フォーカルジストニアの私の中の不思議ちゃん・・・
いろいろ話はあるのですが、ピアニストのフォーカルジストニアの方ならたぶん納得してもらえるだろうものの、一般的にはちょっと信じられない現象だったり、
まだまだ認知度も低く、解明されていない難病ゆえに、たとえば、脳科学者だってたぶんよくわからないだろう現象だったり、
なので、それを理解してもらおうと求めるためにここでお話してもな、と言う感じなので、あえて書かなかった、というより書く気持ちも起こらなかったのですが。
ここのところ、ちと、時々は書き留めておこうかな、という気になりました。
と言うのも、先月以来の不調続きの苦しい中、私のカラダととことん向き合いながら、
「内なる糸口」と
「現実に表れるカラダの悲鳴」が、
微かにですが、繋がって見えることが起こったのです。
しかし、いったいどう繋がったのか?という説明は、言えても、真髄の半分以下でしょう。
" 意識には上がらない感覚 "を探っていって、
" 一瞬一筋の光を浴びるような出来事 "なので、
とっても無理な話・・・
ジストニアの最大の味方は、その一瞬を最大限にスクロールして体内の記憶として残すことだと思う。
なので、私のカラダとココロが許してくれたなら、覚え書き程度にゆっくりと残しておいてもよいかな。と思えました。
いつかやってくる繋がりのために。
と前置きが長くてすみません。でも前置きが、とても重要だったりするもので。
それでですねぇ、実は、土曜お昼に、久々に、指を怪我してしまいました。
空き缶のふたで、左手親指をザックリやっちまいました。
爪の左側に近い方なので、鍵盤には全く当たらず弾くのは問題ないし、病院駆け込むほどの大きな傷でもなかったので、カットバンを貼り、
とにかく濡らさないように
水に濡れると治りが遅いですからね、キッチンとお風呂では、完全ビニール手袋をして、防水に励んでおりました。
それで今朝には塞がっていたので、2日かからず。
その2日間、私の左手に何が起こったかというと、
例えば食器の洗い物が終わった時に、そのビニール手袋を外し、次の行動(たとえば食器棚からコップを取るとか、お箸を指先でつまんで取るとか)のほんの一瞬、ジストニアの人差し指に違和感を感じる・・・
てことは?逆に手袋して何かしてた時は、どうだったの?
うん・・・何も感じず、するすると動かしていた・・・
どゆこと?いや、もしかして・・・
半信半疑、
(でもココロのどこかで確信してた。)
そのビニール手袋してピアノ触って音出ししてみた。
!!!
びっくり。

全く症状が出ない訳ではないが、
殆どなんともなく、左手が、
" 得意げ "に弾いてるではないか!(苦笑)
で、その後が肝心な訳です!
この感覚を持ってして、外してやってみるべし!!
グガ~~~ン・・・
違和感バリバリ。
この感覚?どの感覚?考えてみれば、こんな両極端な行為自体、
私としたことが、ガサツな行為。
失敗した、
やるんじゃなかった・・・
と言っても、やってみなきゃわからないしね。
と、自分をただただ慰めるしかない。
しかしタダじゃ起き上がりませんよ。
冷静に考えて、ジストニア関係なく普通にピアノを弾く人ならば、あんなガサガサしたビニールなんて明らかに煩わしくて、弾けなくなる、弾きづらくなるのは要に想像できますよね。
それが私の場合、全く逆。(音楽的なことは別として)
不思議~。
明らかに皮膚の触覚の部分から、体内脳内に、何かしらダイレクトに伝わったと思われるけど、そこの部分にスポットを当てれば、
手袋してる時は、
「守られている安心感」を、皮膚自体が感じているよう。
外した瞬間、
「怖い、不安」と、手が叫んでいる。
後者の感覚は、全くもって私には不必要だったが故に、かなり後悔しました。感じてはいけない世界を自ら入って行ってしまった激しい嫌悪感。
もう二度とやらないけど、しかし、不思議~。
カラダから手の感触へ。
脳から手の感触へ。
ココロから指先へ・・と、さ迷い、手探りで一つ一つの茨を掴み、歩んできたこれまでの私の道だったけれど。
手の触覚の意思から送られてくるものの欠落と重要性。
これが私のジストニアに新たにインストールしていくべき世界だ。と、改めて実感したのであります。
・・・あの、音楽家のジストニアの方、、この手袋実験、そんなことしてる人もいるんだ。ぐらいにとどめてくださいね。
危ないですから、近づかないでください。(←どこかでよく聞くセリフ)
ある意味爆弾内容なので、正直、UPしようか少々迷ってますが、
うーん・・・
せっかく書いたし、しちゃえ!
えいっ!
長々お付き合い、ありがとうございました。ペコリ。
次回はもうちょっと明るくてわかりやすい♪ピア♪の不思議ちゃんをお話したいと思います
