X(旧Twitter)の本日のニュース欄に

こちらのスレッドが流れてきました。


子育てを終えた今ですが

考えさせる内容だなと思いました。

  ⬇️  ⬇️  ⬇️



これを読んで私が率直に感じた事は

子供に付き添っているだけマシでは?です。


親の都合で好き勝手に産んでおきながら

我が子に無関心な親も多いですから。


子供の相手が面倒で学童に預けたがる、

だから熱が出ても解熱剤を出して登校させる、

習い事先にも預けっぱなしで我が子がそこで

どんなふうに過ごしているか、どんなふうに

成長しているか知りたがる様子もなければ

喜びすら感じていない親がいたりしますもの。


なんで子供産んだ?

とこっちがドン引きする事も正直あります。


だから私は娘達に伝えています。


仕事のキャリアを捨てたくない、

自分の為の時間やお金を優先にしたいなら

子供は作らない方が賢明だと。


周りが云々だから〜と安易な気持ちで

それなら自分も!と後先考えずに行動する

アホな親にはなってほしくないです。


自分でこうすると決めた人生なら

独身だろうが、子供がいなかろうが

後悔しない生き方になって充実するはず。


他責で生きているから満たされずに

この人と結婚していなければ、、

子供がいなければ、、

になるのではないかと思うのです。


↑自分が選んだ事なのに、いい歳をして

こういう事を言う人がホント苦手です。



例えばこのXで話題のような親が

自分のレッスン中にしていたら?と考えたら

自分に対して失礼な態度とは思わないです。

 

そのお子さんが可哀想だなと思うだけです。


又はレッスンに付き添っているのに

レッスン内容を一緒に聴いている感じもなく

別の事をして時間を潰しているのであれば

純粋に我が子を信用できず、子離れができない

過干渉な親なんだなと冷めた目で見るだけ。

レッスンを監視する為にきているとしたら

お子さんの監視なのか私の監視なのかは

わかりませんけど。笑


子育て世代の今の親に期待するだけ無駄

という事はうんざりするほど経験したので

もう大概の事は想定内です。


ただ、私の場合は自分の中で何かが切れて

「この親子の為に自分の時間を使いたくない」

と思ったらフェイドアウトする理由を狙って

ごきげんよう👋の方向にもっていくだけです。


機嫌をとってまでかかわっていたくないし

そんな人に好かれても何のメリットもないし

むしろ精神を削られるだけなので。


これからは自分のやりたい事を取捨選択して

自由に楽しんでいける環境を手に入れたのに

やりたくもないような事を我慢してまで

無駄な時間を過ごしたくないです。


それに、精神をすり減らしてまで

お金を稼ぎたいとも思わないです🙂‍↔️


今の私にとっては、お金よりも大切のは

娘達を含めた家族だし、素敵なご縁で

つながった方々と築いてきた信頼関係。


だからどうでもいい関係はバッサリと

手放す時がきたのかもしれません。


音楽は稼ぐための手段ではないから

ストレスと感じる事、人は手放していこうと

また新たに決意したところです。


大して必要とされていないのなら

必要とされる場所に移動することも

視野に入れ始めています。


昔から糸が切れた凧と言われていた人なので

またいつどこに飛んでいくかわからない😆





榊原さん、面白すぎでしょ😂😂😂

イイネ凸を何度も押したい!!


「港区女子のはるか下の劣化版でしかない」


これは今だけに限らず、昔もいましたけど

SNSがなかっただけマシだったのかも。


仕事が欲しくて愛人になる

留学のチャンスが欲しくて愛人になる


いつの時代も同じです。

その後のその子達の人生がどうなったかは

あえて黙っておきますけど


あ…言っちゃった🙊


例え港区女子でも、もし娘達がそうなったら

育て方を間違えたとショックで立ち直れない😭


音楽を継続していける環境を手に入れる事は

決して簡単ではないけど、自分自身の実力は

その時点でイヤでもわかってしまうのだから

そこから目を背けて現実逃避をし続けるのか

現実を素直に受け入れて、先を見据えながら

想像力を働かせつつ取捨選択していけるかで

その後が大きく変わってくるように思います。


ちなみにコメント欄に書いてあった

下手くそすぎるクラシック奏者たち

肌を露出したバイオリニストに群がる

中年カメラ小僧🙄

もしかして目に入る度に私には不快でしか

ないあの方達のことかしら?


