たぶん有名な育児本だと思うんですが、
『子どもが育つ魔法の言葉』という本に出逢いました。
「子は親の鏡」
けなされて育つと、子どもは人をけなすようになる
とげとげした家庭で育つと、子どもは乱暴になる
不安な気持ちで育てると、子どもも不安になる
「かわいそうな子だ」と言って育てると、子どもはみじめな気持ちになる
子どもを馬鹿にすると、引っ込み思案な子になる
親が他人を羨んでばかりいると、子どもも人を羨むようになる
叱りつけてばかりいると、子どもは「自分は悪い子なんだ」と思ってしまう
励ましてあげれば、子どもは自信を持つようになる
広い心で接すれば、キレる子にはならない
誉めてあげれば、子どもは明るい子に育つ
愛してあげれば、子どもは人を愛することを学ぶ
認めてあげれば、子どもは自分が好きになる
見つめてあげれば、子どもは頑張り屋になる
分かち合うことを教えれば、子どもは思いやりを学ぶ
親が正直であれば、子どもは正直であることの大切さを知る
子どもに公平であれば、子どもは正義感のある子に育つ
やさしく思いやりを持って育てれば、子どもはやさしい子に育つ
守ってあげれば、子どもは強い子に育つ
和気あいあいとした家庭で育てば、子どもは、この世の中はいいところだと思えるようになる
この詩を読んで、日々の育児を反省しました(;^_^A
「広い心で接する」って、簡単ではないですよね。
トイレに自分で行けるようになった南が、
何も言わず一人でトイレに行き、
トイレットペーパーを1ロール全部トイレに入れてしまうという出来事が、先週3回ほどありました。
南はトイレでおしっこして、
トイレットペーパーを私と同じように自分でちぎりたかったらしいですが、
できなくて、全てをトイレに入れてしまったんです。
トイレットペーパーがちぎれないことも想定して、南のために使えるサイズにちぎって用意したものを南の手が届くところへ置いてるんですが
それは既に使用して、さらに拭こうとしたようです。
しかも、3回とも洗濯物を干していたり、おむつを洗っていたり
どうしても目を離さないといけない場面でのこと。
事前に「お母さん、2階で洗濯物干してくるからね。南も一緒に2階行く?」と聞いても
遊びに夢中で一緒に来ない時は、そのままにしておくんですが、
それも良くないんでしょうね。
1回目は「トイレに行けたのは凄いことだけど、トイレットペーパーは大事だから、
ここに南が使えるように置いてあるのを使ってね。
トイレに行く前にお母さんに教えてね」と言ったけど、
2回目、「あ~ぁ・・・(落胆)
ちゃんとトイレでおしっこできて偉かったね。トイレですっきり出来たね。
トイレットペーパーは一度拭いたらキレイになるから、何度も拭いたら痛くなるし、
トイレットペーパーは大事だから一度だけにしようね。
トイレに行く前にどうしてお母さんに教えてくれなかったの?
お母さんと一緒にトイレに行く約束でしょ?次は必ず教えるんだよ!?(少々強め)」
3回目、「きゃーーーー!!!どうしてまたトイレットペーパー全部入れちゃったの?
ここに南のを置いてるから、一度だけ拭いたら良いのよ!!
トイレットペーパーは大事なの!!!お父さんもお母さんもみんな使うのよ!
こんなにたくさんトイレに流したら詰まって、トイレ使えなくなっちゃう!
トイレ行く前にお母さんに教えてくれる約束でしょ??」とかなり強めの口調になってしまった私・・・
強く言ったところで、南がどうしてトイレットペーパーを流したらいけないのかを理解してないと
また繰り返すことは分かっているのに
強めに言ってしまった・・・
3回目なんて、トイレでおしっこできたのに、褒めてもないし、最低だな・・・と反省(><;)
南さん、トイレは一人でしたいようで
「あっち行ってて」とか言われるので、
少しだけ目を離すんですが、2回目はほんの1分ほどで1ロールやられてました・・・
もうちょっとトイトレの知識が必要かな・・・
トイトレの話に、話が逸れてしまったけど、
「子は親の鏡」
先週の出来事もあり、心にじーんと響き渡りました。
この詩のように、どんな場面でも動じない広い心で、愛情をもって褒めて育てたいものです。