小学校5年生の時に両親が離婚し
静岡から東京へ連れてこられた私は
東京の小学校で孤独に過ごしていた。
ある日の昼休みに
教室に1人で校庭を眺めていたら
先生から
「友達と遊んできなさい!!」
と追い出されたりもした。
居場所があったら
最初からこんなところに1人でいないよ。
小学校6年生になった時
障がい者学級に新入生が
5人入った。
女の子が3人、男の子が2人。
それまでは全学年合わせて
3人くらいの学級だったので
一気ににぎやかになった。
そこで、私達6年生が
お世話を手伝いに行くことになった。
当番などではなく有志で
クラスの女子5~6人が行っていた。
私は行く気がなかったが、先生から
「1度行ってみると良い」
と勧められて、ひょっこり覗いてみた。
新入生5人のうち
1人の男の子は表情豊かで
とても活発で
6年生からも人気が高かった。
やっぱり我々も子供なので
してあげたことに対して
リアクションを返してくれる子の方が
遊んでいても楽しいものだ。
他の子たちもお喋りだったり
ちゃんと意思疎通のできる子だったが
その輪から1人外れている子がいた。
"こーちゃん"と呼ばれる
ヒョロッと背の高い男の子。
こーちゃんは言葉を喋ることが
できなかった。
ずっとぼんやりとしていて
こちらが何を言っても反応がなく
聞いているのかもよくわからない。
だから他の6年生達も
あまり相手にしたがらず
結果1人でポツンといた。
なんだか他人事のように思えず
私は勇気を出して
こーちゃんに話しかけてみた。
こっちをじっと見つめてくるけど
当然反応は無い。
とりあえず、話しかけながら
昼ごはんの後片付けや
帰りの支度を一緒に手伝った。
どれくらいの間そうやって
お世話してたか記憶にない。
が、ある時からこーちゃんのことが
ちょっとずつわかるようになった。
例えば。
知育的な目的で
風呂敷に荷物を包む
というミッションがあった。
いつものようにこーちゃんの横で
「じゃぁ荷物包んじゃおうね」
などと声をかけながら見守っていると
急に私の手を引っ張って
風呂敷の上にポンと置いた。
私にやれ、と言っているのでは?
「ダメだよ、自分でやらないと」
と手を引っ込めると
またグイと手を引っ張る。
それがなんだか可愛くて、つい
「しょうがないなぁ」
とやってあげたら
先生に怒られてしまった。
支度が終わって遊ぶ時間に
何をして遊んだのかも
よく覚えていない。
こーちゃんは私によく
ヘッドロックをキメてきた。
と書くと物騒極まりないが
これが彼なりの
愛情表現なのだということは
すぐにわかった。
私の頭を抱え込んで
自分の懐に引き寄せる。
その時は言葉にならない声を
「うー」
とあげながら
ニッコニコ笑っていた。
この子、笑えたのか・・・!
初めて笑顔を見せてくれたときは
衝撃と嬉しさで震えた。
普通の人より手段は少ないけど
しっかり意思表示できる子だった。
こーちゃんのお母さんには
いつも遊んでくれてありがとう
と、ものすごく感謝された。
こーちゃんには2~3個上の
お兄ちゃんがいたが
彼も別の小学校の
障がい者学級に所属していた。
毎日別々の場所へ送り迎えをして
大変だったろうなぁ、お母さん。
私が高校生にあがる頃まで
毎年、年賀状をくれて
こーちゃんのことを教えてくれた。
10年程前に近所に料理屋ができた。
そこで働ける人を探している
と知人からのツテで
母が夜働くことになり
今までずっと働いているのだが
そこの店主というのが
5人の新入生のうち1人のお父さんだった。
私はこーちゃんと遊んでいた記憶しか
残っていなかったのだが
娘さんは私の事を覚えてくれていたし
店主さんや奥さんも
「ペッターちゃんにはよく遊んでもらって」
と言ってくれた。
居場所のなかった小学校に
居ても良い場所を作ってくれたので
感謝するのはむしろこちらの方なのだけど。