長々と消化できない思いを吐き出しています。


気持ちが軽くなる日もあるけれど

しんどくなる日もある

そんな日々です。



母方の祖父を

幼稚園か小学1年生の頃に

見送りました。


(祖母は私が生まれる前に心臓が弱くて亡くなったと聞いてきます。母はそう信じていました。)




父方の祖父と祖母、

Qのおじちゃん

Sのおばさんを

小学2〜6年生の頃に

見送りました。



幼稚園児の時と小学生の時は

入院先の病院に

よくお見舞いに行っていました。



少しずつ弱っていく姿を見て

生きている〇〇さんに会えるのは

今日が最後かもしれないと

感じながら病院を後にしていました。

(祖父は雪道での交通事故でした)



お通夜、お葬式、焼場へ行く回数も多かったです。



母方の伯父を高校生の頃に見送りました。

膵臓癌でした。

黄疸がでて

腹水がたまり

全身が浮腫み

入院中の治療はとても辛そうでした。

最後はモルヒネを使って

少しでも痛みを感じないようにしていました。



もう直ぐお別れだな…と

病状からわかりました。



私が高校生の頃

母方の伯父がピンピンころりで

突然なくなりました。


お酒が好きな方で

常に飲んでいて

気分が良くなると

みんなに奢ってしまい

あっという間にお金が無くなっていました。

煽ててお金を払わせる人がいたようです。




母はその方が亡くなったときに

散々人に迷惑をかけてきて人やから

人に介護させずにコロッと逝って

孝行しはったわ

と言いました。




父を高校生の時に見送りました。

突然の別れでした。

生々しい跡が残っていて

未だにあの光景は記憶から消えません。



お別れの予測ゼロでした。



親と祖父母とでは

亡くなった時の感じ方が違うのか

突然亡くなったから

受け止め方が違うのか


わかりません。




事故、事件、自死など突然の別れは

遺された人へ与える衝撃は大きい。



癌や進行性の難病などで闘病していても

やはりあの時◯◯していれば…と

後悔するのでしょうか。



生まれてきた=死にゆく



ただ生きて

ただ死ぬ



それだけで良いのでしょうね。



この世に存在することが奇跡



深い傷があっても

生きていける



ないものねだりをしても

前に進めない



あるがままで良い

今日も生きている

それだけで花丸



明日も命があるのなら

生きて生きましょう