ニコニコ動画の黎明期から
第一線で活動されている
ピアノ奏者さんがいる。
事務員Gさん。
2007年12月1日。
1人で同時に複数楽器をつかって
情熱大陸を演奏する動画を投稿した。
この動画でいきなり有名になった人。
今、Gさんを知った人には
ピンと来ないかもしれないが
この当時ニコニコ動画内では
とある動画が大流行していた。
中村イネさん、現在は
堀江昌太さんというお名前で
作曲者としてご活躍の方が
まだ高校生のときに
1人で複数楽器を重ね撮りして
メドレーにした動画が
常にランキングトップにいた。
一番有名だったのは
情熱大陸から始まるメドレー動画。
それを、自分のアイディアを加えて
パロったのがGさんの動画だった。
その視点と発想力が
既に一般人とはちょっと違った。
ただの二番煎じではなかったし
演奏自体も上手だった。
「腕はあるが腕が足りない」
というタグに大笑いした。
当時はまだ「事務員G」という名前が
無かったので
自分の認識としては
「腕が足りない情熱大陸の人」
「ねずみこぞう」(一時そう呼ばれていた)
というワードでインプットされた。
だから、ファン歴でいえばかなり古参だ。
最初の動画が投稿されて
数日後には観ている。
しかし、彼自身のその後の活動を
積極的に追いかけることはなかった。
たまにランキングでみかけていたので
ルパンとかも知っているけど
その後は多分観てない。
そのうち、イネさんがニコニコから
いなくなってしまったので
私もニコニコからちょっと離れた。
2012年。
ニコニコ超会議の開催が発表された。
大学の友人が歌い手好きだったので
誘って一緒に行く事にした。
とんでもない情報量の
タイムテーブルを
ワクワクしながら眺めていると
ボーカロイドのブースで行われる
イントロクイズの司会者として
事務員Gさんが名前を連ねていた。
まだいたんだ!?
思わず身を乗り出してしまった。
友達にお願いをして
このブースに行かせてもらい
司会者に一番近い場所で見た。
そういえば、私はGさんの顔も声も
これまで知らなかった。
まず最初に驚いたのが
茶髪
というところだった。
(当時動画では黒髪だった)
あと、笑い方が好きだなと思った。
司会としての出演だったので
演奏は聴けなかったが
ちょっとだけ鍵盤ハーモニカを
吹いてくれたのが嬉しかった。
動画でも使ってたヤツだ!
Gさんの動画が好きだった状態から
Gさんのファンになった瞬間だった。
家に帰ってから、公開されていた
Gさんのメールアドレスへ
ファンメールを送りつけた。
「ニコニコからちょっと離れて
戻ってきたら
事務員Gさんがまだ活動されてて
驚きました。
しかも茶髪で、また驚きました」
そんな内容だったと思う。
Gさんは丁寧に返信をくれて
「僕はずっとニコニコにいるので
安心して帰ってきてください」
というようなことが書いてあった。
これが凄く嬉しかった。
そこから、毎週の生放送を観たり
コンサートやイベントへ足を運んだ。
Gさんが餃子屋さんで
期間限定店長をやったとき
時間ピッタリに来店したら
まだ誰もお客さんが来ておらず
暫くGさんと一対一になった。
緊張して何も話せない私に
「カンパイ!」
とカウンターの中から
グラスを近づけてくれた。
レンタルスペースでの
料理提供イベントにも行った。
パスタ修行も行った。
もちろん、コンサートも
規模の大小問わず
行ける限り足を運んだ。
私はそんなに話さないから
毎回覚えられてないだろう、と
思いながら声をおかけすると
「おー!いつもありがとうね!」
と必ず言ってくれた。
超会議も、翌年から
Gさんのブースを中心に
スケジュールを立てた。
友達も「超会議といえばGさん」
と言ってくれた。
最後に行ったのは
東京国際フォーラムで行われた
スタプラ・・・だっただろうか。
Gさん目当てのファンではなく
歌い手さん目当てと思われる
キャピキャピの若い子達が
広い会場を埋め尽くしていた。
これまでも、大規模なコンサートは
毎回そうだった。
こういう時、Gさんは裏方だからだ。
歌い手さんが登場するたびに
鼓膜が破れそうなほどの
黄色い歓声があがった。
大音量で流されているハズの
前奏が聞こえないくらいの歓声だ。
まわりの迷惑を考えずに
サイリウムを頭上高くまであげて
振っている人が何人もいた。
私の左隣が空席だったのだが
その空席の後ろにいた人が
前に人がいないことを良いことに
思い切り腕を突き出しながら
サイリウムを振っていた。
私の顔のすぐ真横を
強い光が何度も横切った。
流石に気になって仕方なかったので
ギロリと一瞥したところ
気付いたのかやめてくれた。
まぁ、とにかく。
コンサートは素晴らしかったのに
あまり楽しめなかった。
自分が「対象のお客様」から
外れてしまったことを痛感した。
同じ頃に、Gさんが活動の場を
ニコニコ動画からYouTubeへ移した。
これも、私はとてもショックだった。
「僕はずっとニコニコにいるので
安心して帰ってきてください」
と言ってくれたのは嘘だったのか
とも思った。
しかし、クリエイターの活動の場として
ニコニコよりYouTubeのほうが
適しているのはハッキリしている。
なので、当然の決断だと私も思う。
だけど、やっぱりショックだった。
TwitterでもGさんが
「もうw(笑いの意味)を使わない」
というようなことを言っていた。
完全にニコニコのオタクな
アングラ文化との決別を感じた。
私はGさんの
演奏技術とか、距離感の近さとか
近所のお兄さん感とか、ニコニコ愛とか
サービス精神とか、チャレンジ精神とか
そういったところが好きだった。
残ってる部分もあるけど
失われた部分も多い。
仕方無いことだけど、寂しい。
Twitterやインスタは見てるし
コンサートがあれば今でも行きたい。
しかし、Gさんは最近は
裏方に徹していて表に出なくなった。
ラジオはたまーに聴いてたけど
それもしばらく聴いてない。
YouTubeは、大石さんと一緒に
コラボしたときだけ観たが
コメントの雰囲気が当然のことながら
ニコニコとは違って合わないと思った。
もう、カウンターを挟んで
一対一でカンパイできる日は
訪れないのだろうな。
今でもGさんは好きだけど
そんな感じでちょっと複雑だ。