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ぴあらーのコラム

なんか気になるなぁと思うことを、つれづれと綴る…予定。

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ちょっと慌てて、この文章を書いています。

詳しくは後ほど触れるとして、簡単に言えば、宣伝をお願いされたからです(笑)。


2011年8月31日水曜日、今年も兵庫県立芸術文化センターへ、佐渡 裕とスーパーキッズ・オーケストラのコンサートに足を運んだ。

このオーケストラの詳しい成り立ちは、昨年のコンサートのことを書いたところをご覧いただくとして(笑)、今年のメンバーの数は、昨年の38人から大幅に増えた48人。

スーパーキッズ・オーケストラは、略して「SKO」とも呼ばれることが多い。

プログラムには、AKBならぬ、SKO48というコメントが目立った(笑)。


このオーケストラは、18才までのメンバーで構成される。ということは、毎年必ずメンバーが入れ替わる。

そして、クラシックでいうコンサートマスター、女性ならコンサートミストレス。言い換えれば、キャプテンが毎年変わる。

これまで3年観てきたけれど、このキャプテンによって、オーケストラの色ががらっと変わる。

これが、一番気にしているところで、今年は誰がキャプテンで、どんな色になってるかな。
来年は誰がキャプテンになりそうかな。
そんなことを思いながら、コンサートを観る。

だから今年のコンサートなのに、来年のことが気になったりもする。

それで、スーパーキッズ・オーケストラは、毎年観に行かなくっちゃ!、となってしまう。


このブログでは、去年のコンサートミストレスは、伊藤さくらさんで「さくら組」と勝手に呼んでいたが(笑)、今年は、昨年から、これもまた勝手に予想していた通り、松岡井菜(せいな)さん。だから「せーな組」。


その肝心な「せーな組」の演奏。

毎年おなじみの「フィドル・ファドル」、SKOの旗印と言っていい「リバーダンス」。

そして今年は、震災を強く意識した構成で、「見上げてごらん夜の星を」「ふるさと」など、みんなが知っている、そして元気になる曲が並んでいた。


「せーな組」の印象を端的に言うと、昨年の「さくら組」を越えたなぁ、と。

「さくら組」もよかったという前提で、それでも越えたなぁ、と思った点が大きく二つ。

一つめは、力強さ。
人数が10人増えているので、だから力強く聴こえたという単純な部分もあるのだが、特筆すべきは、キャプテンである松岡井菜さん。
個人の演奏としても本当に力強い。そしてオーケストラ全体に見えるように、示すように演奏する。その姿勢が、とても力強く、チーム全体に伝わっていたと思う。
せーなさんの力強さが、今年のオーケストラの色を決めたと言って過言でない。素晴らしいキャプテンシーでした。

二つめは、オーケストラの、チームとしての役割分担がうまく機能していて、それが演奏につながっていたということ。
昨年の「さくら組」は、すべてをキャプテンの伊藤さくらさんが抱えているように見えた。
それに比べ、今年の「せーな組」は、演奏はキャプテンの松岡井菜さんが力強く引っ張る。
とはいえ、48人に膨れ上がった大所帯。すべてをみられるわけがない。
そこをヴァイオリンの川村萌さん、チェロの櫃本瑠音(ひつもとるね)さん、このお二人が副キャプテンみたいな存在で、一番年齢が若い小学3年生のメンバーまで、細かくみてあげられてたんじゃないかな。
すべては僕の想像なんだけど、コンサートから、強くそんな印象を受け、いいサイクルを描いて、演奏につながっているんじゃないかなぁ。そんなことを思った。

このコンサートをもって、「せーな組」は終わり。

ということで、来年の想像を勝手に始めたりしてみる(笑)。

僕はまた勝手に、勝又菜穂さんの「なほ組」になるんじゃないかなぁ、なんて思ったりしながら、もう来年のコンサートを楽しみにしている。

今年の特徴として、新しいメンバーに小学生がたくさん入っていたので、キャプテンを中心に、さらに、どうやって成長させて、どんな色のオーケストラになるか、本当に楽しみだ!。


と、今年のコンサートの話はここまで。


それで、最初に言った宣伝の話。テレビ番組の宣伝です。

関西を除く日本全国的には、10月30日日曜日、深夜24時40分~25時、関西地方は11月4日金曜日午前11時05分~11時25分に、NHK総合で「ドキュメント20min 歌の力を信じて」が放送されます。