こちらの配信です⬇️ ⬇️ ⬇️







私達が子供の頃とは時代が大きく変わり

教育への概念もガラリと変わりました。


残念ながら習い事においても

教育という概念は消え、サービス業へと

だんだんと変化してきていますよね。


だからこそ習い事においても

時代に合ったアップデートが必要で

指導者側が自分の学びを継続していくのは

時代が変わろうがそれは勿論ではありますが

教室運営に関しては時代と共に変化させていく

必要が出てきたように感じています。


SNS上では指導者側の熱い想いが届かず

保護者側はむしろそれが負担だという意見が

あれこれ飛び交っているのを目にしますが

結局、それはお互いの理想のギャップの相違。


だからお互いに着地点をどこにするかを

あらかじめ決めて進めていくことで

うまくいくのではないかと思ったのです。


私自身はもう新規で子供レッスンの

募集を再開するつもりは全くありませんが

今回少しお試しのひとつとして導入したのが

レベルが上がるに比例して月謝の料金を

割安にしていく方針を試みる事にしました。


通常はどの習い事でもレベルが上がると

月謝も比例して上がっていきますが

それをあえてレベルがあがるほど月謝を

下げていくという方針にしてみたのです。


子供コースの1回45分レッスンを廃止して

30分を基本のレッスンとし、教材のレベルと

レッスンの難易度があがり、1時間レッスンが

成立するようになれば割安になる仕組みに

思い切って変更してみました。


それは決して差別ではく、区別であり

上のステージを目指して這い上がれる子には

指導者として応援していきますという意味で

保護者側も我が子が上達していくにつれて

月謝が割安になるのは一石二鳥ですよね。


こう見えてもスパルタですよ、ワタシ🙈

へこたれずに食いついてくる子にはですけど。


怒鳴ったり、ヒステリックに怒ったりは

しませんけど、笑顔で難易度の高い要求を

しれっとしていくので「できない」が続いて

泣けてきちゃう子や、打たれ弱い子だと

付いてこれないレッスンかも。ごめんね


すぐにできたら誰も苦労せんわ😤

という精神で娘達を育ててきた人なので

そこは優しくないです、ごめんなさい。笑


勿論スパルタでもへこたれない強さがあり、

文句を垂れてこない保護者の子に限りますが

こういうのも、今の時代は本当に難しいです。


一歩間違えたらすぐに訴えらてしまうので

誰でもとはいかず、慎重になってしまうのは

正直否めないですし。

でもこれは今の時代だからであり

他の習い事でも同じではないでしょうか。


我が子が先生に叱られないように守りに入る

ただの過保護と、我が子の失敗を成長の過程と

見守ってフォローする事は全く別物なのに

そこの認識が違うとクレームにつながるので

教育という名のサービス業は本当に難しい

と感じるようになったのは事実です。


ただ、捉え方を間違えないでほしいのが

習い事にも必ず優先順位があるので

例えピアノの優先順位が最下位であっても

それを否定したり、悪く思っているのでは

ないということです。


私も同じ親の立場として、娘達の習い事を

通してそこは理解しているつもりなので

ピアノの優先順位が低い事に対して不満だとか

それがダメと言っている訳ではありません。


同じ習い事でも優先順位があるのは当然で

何を優先にするかはご家庭それぞれなので

そこをとやかく言える権利はないですし。


例え優先順位が最下位であろうが、楽器は

細々と続ける事で他分野でも生かしていける

能力を獲得できる唯一の習い事であることも

私自身が1番よくわかっていますので

だから中高生になっても継続できる子達には

手を差し伸べるようにしているのです。


何が言いたいのかというと

要は需要と供給のバランスという事です。


そこをもう一度、見直してみようと思い

今回初めて実行に移してみました。


口先だけのやるやる詐欺な人が嫌いなので

思った事はすぐに実行に移す!!

