卒業式 | ペッターの話

ペッターの話

誰も見てないと思いながら書いてる

小学校の卒業式は何も感じなかった。

それもそうだ。

私は小5の11月に転校してきて

全く馴染めないまま卒業したので

思い出も何もなかった。

配られた卒業アルバムを見たって

存在しない記憶ばかり。

唯一嬉しかったのは、母が知人から

子供用のグレースーツを借りてきてくれて

人生初のスーツにネクタイという

服装が出来たことだった。


中学校の卒業式は殆ど覚えてない。

厳しい学校だったので何度も何度も

卒業式の練習をした記憶はある。

女子は足を揃えて座れだとか

お辞儀をした後に髪の毛を払うなとか

何度も何度もやり直しさせられた。

本番の記憶は一切ない。

部活の顧問で大好きだった

若い女性の先生が

卒業式の日に手紙をくれて

そこに先生のメールアドレスが載っていた。

おかげで今でも年賀状のやり取りだけは

毎年続いている。


高校の卒業式が1番覚えている。

確か12月ごろだったと思う。

急に学年主任の怖い先生に呼び出された。

ビクビクしながら職員室へ行くと

「卒業式の卒業生合唱の指揮を

ペッターにやって欲しいんだが」

と言われて目が点になった。


と言うのも、それまでも先輩の卒業式や

始業式、終業式などで

校歌斉唱の担当をしていたが

私はピアノ伴奏だったからだ。

同じ吹奏楽部で指揮者をやっていた

Kちゃんが

みんなの前で腕を振り

私はそれに合わせて伴奏を弾いていた。


「Kちゃんが指揮じゃないんですか?」

と、先生に聞くと

「オレもそう言ったんだが

アイツは最後にピアノ伴奏を

やりたいらしいんだよ。

じゃあ指揮は誰がやるんだって聞いたら

ペッターがやると思いますって言うから。

どうだ?やってくれるか?」


高校1年生の時、部活の指揮者を

決める打ち合わせで

私はKちゃんと指揮者の座を

争ったことがある。

結局彼女に譲ったし

そのことについて後悔はしていないが

最後の最後で彼女が

私を指名した、ということに

ちょっと胸が熱くなった。


曲はKiroroの「未来へ」

初めて聴く曲だった。

卒業式の前の日は緊張して

部屋でひたすら練習をしていたら

朝になってしまった。

そのまま一睡もせずに卒業式を迎えた。


本番では堂々と腕を広げて

私も笑顔で一緒に歌いながら

しっかりと指揮者としての務めを

果たすことができた。

卒業生250人以上の視線が

私へ向けられる。

先生や父兄、在校生を含めたら

もっとたくさんの人を

ステージから眺めるのは

大変気持ちが良かった。



大学の卒業式は地味なものだ。

数少ない私の友人は

参加していなかったと思う。

私も袴などは用意せず

普通にリクルートスーツで出席した。


私のお目当てはゼミの先生。

経営学部でありながら

一般教養科目の民法の授業を受けて

法律の面白さに目覚め

そのまま先生のゼミに入り

残りの3年間はひたすら

民法を勉強して過ごした。

それを抜きにしても

好きなタイプのおじさんだったので

授業が楽しくて仕方なかった。


お世話になりました、とご挨拶すると

「そういえば、民法Ⅱの最後のテスト

ペッターさんが1番出来が良かったです。

だから、模範解答として私の部屋の扉に

掲示させてもらいました」

と褒められた。

(民法Ⅱはゼミとは関係ない普通の講義)


そんなにちゃんと勉強したわけでも

手応えがあったわけでもないのになぁ

と思いながら、帰りに見に行くと

なるほど、確かに貼ってあった。

名前と学籍番号は消し込みされているが

確かに私の回答だ。

一箇所だけ部分点、あとは正解だった。


学生生活最後のテストで

お世話になった先生を喜ばすことができ

気持ち良く卒業を迎えた。