この番組は、阪神・淡路大震災の時に、神戸の小学校の先生が作った歌、「しあわせ運べるように」。
この曲が、東日本大震災の被災地に広がって、CDも発売されました。
そういった様子を取材したドキュメンタリーです。

このCDの演奏をしているのが、スーパーキッズ・オーケストラなんです!。
ちなみに合唱は、関西ナンバー1の合唱力を誇る、神戸市立住吉小学校。
ピアノは、目が不自由でありながら、国際的に活躍されている辻井伸行さんの師匠、川上昌裕さんです。


この番組を作ったディレクターは、神原一光さんという、僕の大切な友人です。
かつては「トップランナー」なども担当されてました。
神原さんとの関係については、たくさん言いたいことがあって、今や放送という枠を越えて活躍されている、スーパーディレクターなんですが、それはあらためてとして。

とにかく、神原さんから、放送直前のこの時期に(笑)、「番組を宣伝してください!。」という連絡があり、今夏のスーパーキッズ・オーケストラのコンサートことも書かないといけないと、ずっと思っていたので、今回は慌てて書いた次第…。

実は、神原さんとは、番組になるかどうか、という段階から、この企画について、いろいろと語っていました。

ようやく番組として形になって、うれしい限り!。

もしよろしければ、録画でもいいので、御覧いただいて、感想をNHKのサイトに送っていただければ、と思います。


しつこいようですが、最後は、宣伝でした(笑)。
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もう身震いが止まらなかった…。
現場にいることができた幸せを感じた…。


2011年10月16日日曜日16時45分、東京体育館。

第43回世界体操選手権は、大会最終日、最終種目、最終演技者の登場を待つばかりとなり、会場は不気味な静寂に覆われていた。

文字通り、今大会全体の最終演技者。その演技者は…内村航平。

史上初、男子個人総合3連覇を達成した、今大会の華。この男以外に、誰が今大会の最後を飾れようか。

内村選手が紹介され、不気味な静寂は、一気にこの日一番の拍手と歓声に変わり、そしてまたすぐに、不気味な静寂に緊張感が加わって、なんとも言い表せない空気へと変わった。


種目は鉄棒。
静寂のなかで演技が始まる。

いきなり最高難度、G難度の離れ技、伸身コールマンから入る。
静寂は、一気にどよめき混じりの歓声へ。そして、すぐに静寂に戻る。

旋回する。綺麗だ。本当に綺麗な姿だ。

この日、これまで延べ39人の選手が登場したけれど、僕が見たのは重力と格闘する選手の姿だった。

しかし、内村選手は全くちがう。重力と遊んでいるようだ。これほど「空間」を支配している選手は、他にいない…。

また離れ技、歓声、離れ技、どよめき…。このループが続く。そして、歓声のループはどんどん大きくなっていく。


「あぶないっ!。」
僕は思わず叫んだ。
最後の離れ技、コールマンの時だ。

あまりのスピードに、鉄棒から吹っ飛んだ!。落下した!、と思った。

しかし、内村選手の両手は、しっかりと鉄棒をつかんでいた。

そして、何事もなかったかのように、着地に向けての旋回に、淡々と入っていく。
一回、また一回と旋回する度に、歓声が大きくなる。

僕も、「来い、来い、来い、決めろ!。」と叫んでいた。

最後の着地の技は、木の葉が舞うように、ひらひらと落下してくる、あまりに美しい伸身新月面宙返り…。
びたっと着地した両足は、全く動かない。完璧な着地。

「うぉーっ!。」という会場の歓声と同時に、僕は、ぶるっ、ぶるっ、ぶるっ、という震えに襲われ、もう立ち上がって、拍手をしていた…。


この鉄棒の種目別決勝。ルールに乗っ取った「採点」の結果、内村選手は銅メダル。
しかし、いくら日本開催の世界選手権、日本人であること、そういった要素がなくとも、存在感、感銘度、間違いなく抜群にナンバー1であったと断言できる。
そんな種目別決勝の鉄棒の演技だった。


この表彰式では、3位なのに、間違えて2位の台に乗ってしまい、みんながわーわー言っているのに、内村選手本人がなかなか気づかず、ばつが悪そうに、慌てて、ちょこまかと3位の台に移動する姿が、会場の爆笑を誘っていた。

