1ヶ月くらいかけて
漱石先生の"道草"を読んだ。
"道草"の後に執筆した"明暗"は
途中で病に倒れ絶筆になっているので
この作品は漱石先生が最後に完成させた
長編小説になる。
それまでの作品でも
自身や周りの人がモデルになっていたが
この"道草"は漱石先生の私小説という
位置づけがされている。
主人公の健三は漱石先生自身。
金をせびってくる島田は養父の塩原。
"猫"を書いた頃の話だというから
明治37年~38年あたりだろうか。
私は漱石先生の著書も好きだが
それ以上に漱石先生自身が好きだ。
彼自身に関する本の方が多く読んでいる。
それらで読んだエピソードなどが
確かにこの"道草"の中で出てきた。
留学から帰った漱石先生を迎えた子供が
人見知りをしていた、とか。
奥さんがヒステリーで自殺未遂をしたので
自分と奥さんを紐で結んで寝た、とか。
しかし、例えば奥さんのヒステリーの
詳しい症状なんかは今回初めて知った。
ヒステリーという言葉のイメージで
感情が高ぶりやすいとか
イライラしているとか
そういう印象があったが、逆だった。
症状が出ている間は目がうつろで
健三が顔を覗きこんでも
瞳には映っていない、というような。
私小説といっても、全てが忠実に
事実どおりというわけではないだろう。
"猫"の頃から"道草"執筆まで
10年ほど時間も経っている。
それを踏まえた上で
ヒステリーを起こした奥さんを
心配そうに看病する健三の姿に
ちょっと、安心をした。
お互いにあと一歩寄り添えない
夫婦関係がなんとももどかしく
しかしそれでも一応
成立するのだから不思議だ。
(いや、これはむしろ
破綻しているとも言うんだろうか)
金に苦労していたのも知っていたが
何度も何度も訪れる養父と養母には
読んでいてもうんざりした。
第三者なので、奥さんと同じく
「金をあげなきゃいいのに」
と思ってしまうが
一時でも育てられた身だと
そういうわけにもいかないのだろう。
漱石先生自身、門下生にも
お金をよく貸してあげたりしていたし
性格的な部分もあるのかもしれない。
"道草"といえば、有名な一文がある。
「世の中に片付くなんてものは
殆どありゃしない。
一遍起った事は何時までも続くのさ。
ただ色々な形に変るから他にも自分にも
解らなくなるだけの事さ」
この文章が出てくるのは
全部で百二もある章の、1番最後。
主人公の健三が発する
1番最後の台詞だった。
この言葉を、彼は
「吐き出すように苦々し」い口調で言う。
それに対して奥さんは黙って赤ん坊を抱き
「おお好い子だ好い子だ。
御父さまの仰ゃる事は何だかちっとも
分りゃしないわね」
と赤子に接吻しながら言う。
最後まで相互理解が出来ず
距離は縮まらないままだ。
この台詞が、最初から最後までの
夫婦の関係を表しているかのよう。
私がこの本を読んでいて1番思ったのは
漱石先生は、一体何を考えながら
この作品を書いたのだろう、ということ。
懺悔にもとれるし、言い訳にもとれる。
しかし健三だけじゃなく
奥さん側の気持ちも描写されている。
ネットで色々検索して読んでいたら
「これを書くことによって
自身の浄化をはかった」
という考察が出てきた。なるほど。
それも納得がいくが、やっぱりわからない。
この作品は、亡くなる1年前に書かれた。
当然、書いている最中は漱石先生も
来年には死ぬなんて思ってないだろうが
人生の晩年に、これを書いたということに
色々と考えさせられてしまう。