というのは自分自身の学びにおいても同じで

今後も周りがやらないような事をあえて

どんどん試していこうと思っています。


それで皆がhappyになれたら

最高じゃないですか✨✨





人生いろいろ〜🎼


イベント前でやるべき事に集中したいのに

次から次へと面倒な事に振り回されて

心身ともに疲れてきています。


世の中、いろんな方がいらっしゃるけど

永遠に分かり合えない人はいるものですね。


私も決して真面目なタイプではないけど

倫理観に欠けた人だけはやっぱり苦手です。


1人の大人として当たり前の事は

当たり前にやろうよって思う。


何の罪もない人を傷付けた側でありながら

自分が悲劇のヒロインになって逆恨みをする

ような人だったので、想像通りでしたが

やはりその程度の人だったようです。


結局のところ人間性は生き様に出ますね。


さっさと片付けて、1日でも早く

心穏やかに暮らせる日常を取り戻したいです。



こんな時ほど音楽があってよかったと

余計にそう思えます。


「音楽を習わせて何になるの?」

と言う人もそうですが、形あるものや

自分の利益になる事にしか興味のない人とは

永遠に心の豊かさを共有できないことを

悟りました。


何に投資するかは人それぞれですが

目に見えない心の豊かさを求める人達と

残りの人生は共有して生きていきたいです。


ちょうど今、過去の演奏動画を整理中で

「ハナミズキ」が出てきました。


✴︎大切な人の幸せを願うラブソング

✴︎戦争や憎しみの連鎖を止めたいという

反戦・平和の歌


として作られた曲だそうです。


心温かく、優しさに包まれる

そんなピアノ伴奏で表現してみました🎶


Instagramに少しだけアップしましたので

聴いていただけると嬉しいです。⬇️



今月末のイベントに向けて久しぶりに

千生さんとの合わせ練習の日でした。

昨日はきちんと録音をしてみたのですが

聴き直すとあまりに酷すぎて猛反省です🌀


自分ではイメージ通りに弾いたつもりなのに

いざ録音をして確認してみると雑すぎて

なんてこった、、こんなはずではな〜いと

1人で撃沈しているところですが

来週の合わせの時までには少しでも

進歩している事を願って練習します。


そしてイタリア近代歌曲の伴奏譜の

譜読みにも取り掛かってはいるのですが

なかなかこちらも苦戦しています。


自分の実力以上の事をしている事は

百も承知なのですけどね

それがまた楽しすぎる〜😆


日本人特有のリズム感で弾いてしまうと

躍動感を感じないクソ真面目な伴奏になるし

オーケストラの役割をピアノ伴奏がするので

想像力の幅を最大限に広げる事ができないと

ショボくなる事は言わずもがななのですが

生かすも殺すもピアノ次第というのがコワイ。

コワイけど、自由さを表現できるのは楽しい🫶


何を言っているの?ですね。笑


難しいからやりたくない、やらない

と言うのは簡単。でも難しいからこそ

ピアノ畑の人達がもっとも苦手とする表現力、

それを教えてもらえる貴重な経験として

楽しみと捉えるかで、その後は大きく変わる。


それならば私は楽しんで取り組みたいです。


自分のことは棚にあげて

相手をちゃっかり選んでいますけど😆


ところで、ピアノ伴奏がオーケストラの役目

という部分でここ最近特に分かったのが

教材として嫌われがちな「ソナチネ」

がありますよね。


ソナチネになって楽しくなくて(弾けない)

そこで挫折してやめましたのパターンが

世間では割と多いように感じるのですが

あれはね、本当に勿体無いです。


ソナチネはまさに1人オーケストラなので

ピアノ奏者としての第一歩を学べるのに

あぁ、そこでやめちゃったのね、、

そこを学んだ後には素晴らしい世界が

待ち構えているのにといつも思うのです。


1人オーケストラになっているのだから

そりゃ簡単には弾けないし、ソロ弾きに

なっていたらオモロくはないわな🫣


でもオーケストラを聴いたことがなければ

そもそもオーケストラとはなんぞや?に

なるので想像力を膨らませる事ができずに

訳がわからず速く指を動かすメカニック的な

練習作業をすることが目的になってしまい

ハノンやツェルニーの進化版教材になるのは

言うまでもない。


これでは誰も楽しくはないです。

私もそんな練習ならしたくないですもん。


昨日も千生さんに愚痴をこぼしたのですが

子供対象のコンクールなんてどうでもいい、

感性溢れる時期だからこそ、競わせる事より

生のオーケストラにどんどん触れさせて

想像力の幅を広げる機会を持つべきなのに

そこが日本のピアノ音楽教育に対して

歯痒く感じている部分でもあります。


大人都合のお金稼ぎが優先になってしまい、

子供達の心を育てることが犠牲になっている

この風潮が本当にイヤ。

子供ファーストで生きてきた私だから

余計にそう悔しく思うのかもしれません。


音楽嫌いを量産させていたら本末転倒。


そして学校の音楽の授業の中でも

生の音楽鑑賞を積極的にやってほしいです。

もちろん感想文を書かせるような事はせずに

無になって聴かせるのが理想だと思います。

ただただひたすら音楽を聴くのみの時間です。


理論なんてわからないままでよろしい。

日常から離れてふっと休まる時間になるなら

それこそが音楽の本来の理想の在り方で

演奏者が溢れかえるほど演奏する側の人間を

量産する必要はなかったと思うのです。


そもそもとして音楽は

理屈で楽しむものではないですし

歌やオーケストラでしか味わえない

ダイナミクスで躍動感溢れる演奏を聴く事で

幅のある表現力も磨いていけると思うのに

ピアノ学習者ほど生のオーケストラを聴きに

行かない人が多いのはなぜなのかしら?


ピアノソロばかり聴きたがる、、

そして上手いだの下手だのと評論家気取りで

感想をつらつらと述べたがるのはなぜ?


TEPPENという番組がどうも苦手なのは

ピアノを使って音楽的要素以外の部分で

点数をつけて競わせるところなのですが

あれはエンタメなので仕方がないとはいえ

そういうのを楽しむような人達をカモにした

テレビ局が視聴率を獲得したいが為のもの。

日本人の芸術性の幼稚さが滲み出ていて

心底嫌悪感を感じてしまいます。


だからあの番組を私は観ないのですが

(何が、どこが楽しいのか全く理解できない)

それを楽しむ視聴者の原点になっているのが

子供コンクールなのかもと思っています。


本当にコンクールが必要なら高校生以上から

でも十分だとそう思うのですけどね。

お金を稼いでいく為にはビジネスが必要

というのはわかるけど、その結果が今のこれ

というのはあまりに悲しすぎる😭


まともに学びたい子は日本からどんどん

脱出していくのも、ごもっともだと思います。


金銭的に余裕があるご家庭はお子さんを

海外に出す事も可能なので、これでは

ますます教育格差も広がっていきますよね。


そして日本に帰国しても仕事がないので

永住権を獲得できるような実力者は

帰ってこないというパターン。