外の植物たちは花の咲かない寒い時期でも花を咲かせるその時をじっと待ち、地中で根を伸ばし生きる為の土台を作り続けている。

外観を重視され、たくさんの肥料や与えられ水に浸かりそれに甘んじた植物は必要以上の根を張ることをやめ、強い日差しに負け、弱り、光合成も出来ずに根が腐る。

腐ったその根はどんなに手を施してもほとんど再生することはできない。

手段はひとつ。

腐った根を切り取るしかない。

根っこをなくした植物には新しい環境が必要になる。

なんの土台もない新しい環境ではそれまで栄養となっていた土の中の微生物や菌は全て邪魔なものになる。

その環境変化に適応しそこから新しい根を生やせた者だけが再生しまた花を咲かせることができる。

もちろん雑草育ちの強い植物は人の手なんてひとつも借りずに自らの力で再生する。

植物の驚異的な適応力と強さを肌で感じていると、時々くだらない嘘やずるさ、利害や駆け引きだらけの人間模様がとてもちっぽけに映る。

人はムダに知識や教養を身につけた分適応能力が低い。

と 今抜いても抜いても生えてくる雑草を抜きながら思った。

6億年生き抜いてきた植物に比べたらたかが400万年ではそんなもんか。

思うことや考えることのスイッチを切りたいと思う事がある。

けど切れないのが与えられた試練。

今目の前に立ちはだかる壁や辛いと思える何かだって全てはきっと耐えられるように出来ている。

それに敗れた者は自分自身に負けただけ。

一番の敵はこの世の何かじゃない。

自分自身の弱い心。
若い時から親しい女子たちが三十路を迎えるお年頃になった。

ただきらきらと輝いていた十代から女になっていく変化を長年観察してきたわけだけど、自分がその世代を跨いだ頃然り、やはり三十路というのは女にとって第一加齢を感じる大きなターニングポイントのようだ。

パートナーのいない子の焦りや結婚適齢期なるやつもまさにその代表的な現象。

自分がその年の頃もそうだった。

あからさまな焦りでそれまで無邪気だった女の子が急にきつくなってきたり図々しくなったり考えがひねくれたり、くらいならまだかわいいけど、友達悪利用したり男遊びが激しくなったり、友達の恋人にまで手を出す子もいれば奪ってしまう子さえいて、メスという生き物に対する不信感と嫌悪感が募り、その方向に行ってしまった友達とは飲む度口論になりよく泣かせていた。

もちろん今でも皆仲良い友達だけど、若い頃の私は見て見ぬふりが出来ない性格だったから良くないと感じてしまう行為には容赦なく批判を浴びせていた。

現在ひと回りちょっと下の世代がその渦中にいるわけだけど、その同世代の子たちが近くにたくさんいる為それぞれの恋愛模様や感覚の変化が顕著に見受けられる。

色んな相談や報告を聞きながら過程を長年見て感じるのは、過去どんなに良い恋愛経験があろうが悪い経験があろうがあまり関係ない。

女は現在良い恋愛をしているほど完成度が高い。

そして表情も心も美しい。

どんなに素晴らしい容姿や資質やポテンシャルを持ち合わせていても男を漁れば女は腐る。焦ればモテない。

女は美しく人を愛し成長してもらいたいと切に思う。