中村紘子さんの演奏。
ジストニアの私が学ぶこと。

中村紘子さん...日本を代表するピアニストとして、あまりにも有名人すぎます。雲の上の存在です。
6000を越える国内外での演奏活動の華やかな舞台の、その裏には想像絶するような計り知れない苦難の道があったでしょう。
私のような未熟な人間が、彼女を語る資格などないのですが、
素直に、ただ素直になって、感じたことを書こうと思います。

私から見て、いわゆる"整えられた美しい演奏"では、決してありませんでした。
楽譜や作曲者に対する正確さ・誠実さなどというものから、かけ離れていました。
このピアノやこの音響、空間、聴衆さえも完全に無視...ということはないでしょうが、眼中にも頭にもない、という確固たる姿性。
現に弦が(笑)いつ切れてしまってもおかしくなかったです。

ではいったいそのステージには何があったのか?

彼女は女性でもなく男性でもなかった。
自分は自分。
何度も言いますが、終始一貫、

"自分はこう弾きたいんだ!"
という、
音楽へ向かう真っ直ぐな心と
ピアノに向かう身体の真っ直ぐな姿勢

その二つのみでした。

染々聴き入ろうが、目を見張って聴き入ろうが、そんなことはあなたたちの勝手よ。私は私だもの。私が満足のいく演奏をしたいだけ。弾きたいように弾かせてもらうわ。ここはpなんかじゃない、fよ!

...
完全に(私には)このようなメッセージが、最初の一音から最後の一音まで。


なんて衝撃的で魅力的なんだろう。

ある意味、卓越、洗練されたのちの、純心さや無邪気さも感じられました。

確固たるその彼女の真っ直ぐさに、聴衆はどんどんひとつとなって引き込ま
れていくのでした。

その魅力的な生きざまを魅せてくれた中村紘子さんの、ピアノに向かう身体には...何にも動じない真っ直ぐな一本の芯があり、鍵盤の上を自由に飛び交う腕と指が、滞る暇もなく彼女の想いのままに広がっていたのです。

ちっぽけなジストニアの私を、内から目覚めさせてくれました。

...

アンコールの、ショパンノクターンの時に、
「被災された方に捧げます」と一言おっしゃった時、私はやっと、ハッとさせられました。

なんともいえない、やわらかな優しい女性の声でした。

失礼な話ですが、やっとそのお声で女性だと認識したんです。

その、けなげで可憐で穏やかなお声を...私は一生忘れません。





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