今日は、ある意味ストイックな話かも。いや今日も。

"フォーカルジストニア" ではなく、ただ "ジストニア"の 語句で検索かけると、ヒットしてくるものの殆どに、最近は「オーバーフロー現象」とか「フリップフロップ現象」という言葉が入ってくるようです。
これらはもちろん音楽家のフォーカルジストニアにも、あるあるな現象なのですが、

とりあえずWikipediaより。


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あんまりよく分からないWikiさん。「ということがある」ってばっかりで何なんでしょうね 笑。
こういった情報はなんでもそうだと思いますが、そんな単純な話ではないわけで。人は千差万別だから、こういう書き方しかできない。

フリップフロップというのはご存知の方もいらっしゃると思いますが、別の方向から見ると違って見える現象のことで、塗装関係に詳しい方が良く使われるのは、車の色なんか、たとえば同じ色の2つのものでも、見る角度を変えると、それぞれ違う色に見える という現象らしい。

ジストニア症状が外的要因に影響を受けて悪くなったり良くなったりすることの表現として当てはめているのかなと思うところですが、
私がこういうのを見て私のジストニアを持って感じることは、言葉って恐いなって。こんな風に一言で書かれると「うわぁ〜大変大変!」と頭の中でこれに縛られてしまうし、さもなければ「それがジストニアだ!」と脳が決めつけてしまって、自助努力を失う方向へ。
増悪・軽快どちらにしても、フォーカルジストニアの場合に限ってしか私は言えませんが、これは心身共に、症状に対する固執度合いの結果がこのような現象になるのですがね。(Wikiさん自体がなんだかフリップフロップになっている気が。)
良くも悪くもなるのが当たり前だし、その " あるきっかけ " が分かったところで、因果関係に執着してしまって、そこから脱せなくなるのが落ちではないかと。ただ単に「方向性」という意味、とだけ捉えておく分には良いのですが。

まず、「増悪」に関しては当の本人はいわゆる寝耳に水。神のみぞ知る じゃないけど、身体のみぞ知る。緩和されてきた時に初めて、あ〜もしかしてこういうことだったのか。と、違いをもって理解するのですが、あからさまな症状に対して、つまり その渦中では原因追求などはまず無理です。
弄らず、そっとそのままにして、最低でも50/50を超えない・それ以上は追求しない、といったところでしょうか。
マイナスをゼロに戻すことを優先しなければ、生産的なものの獲得はあり得ない、それは当たり前だと思うのです。楽器・楽譜を目の前にして、これほど辛いことはないのだけれど、マイナスの状態で何かを必死に掴もうとしても、音楽的にも技術的にももちろん、生産性はどう考えても期待できません。
どうやったら症状が出ないか、症状の出ない弾き方に必死になる そのプロセス自体誤った道です。
そのようなものを直視して探り出して記憶するよりも、身体の苦しみを分かち合って、そして流してしまえば、その増悪したものはそれでおしまいになります。
自助努力とは、その増悪に蓋をすることでも逃げ道を見つけることでもないし、原因追求のために自分を追い詰めることでもないですから。

それで、実はこれに留まらず、良いものも全部流してしまうことも大事なのです。
すべては固執しないためです。
なので、これは「軽快」に関しても同じこと。
演奏は水もの、生もの、とよく言われます。その時その時なんです。私はジストニアも同じだと感じます。
骨格・筋肉が整い、神経・血液・リンパが流れ出し、全身が統合されていく過程で、度にいろんな悪いものが中から浮き出てくるように痛み出すのですが、その一方で同時にジストニア症状が鎮火していくように「軽快」する現象も浮上する。(逆に良いオーバーフロー現象)
私の痛みの例えばは、激痛TOS(胸郭出口症候群)だったり、緊張型頭痛・眼痛だったり。ある日突然、首と背中の爆激痛で起き上がれなくなることもある。
さぁさぁどうしましょう?!ジストニアどころではないですよ!?と、あらゆる神経系が総動員して痛みの方に向かうのか?ジストニア放ったらかし。笑。そういえば、腹痛や外傷なんかでも。お腹痛いのになんでこんなに弾けるのかなぁ?って。
だからといってそれらがずっと大暴れされても痛たまらない訳ですよ。早朝効果というのもね、だからといって年中寝ているわけにはいかないし、感覚トリックはある意味深入りすると逆に危険です。
医者の言う心因性のものなどという一言で済まされるような簡単な話でもないんですよ。
とにかくその軽快現象とともにどんどん流し捨てていかなければならない。

身体は本当に健気ですね。
フィフティーフィフティー。そう、0か100かじゃないんだよ、って中庸的なところを探してもらうために必死に信号を送っているように思えます。
要するに、ジストニアはそういうものにものすごく敏感であり、このような過程をどのように受け止めているか、その振り幅をどのように見つめるかによって、治癒のための新しい感覚がプラスとして入ってくるかどうか?という事にやっと関わってくるわけです。

「居着くは死 居着かざるは生」



音楽づくりもまったく同じだと思います。
執着しすぎた練習は、森全体を見ようとすることを忘れ、結局は答えを待つだけの受け身で固まっている状態で、解決しないんです。
流れていない音楽などはなく、一瞬一瞬ごとに変化しながら連なり帯状となっていく。それを表現するのが音楽づくりの目的です。

が、しかし、実はその裏の深いところには「居着く」がある。
バッハの音楽とは?ベートーヴェンの求めるものは?ショパンの音色とは?ドビュッシーの背景に広がっているものは?など。
それらに欠かせないアナリーゼやタッチの研究などを挙げただけでも無限にその " 居着き " は存在するのですよね。
「居着く」というより、「根付く」。
さまざまな根を張り巡らせて、森を育てていく。

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・・・という、ジストニアを見る方向を変えると、普段の" お手入れ " が如何に大事かということにたどり着き、それが実は簡単なようでなかなかストイックな内容になっていくのでした。









人は生理的な"快"が基本となり、その範疇で身体も精神も揺らぎながらバランスをとるもの。

同じ1日など二度と来ない、過ごし方によって時間の流れが毎日違うように、身体の中身も毎日、本当に毎日変わっていく。

私自身が色んな私を持って、自分自身が常に流れていれば、決して世間の流行に流されることはない。

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どれも自分。
一喜一憂せず、こだわらず。
まずはあるがままを見つめる。











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東京都福生市の拙宅(マンション 一室)でピアノ・レッスンとピアノ・レンタルを始めております。

ヤマハグランドピアノ C3A・ヤマハアップライトピアノ U1H
1台ずつ入っているお部屋です。

今のところ暫くは仙台の教室がメインであるため、月に一度の上京の際 となりますが、
ご都合が合って希望される方がいらっしゃれば、ご予約いただきレッスンを行なっています。

また、個人での練習や お友達同士での弾き合い会(2〜4名ほど)、レッスン場をお探しの先生、受験のためや 発表会・コンサート・コンクール等のための練習ピアノが必要な方など、
私の限られた日程と時間帯ではありますが、
レッスンの空き時間・音出し可能時間内であれば、こちらも予めご予約いただき、お部屋をお貸ししております。





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JR中央青梅線・八高線・五日市線・西武拝島線「拝島駅」北口より徒歩5分





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2017年12月8日〜10日
2018年  1月12日〜14日,21日〜22日

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