秋休みも2週目。

来週からはまた子供・学生たちもレッスンに戻ってきます。

この間夏休みがあけたと思ったら、6週後にまた秋休み

ですからね、ドイツの子供たちって本当に幸せもの!


もちろんレッスンは通常通りお休み中も行われています。

子供たちの中にはどこにも特別出かけない子もいるので

そんな子たちはレッスンにやってきます。そして大人も。

私にとっては完全にお休みになってしまうよりも

それくらいのほうがダラッとしなくていいようです。



ところでこちらの子供たちは大きくなるのが早い!

8歳なんていっても私くらいの背の高さなので、先生は

なんだかなー、な気分です。

先生、足のサイズいくつ?と聞かれて答えると9歳の子の

ほうが2サイズも大きかったり、体もスリムながら骨格が

しっかりしているので、日本人の私のお友達たちのほうが

よっぽど細くて小さい!(私は残念ながらドイツ体型ですが)

2週間見ないと目に見えるような成長を遂げてくるので驚きます。


(それくらいピアノもグングン成長してくれたら嬉しいんだけど・・・かお


先日7歳の男の子が目を輝かせてやってきて、「今日プールで

タツノオトシゴ賞をもらった!」と嬉しそうに言われたときには

思わずキュン音譜としてしまいました。いったいタツノオトシゴ賞って

なんやねん?の世界ですね。極めつけは私もその賞を持っているか?

