クリスマスまで1か月じゃ~ん!!とか思ってたら、急に記憶が蘇ってきて、改めて、「クリスマスってイイね」って感じたので、思わず書いてしまった、30歳の冬。 お暇な人だけ読んでね!! ◆最初に◆ ☆サンタクロース☆いつまで信じてたのだろう。 たしか、小学生低学年くらいまでだったかな~。 とか思い出していると、ふとクリスマスの思い出が蘇ったので、僕の幼稚園の頃の思い出~感じたことを書いてみようと思います。 ◆記憶を辿る◆ 僕が幼稚園に通い始めた頃。いつも母親が自転車で僕を送り迎えしてくれていました。 幼稚園の送り迎えの途中の商店街の一角には、昭和の空気を感じさせる、古い楽器屋さんがあり、いつもそのお店の前を通っていました。 その古い楽器屋さんのショーケースには、いつも「金色に輝く大きな楽器」(なんていうのかな?トロンボーン?)が飾られていました。 僕は、母親が漕ぐ自転車の後ろのチャイルドシートで、いつも指をくわえながら、子供心に、「欲しいな~」って思いながら、その「金色に輝く大きな楽器」を見てました。 それ以来、幼稚園の3年間、毎年、クリスマスが近づいてくると、僕はベランダに靴下をぶら下げて、ずっと空に向かって願っていました。 『サンタクロースさん、金色に輝く大きな楽器をプレゼントしてください』って。手紙を書いて、ベランダに置いておいたこともありました。 けど、ベランダの靴下の中に入っているのは、いつもお菓子とかLEGOだった記憶があります。 僕が手紙を書いた年は、サンタクロースから英語で書かれた返事の手紙が。さすがに手紙が届いたときは嬉しかったのですが、子供なので、当然、読めません。(母親が訳して読んでくれたような記憶が微かにありますが覚えてません) 結局、幼稚園の3年間、その「金色に輝く大きな楽器」が、ベランダの靴下の中に届くことはありませんでした。 ◆記憶から感じる◆ そりゃ、当然だよね。 楽器を持つことすら、ままならないような子供に、数万(数十万?)もするような高価な楽器をサンタクロース(親)さんがプレゼントするなんて。 けどね、もし、もしも、、、 その時に、「金色に輝く大きな楽器」をサンタクロースさんにプレゼントしてもらっていたら、良くも悪くも、僕は今とは全く違う道に進んでいたかもしれないのかな~ なんて、一瞬、つまらないことを考えてしまった、、、 んですが、それ以上にね、、、、 ずっとベランダでサンタクロースを待っている僕の目を盗み、お菓子もLEGOも、僕に分からないようにこっそり靴下の中に入れてくれてたこと。 僕が書いた手紙への返事も、わざわざ国際ハガキ(ハガキの周り縁が赤白になってるもの)に英語で返事を書いてくれてこと。 あの手・この手を使って僕を喜ばしてくれてた、サンタクロース(親)の気持ち、行動に、今更ながら、感動したよ。 ◆サンタクロースになる◆ 子供の願いを叶えてあげることだけが、クリスマスプレゼントじゃないよ。 一番のプレゼントは、『サンタクロース=親、って子供に悟られないようにする、親の気持ち』かもしれないなってことを、今の僕に感じさせてくれた、幼い頃の記憶。 夫婦、彼氏彼女、友人同士の関係でも、同じだと思うよ。 相手が欲しいものを贈ることがプレゼントとしてベターではないってこと。 それ以上の“何か”を伝えられた貴方こそ、「サンタクロース」だと思うよ。 |