だから

全部書いてたら1冊の本になってしまう。


幽霊やあの世を信じてないけど

もし、万が一本当にあるならば。

せっかく書いたんだから、ちゃんと読めよな。