他に言葉が思い浮かばなくて、何となくお題にしてしまいましたが。
黒い大きな物体を目の前にして、何時間も黙々と音を紡ぎだす姿は、はたからすれば、なんと孤独な姿...と見られるのでしょうね(笑)
しかし、「孤独感」という悲観的なものとはまったく別の世界であり、苦悩と背中合わせであるにもかかわらず、
実は真逆の、自分の内面の果てしない未来に向かう、他人には想像もつかないような輝かしい世界が、
そこには広がっている訳です。
文学に身を置く人や、芸術関係、
野球のピッチャーなんかも、ある意味、、。
よく考えてみたら、若い頃、もっとよく思い出してみると、物心ついた頃から、私の心と外界との矛盾にいつも疑問を持っていたような気がします。
自分は何を求めているのかわからないということもあったけど、
「何かが違う」
「ネクラのどこが悪い!」(笑)
「なんでそう、チャラチャラした人ばかり私の周りにいるのか?」
「ん?実はそっちの世界を求める知らない自分がいるのか?」
とか、
常に自問自答を繰り返しては、ノートに書きなぐったり、反抗期は、厳しく育ててもらった親に当り散らしたり、友達と上手くやって行けず失ってしまったり。
悲惨です(笑)
バブルやらなんやら、世の中がそういう(派手な)風潮であったのも手伝っていて、葛藤が絶えなかったけれど、
そんな世の中に身を置きながも、流されずに自分を信じて音楽の世界に沈めることができていたら。
と思うのです。
ジストニア発症→荒れて朽ち果てた私の身体→精神の見直しと再認識→私とピアノの関係...
変な見方をすると、
世の中に自分を合わせてる暇など、これっぽっちも私には残されていないわけです。
それこそ孤独感に溢れて心を奪われていたあの頃を、どんどん取り戻していくかのような、"幸せな孤独"との至福の時間が、今はあったりします。
私のジストニア克服を応援してくださるのうちゃんさんから、素敵な言葉を頂きました。
"マイペースはマイポリシー"
「私を説く道」に相応しく、誇りとして一生持っていこうと思いました。
Android携帯からの投稿
黒い大きな物体を目の前にして、何時間も黙々と音を紡ぎだす姿は、はたからすれば、なんと孤独な姿...と見られるのでしょうね(笑)
しかし、「孤独感」という悲観的なものとはまったく別の世界であり、苦悩と背中合わせであるにもかかわらず、
実は真逆の、自分の内面の果てしない未来に向かう、他人には想像もつかないような輝かしい世界が、
そこには広がっている訳です。
文学に身を置く人や、芸術関係、
野球のピッチャーなんかも、ある意味、、。
よく考えてみたら、若い頃、もっとよく思い出してみると、物心ついた頃から、私の心と外界との矛盾にいつも疑問を持っていたような気がします。
自分は何を求めているのかわからないということもあったけど、
「何かが違う」
「ネクラのどこが悪い!」(笑)
「なんでそう、チャラチャラした人ばかり私の周りにいるのか?」
「ん?実はそっちの世界を求める知らない自分がいるのか?」
とか、
常に自問自答を繰り返しては、ノートに書きなぐったり、反抗期は、厳しく育ててもらった親に当り散らしたり、友達と上手くやって行けず失ってしまったり。
悲惨です(笑)
バブルやらなんやら、世の中がそういう(派手な)風潮であったのも手伝っていて、葛藤が絶えなかったけれど、
そんな世の中に身を置きながも、流されずに自分を信じて音楽の世界に沈めることができていたら。
と思うのです。
ジストニア発症→荒れて朽ち果てた私の身体→精神の見直しと再認識→私とピアノの関係...
変な見方をすると、
世の中に自分を合わせてる暇など、これっぽっちも私には残されていないわけです。
それこそ孤独感に溢れて心を奪われていたあの頃を、どんどん取り戻していくかのような、"幸せな孤独"との至福の時間が、今はあったりします。
私のジストニア克服を応援してくださるのうちゃんさんから、素敵な言葉を頂きました。
"マイペースはマイポリシー"
「私を説く道」に相応しく、誇りとして一生持っていこうと思いました。
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