そんなことも含めて、今大会、会場の空間を操り、空気を作ったのは、内村航平、その人であった。



今回の世界体操選手権は、男子の個人総合で、山室選手も銅メダルを獲得するなど、明るい結果もあった一方、男子団体は勝てなかった。勝負弱さが目立ってしまった結果だと、個人的には思う。女子は、世界との力の差を見せつけられた。

今、日本体操のスーパーエースは22才だ。まだ若い。
だからといって、スーパーエースの存在に甘えず、逆に切磋琢磨することで、勝負強さを身につけること。そして、裾野を広げること。

スーパーエースの演技は、まだまだ見てみたい。
でも、そのスーパーエースを越えていく選手の登場を、もっと見てみたい。

来年のロンドン五輪、と言わず、今後数年にわたって、体操界から目が離せない。



余談だが、東京体育館からの帰り。東京駅は、この日、東京ドームで行われた巨人戦に勝てば、セ・リーグ優勝だった中日ドラゴンズファンで占拠されていた。
結果は、ドラゴンズの大敗。優勝は決まらなかった。にもかかわらず、みなさん、そそくさと名古屋に向かって、帰っていた。
ドラゴンズファンではない僕には、ドラゴンズファンが上品かどうかなんて、実はよくわからないし、あまり興味もない。
しかし、この球団のファンと名乗っていれば、川から飛び込もうが、大声で品のないことをしゃべろうが、歌を歌おうが、場所がどこであろうと、おかまいなし。一番大嫌いな、タイガースファンと名乗っている偽物のタイガースファン(本当にタイガースを愛しているファンなら、そんなことしないでしょう。)なんかからすると、そそくさと淡々としょんぼりと、新幹線で名古屋に帰っていく姿を見て、ドラゴンズファンに、なんだか同情の念を持ったのでありました。
東京・御茶の水にある日本サッカー協会。
入口前に、2700名の名前が刻まれた1本のポールが立っている。

「DREAM ~夢があるから強くなる~ 」。

2050年までに、日本はワールドカップの優勝チームになる。

その2700名の誓いのもと、2005年にポールは立てられた。

実はその2700名の中に、僕の名前も刻んでいただいている。
2050年まで自分が生きているかどうか、わからないけれど、この思いを持って、2050年まで、自分で出来る限り、精一杯生きてみよう。そんな誓いを立てて…。願いを込めて…。


ポールが立って6年。本音を含めれば、まさかこんなに早く、なでしこがワールドカップを制する日が来るとは…。


澤穂希が、ワールドカップトロフィーを表彰台で掲げた時、やっぱり号泣してしまった。

が、まだにわかに信じられなくて、ちょっと違和感がある感じも、正直ある(笑)。


準々決勝のドイツ戦。
得点を決めた丸山と、パスを出した澤がどうしても目立つけれど、丸山より前の位置で、逆サイドをしっかり走っていた安藤。いい仕事でした。
もし安藤が走ってなくて、ドイツの守備を押し下げてなかったら、丸山はオフサイドになって、あの得点は生まれませんでした。

準決勝のスウェーデン戦でも、安藤がつぶれ役になったり、走り込んでいたからこそ、澤の勝ち越しゴールや、川澄のスーパーゴールが生まれました。

安藤は、本当は攻撃的なポジションの選手なのに、なでしこでは、右サイドバックを務めた時代もあったりで、いろんな苦労をしましたね。でも、それが報われました。

そして、阪口。澤穂希が、ダブルボランチ、日本語で言う守備的中盤の選手なのに、どうして得点王になれたか。MVPになれたか。

得点を取る。決定的なパスを出す。これは前に出てないと出来ない仕事。どうしてボランチの澤が、そのポジションに行けたか。それはもう一人のボランチである阪口の仕事なくしては、できなかったことです。阪口がちゃんと仕事をするから、澤も安心して攻撃に行けたのですから。

どうしても、得点を取った選手、パスを出した選手、守りが素晴らしかったら守備の選手、ゴールキーパーが目立って取り上げられるけれど、安藤や阪口のように、地道に支えた選手も、ぜひもっと、ほめてあげて欲しいと思います。


しかし、アメリカとの決勝戦。ちょっと神がかった試合だったなぁ。

アメリカの2点は、なるほどー、という得点。でも日本の2点は、神様のお助けがないと入らなかったような2点だったように思う。

後半の宮間の同点ゴールは、なんで宮間、そこにいたの?というゴール。しかし宮間あやは、フリーキック・コーナーキックも世界的に見ても抜群に巧いけど、ハートが強い!。
あんな場面で慌ててしまって、ゴールの枠より外に蹴って外してしまって、観ているこちらがいらいらするというのが、今までの日本の男子チームによくあるパターン(笑)。
宮間は落ち着いてた。よく決めました。

