ファティマへ行った、その二 | 還暦過ぎたピアニスト

還暦過ぎたピアニスト

青が好き。色も、響きも、そしてその意味も。若々しい躍動的なイメージがあり、未熟な初々しいイメージもある。「ヨーロッパの赤には、青が一滴」という発想も素敵だと思う。シニアになった今も、できれば青の近くで、楽しみたい・・。

母が、マリア様の奇跡の話をしてくれたのは、ルルドの奇跡と、ファティマの奇跡だったが、何故か私はファティマの方が印象に強く残っている。


母にとって、時期的にファティマの奇跡の方が、リアリティーがあったのかもしれない。


ポルトガル行が決まって後、ガイドブックを見て、初めてファティマの所在を知り、ぜひ訪れてみたいと思ったのだった。


ポルトの街からまず、かつて奇跡があったと言われる、ナザレ村へ向かった。バスを使って行ったのだが、当時まだ観光地でもなかった漁村行きのバスは、ポルトからの買い物帰りとも思われる、野菜やお魚などの袋を持った、地元の人々が乗り降りしている、何とものどかな路線であった。


ナザレは、ずっと昔マリア様の像が流れ着いた場所という言い伝えがあって、小高い山の上には、像を記念した教会がある。


翌朝、ケーブルカーに乗って山頂へ行った。それは、通勤用の乗り物だったらしく、日常的な表情をした、沢山の土地の人達が、何の感動もない様子で乗っていた。


見物する人もいない其処には、昔、馬で駆け上がってきた騎士が頂上の岸壁で行き詰まった処、突然現れたマリア様に助けられた、という奇跡の場所があった。


断崖絶壁の、見事な景観を臨む様にして、古い教会が建っていた。


中に入って、会堂特有のひんやりとした静けさの中に、私は暫く座っていた。ふと、黒いベールを被ったおばあさんが、何やら私を手招きしているのが見えた。


訳がわからないながら、おばあさんに付いていくと、彼女は祭壇の裏側まで連れて行ってくれて、「ご覧」といった風に何かを指さしていた。


それは、古くなって殆ど黒ずんでしまった、この教会のシンボルである、マリア様の像だったのだ。


見も知らない異邦人に、何の警戒心も抱かず、只親切に案内してくれたおばあさん・・。


その日、お昼のバスで、ファティマへ向かった。何処かのターミナルで乗り換えた、ファティマ行きのバスは直行便で、巡礼者らしき人達で埋まっていた。


ファティマは、100年ほど前、羊飼いの子供達三人の前に、マリア様が何度も姿を現したという、有名な奇跡の場所だ。周りには何もない草原の中に、ぽつんとできた聖地である。


バスを降りると、全員がバズィリカと呼ばれる聖堂の方向へ向って歩き始めた。みな無言だった。


歩き始めて周りを見ると、団体の人達もたくさん居た。それにも係わらず、いくら広い草原の中とはいえ、大勢の人々に包まれた無言の静けさは、私にとって尋常ではなかった。


そのうち、経路はタイル張りになり、中にはひざまずきながら歩を進めているおじいさんもいた。


バズィリカには、大勢の人が居て、ミサが執り行われている様子だった。


やっと来た、という思いは全くなく、「恐らくこの中で、自分一人だけが、神の子ではないのだ」という、思いだけがあった。


神様に、というよりも、そこに居る人たち全員に拒絶されている様な、そんな思いにとらわれた。


帰りに、お土産屋さんの並ぶ通りへ出た。


そこには、昔看護学校で見た様な子供っぽい宗教劇のお人形や、子供のころ神父さまに戴いた様な、聖画の描かれたカードなどがいっぱい並んでいて、何処にでも見られる名所のお土産屋さんと大差なかった。


それだけに、その俗っぽい場所こそが、拒絶された私にとって、唯一身近な存在なのだ、という気がしてきた。


何とも言えない寂しさと共に、私は一人でリスボン行きのバスに乗り込んだのだった。