阪神・淡路大震災から18年
長かったような
短かったような‥
いろんな事を思い出します
犠牲になった多くの命
無惨に壊された街や家
こんな事が
現実に起こるんだ‥
見るもの聞くものに
ただただ
そんな思いでした
開店2年目だった
当時のピアリスは
壊滅的被害を受けた
東門街にあり
地震後初めて
店の様子を見に行った時の事を
思い出します
東門街は
まるで映画のセットのように
非現実的な姿に
変わり果てていました
前や横に大きく傾いた
倒壊寸前のビル
頭上には
どこかの店から飛び出したのであろう椅子が
電線にぶら下がり
壊れた窓から
中のカーテンがヒラヒラと風に揺れ
そして街中にたちこめる
息苦しい程の埃っぽさと
異様な臭い
なんとも不気味な街を歩きながら
今またここで
大きな余震が来たら‥
私もどこかのビルの下敷になって
死ぬかもしれない
そんなすごい恐怖感にも
付きまとわれました
ピアリスへ続く階段を
上る時の緊張感は
今も忘れられません

しかし
怖る怖るドアを開けて
中を見てみると‥
店内は想像と違って
何故か綺麗?
そう‥(-ロ-;)
棚という棚
そしてカウンターの上に
一切の物陰は無く
営業していない
空店舗と錯覚する程だったからです
暫らく茫然と
不思議な感覚に陥りました
でも‥
足元に転がっている
何本かのボトルを見た時
見える棚に何も無いということが
何を物語っているかという
現実に引き戻されてゆき‥
そろ~っと
カウンターの内側を覗いてみました
Σ( ̄□ ̄;)
残念ながら
あの時見た恐るべし光景は
とても言葉では表せません
(苦笑)
それから毎日
朝から夕方まで
片付けの日々でした
飛び散った
細かいガラスの破片と
アルコールの始末は
発狂しそうな程
大変でした‥

もう一回やれと言われたら
お断りです
(笑)そんなこんなで
震災から約2ヵ月半が経ち
多くの
ビルが全壊した東門街に
営業出来る店舗はほとんど無く
残ったわずかな街頭だけが
唯一の街の灯りのような状況でした
生田新道は
依然通行止め
道路の真ん中に
ぽつんと
ラーメンの屋台が出ていました
そんな中で幸いにも
ピアリスは無事再開
お客様達とも感動の再会を果たしました
携帯電話が無かったあの頃
安否確認も
ままならなかった中での再会は
本当に感極まるものでした

あれから18年‥
ふと思います
私は残された者の一人として
犠牲になった多くの方々に
恥じない生き方が出来ているのか
もっともっと生きたかった人達の分まで
毎日を大切に生きているのか
正直
自信は全く有りませんが‥

でも
せめて年に一度
そんな思いを振り返りながら
これからも頑張らなければ!
1月17日
決してこの日を忘れることなく‥
改めまして
阪神・淡路大震災で
亡くなられた方々の御冥福を
心よりお祈り申し上げます
Tomoko