そして、延長後半12分のコーナーキックからのゴールは、ちょっとありえない。
宮間から澤という、一番信頼を置いているパターンだったけど、あの澤のキックがゴールになってしまうんだから。普通はありえないでしょ。
澤の素晴らしいスルーパスからもらったコーナーキックだったから、そのごほうびかな。


PK戦になって、蹴る順番を書いたホワイトボードを囲んで座っている日本ベンチ、両手を横に振って嫌がってそうな澤の姿を見て、澤は最後のキッカーやな、とか思えたり、その光景で笑顔いっぱいのベンチを見て、アメリカの選手はみんな足にきてるから、誰かがボールをふかせて、枠を外すだろうから、これは勝ったな、と思って、安心してPK戦を観てました。


2003年のワールドカップで、女子日本代表チームのすごいレベルの連動した動き、一体感に心を奪われて、本気で応援しはじめました。これはいいチームになる!と。
でもその時は、採用していた3バックの弱点を突かれて、サイドチェンジで振られまくって、予選リーグで負けたんだよなぁ。

そして4バックに変えて、迎えた2004年のアテネ五輪最終予選の国立競技場。勝ったら、アテネ五輪への出場が決まる北朝鮮戦。
全席自由席。一枚1500円のチケット。その安さにびっくりしながらも、意気込んで、キックオフ2時間前に国立に乗り込んだら、ほとんどお客さんがいなくて、複雑な気持ちで最前列の席を陣取ったなぁ。

最終的なお客さんの数は、2万人ほど。
当時の女子の試合としては、すごく多い観客数だったんだけど、国立という場所からすれば、半分は空席。ちょっとがっかりだった。

その試合で、北朝鮮に買って、アテネ五輪への出場を決めて、そして女子サッカー盛り上げ企画として、愛称が募集されて、決まった愛称が「なでしこジャパン」。
そこから風が少し吹きはじめて、今回のワールドカップ制覇へと、7年かけて、でもわずか7年で、紆余曲折ありながらも駆け上がっていきました。


でも、あの国立競技場の感じからすると、やっぱりまだ信じられません。けど、現実なんですよね!。


女子サッカーとは、それからいろんな縁があって、国体や日本リーグを、いろんな形で観させていただきました。
国体は、35分ハーフでやってたんですよね。なんで45分ハーフじゃないの?。めっちゃレベルもなめられて、男子のついでに開催されてる感満載!みたいな感じに憤ったこともありました。
ベンチ裏で観させていただいた試合では、今大会、NHKでずっと解説されていた川上直子さんがまだ現役で、ベンチから指示が出ると、試合中なのに「今の、意味わかんない!。」とベンチに駆け寄ってきて、首脳陣と本気でけんかをしていて、びっくりしたり、ボンバーヘッドで有名になった荒川選手の実家である東京・練馬のラーメン屋さんに食べに行ったなぁ、とか、表彰式を見ていて、いろんなことを思い出しました。

女子日本リーグである、なでしこリーグが、すぐに再開するけれど、もう悲惨な環境でやってます。安い給料のプロ契約だったり、働きながらだったり、試合会場も芝生ははげまくりで、ぼこぼこのグラウンドだったりで…。

お客さんに集まってもらって、もっといい環境で出来るようになってもらって、いつまでもワールドカップを争える「なでしこジャパン」であるように、祈ります。

自分の好みのわがままを言えば、いつまでも「なでしこジャパン」が、僕が最初に感動した、すごいレベルの一体感、連動性を持ったチームであり続けますように。
僕が2003年に心を揺さぶられて、少なくともそれよりも前から、こつこつと積み上げてきた、そのサッカーで、ワールドカップ制覇へと駆け上がったのですから。



話を最初に戻して、御茶の水の日本サッカー協会。
日本はワールドカップの優勝チームになるという僕らの誓い。

女子は、まず一度叶いました。次は男子…。女子もまた、何度でも…。

そして、その思い、その誓いを持って、2050年まで、できる限り自分の精一杯で生きてみよう。

また近いうちに、そのポールに会いに行こう。


ちなみに、次の女子ワールドカップの開催国は、カナダ。
現在、日本で知っている人は、何人いるだろう…。