約三ヶ月ぶりの更新w
三日坊主のピーポです(ーー;)笑
就活もありがたいことに順調ですが、
いろいろ思い悩む点もあってまだ続けてます(*^^*)
ドMと言われればそうかもしれないw
よく友達とかからは「贅沢な悩みやね」とか言われるけど、新卒で入るって一生に一度やし、オレは内定をもらったからといってすぐに就活を辞めるようなことは怖くてできないです、はいf^_^;)
あ、そうそう!
4月に「学生国際協力団体SIVIO」っていう長ったらしい名前の団体に入りました( *`ω´)
簡単に言うと、
ラオスに教育支援してる団体。
まぁそこでのんびりれろれろしてますwww
※下ネタではありませんw
今は7月1日に行うイベントのためにみんなと一緒に頑張ってます、いろいろ!
また近いうちに告知もしようかなと思います(^-^)/
さてさて、本題。
話は飛びに飛んで
最近思うことをこれから書いていきます( *`ω´)
スタート!
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最近友達によく言っていることがあるので備忘録としての理由もあるけどもここに書き綴っていこうかなと思います!
タイトルは…
「悲しむことの大切さ」
いざ文字に起こしてみるとネガティブキャンペーンのキャッチみたいw
最近、友達と話したり、Twitterやってたりしてると、よく「前向き」って言葉を使ってる人が多いなと思います。
こんなときの「前向き」って
「つらいこととかしんどいこととかあったけど、くよくよしないで、前向きに生きて行こうと思う」
ってな感じで使われていること多いなぁ~と思うんです。
ただ、オレ的にはこの「前向き」って言葉に違和感を感じてます。
「あまりにも『前向き』っていう言葉が多用されすぎてないかな(・・?)」
「あまりにもこの言葉に価値を置きすぎてないかな(・・?)」
…ってねf^_^;)
もちろん過去にずっとこだわって、夢とか目標を持たんとだらだら生きるとかそういうのがええとは思わへんし、「前向き」であることそのものが問題ではないと思います。
ただ、この言葉だけがあまりにも強調されるときに、何か大切なものが忘れられてしまっているんじゃないかなって気が自分はします(´・_・`)
「大切なものって何やろ?」
人によっていろいろあると思いますが、
オレは…
「失ったことをきちんと悲しむこと」
じゃないかなって思う。
これから先、親が死んだり、ばあちゃんとかじいちゃんとかが死んだりとか、友達が死んだりとか、あと、彼女と別れたり?とか(笑)
まぁ、生きている中でこの先いろんなものを失っていくと思います。。
こういう人生の中で様々な場面で出会う喪失を
「きちんと悲しむこと」
ができて初めて人って前向きになれるんじゃないかなぁ~って思います。
あ、これ、全然関係ない話やけど、
葬式って親族とかが集まってみんなで泣いて、寿司食って騒ぎながら亡くなった人との思い出を語り合うけど、こういうのを見てると葬式って
「きちんと悲しむ」ための人類の知恵みたいなもんを感じるよね(^◇^;)笑
そう考えてみると人ってすげぇー(((o(*゚▽゚*)o)))w
いや、「昔」の人がすごいのかな?笑
まぁ、ん~何やろ?
オレは思います。
「前向き」って言葉が強調される中で、一方その裏では悲しむことの大切さをどこかで否定・否認されてるんじゃないかなぁ~っと。
やから悲しむことは大事かなって思います!
余談やけど、オレは悲しいことがあったらその日はとことん凹んだり悲しみます!笑
で、次の日からまたファイティングポーズを取るようにしてますv(^_^v)♪笑
みんなはどうしてるんかなぁ??
うーむ興味深い( *`ω´) 笑
ではでは(^-^)/