という質問まで。うーん、子供の世界って本当に不思議ですね、

って水野晴男ばりに思ってしまいます。こんな男の子がいると思えば

女の子は5歳にしてすっかり「女」ですので、要注意です。


まあこんなかわいい子供たちに囲まれながら、かわいらしい出来事や

発言に目を細めながらも最初の教育こそ大切!と厳しくも愛情たっぷりな

レッスンをしています。

自分にとってお世話になったピアノの先生が昔から大切な人だった

だけに、たとえそれが小さい子供であろうと私の役目を果たせるように、

というのが私の目標でありいつも気をつけていることです。

ピアノの先生って家族や親戚以外で一番身近な、そして自分をさらけ出す

(出しているつもりはなくてもピアノの演奏に出てしまいます)存在ですから

ね。そしておそらく一生の思い出に残るであろう特別な存在だと思います。

思い出されたときに恥ずかしくないようにがんばらなくてはです。

そしてかわいい子供たちの成長に一緒につき合わせてもらっていることに

喜びと感謝の気持ちを忘れずにいたいです。


もちろん大人の生徒さんたちも同じですよ。彼らとは大人の付き合いが

できるので本当に私の精神衛生上も助かっています。ちゃんとレッスンの

時間には線引きをしますが、普段一緒にお茶をしたりくだらない話をしたり、

いい意味で近い人々としてお付き合いくださっています。ピアノもぐんぐん

上達しているし、こちらにも自分もピアノを頑張らねば、という気持ちに

させてもらっているので感謝です。



といった秋の一日。時間があるといろいろ考える時間ができていいなあ。



前回の日記に書いたとおり、なんとなくパスワードを忘れてしまったので

放置してしまったこのブログ。

そんな自分を知ってか、机の上にいつも置いてあるメモにちゃんとIDも

パスワードも書かれていたんだけれどもそれすら忘れてしまって

おりました。それにしても自分の日記を読み直すことほどひどいことったら

ありませぬ。

録音した自分の演奏を聴くのに似ているかもしれないですね・・・ドクロ


8月は実はちょっとした仕事があり日本に帰っていたのですが、

ドイツに戻ってきたのが8月の終わり。

毎日40度近い気温でうだうだしていた日本から帰ってきたドイツは

夏なんてあったっけ?といわんばかりのどんより空。

すっかり冷え切った空気に一気に気分も下降するのでした。


そんな中もらった1通のメッセージ。

なんとこちらでお世話になった私の教授が亡くなったというお知らせでした。

先生に最後にお会いしたのは奇しくも数年前日本の池袋で。

日本のピティナの全国大会で審査員として呼ばれていたときです。

池袋の先生の泊まっていらしたホテルで待ち合わせしたのですが、

ロビーでいくら待っても来ない・・・。


ピティナの事務局の方もご挨拶にいらしていたのですが、どうも

羽田着予定の飛行機が成田着になったらしく、お迎えを待たずに

ご自分でリムジンバスで池袋までいらっしゃると公衆電話から

先生から電話がかかってきたようでした。

ピティナの方は心配や失礼をしてしまったようななんとなく落ち着かない

感じでいらっしゃいましたが、いつもどおりニコニコと笑いながら

「いやあ、日本語わからなかったよー!」とおちゃめに登場し、

ホッとしたことを思い出します。


私の中で「よき古き時代のピアニスト」というような雰囲気をもっていらした

先生で、男気のある男性らしい芸術家でした。もちろん酒・女好きって

いうのもあったと思いますが。おちゃめ、でも面倒見のいい、俺についてこい!

強いけれども人情味があって、そしてそんな中にも繊細さも持ち合わせている

なんともいえないお人柄でした。

先生との出会いがあり受験を決めてからは、レッスンで日本から先生の所を

訪れると滞在中毎日レッスンをしてくださり、その間お金は一切いらない、と

レッスン代の一切を受け取ってもらえませんでした。

入試に関する願書などもレッスン後に事務局に一緒に行ってくださって、

その場でチャチャッと書いてくださったことは忘れもしません。



大学に入ってからは時々日本のお土産やドイツのワインを(といっても

500円くらいから買えます!)を持って行くと大喜び。そのくらいのものしか

私の感謝の気持ちは言葉以外に伝えられることができなかったので

先生の喜ぶお顔を見ることができて嬉しかったのを思い出します。

国民性も手伝ってか?お酒も好きだったようで、休憩時間になると大学の

カフェに他の教授たちと座ってビールを飲んでいるのを何度見かけたことか。

この「他の教授たち」というのも有名なピアニストたちでそうそうたるメンバー。

はあ、先生たちも普通の人間なのね、と当たり前ながら何度思ったか

わかりません。



もう先生に会えなくなるんだったらもう一度無理してでも会いに行けばよかった。

飛行機で1時間、すぐいける距離だから、と忙しさにかまけてなんとなく行かな

かったのが本当に悔やまれます。



人との出会いってなんなんだろう。

出会いと別れを繰り返す、って誰かの歌でもあったように、手に入れた、

出会えた!と喜んだ思うと逃げて行ってしまう、終わってしまう悲しさがあったり、

その感情のループに時々自分の気持ちをどこにおいていいのかわからなく

なることがあります。生まれてからたくさんの人と出会ったけれども、30数年の

短い私の人生の中で私にとって重要な人たち。

そんなことには気づいているけれども、立ち止まってその人たちを想うって

なかなかしていないな、と、このところ気づくのです。



今回の大切な人との別れでまた私の中でひとつのピリオドが打たれたような

そんな感じがしました。プラハでの留学生活、初めての一人暮らし、あの国で

いろいろな面で辛かったこと、楽しかったこと、美しくさびしい景色や人々、

そんな中で生まれた音楽、いろいろ考えたこと・・・そんな昔の話ではないのに

なんとなく全てがセピア色になって、そして心にある箱の中にしまわれた

ような気がします。



Schatzkiste、宝物箱。

この後いくつこの宝物箱を心に積み重ねていくんだろう。

この心の箱を開けられる鍵だけは見失わないように生きていきたいな、

と思います。いつでも会いたい時にあの時に会いに行るように。

そして私の中にいるもう出会っている大切な人たち、その人たちとの関係を

ケアすること。

こんなことを思いながら久々に記録に残したいなとブログに書いています。














久々にブログの更新。

なんとIDとパスワードを忘れてしまい放置してしまいました・・・。


ピアノ教室もコンサートなんかも順調です。

またゆっくり更新します。