こんばんは。

私には2歳年下の妹がいます。
どちらも10月生まれで本当にピッタリ
2歳違いです。

妹とは私が4歳になるまで従姉妹同士のように別々に育ちました。
私は祖父母と伯母のところ。

妹は父と母のところで。



子供が6人もいながら4人の子を病気で 

失った心配症の祖父母と、身体がとても弱くて祖父母の側を離れられず結婚しなかった伯母(母の姉)に私は溺愛されていたのです。


幸せそうな3人の顔を見ていると連れて帰れなかったのだとのちに母は言っていましたが

何と😱そのままズルズルと4歳まで、私は祖父母と伯母の元でぬくぬくと甘やかされて育ったのでした👩‍🍼


祖母はお料理がとても上手な人でした。

特に祖母がお釜で炊いてくれるご飯はツヤツヤで美味しくて今でもあの味は忘れられません🥹


また自然療法的な知識も豊富で少しの不調は祖母が治してくれました。

わたしが植物療法士になったのは祖母が原点だったような気がします。



一方妹は母の元で厳しく育ち、2歳にして立派にお留守番やおつかいをこなしていました。笑




幼稚園入学前に母のもとに帰った私は

着替えもろくにできず、母を嘆かせました。

母はそんな私を鍛えあげようとしましたが

やっぱり三つ子の魂100まで、なのか(私は既に4歳😉)全く思うようにいかなかったようです。



空想癖があって、ボーっとしているのが好きなわたしは、幼稚園でほかのみんなが並んでいても気付かない😸


幼稚園の運動会では一人だけ反対方向に走る😸


学芸会でうさぎの役をした時はどうしても床屋で耳を切られて立ち上がるシーンを忘れる😸


トイレはみんなに順番を譲って結局我慢出来ずにお漏らし😸

(実はうさぎの耳だけがついていて、目がない便器が怖くて順番が来て欲しくなかっただけなんです。笑) 


↑学芸会の真っ只中、空想中のわたくし。笑




何故母がそんなに困っているのか


怒っているのか


私には全然わからなくて😞


祖父母と伯母の元に帰りたいと何度も願いました。🎋

そんなわたしにひきかえ妹はいつも自信満々!

母は私と妹に早くからピアノを習わせました。

私は練習中に母に叱られると悲しくて泣いていましたが



妹は

"叩いて上手になるならいくらでも叩いて欲しい!"と母に言っていました。


何て強いんでしょう笑😽



"言うこと聞かないと怖いおじさんに山に連れて行ってもらう"

というのも母の口癖でしたが。

恐怖に慄くわたしを尻目に妹は

もうわたしは言うこと聞けそうにないから怖いおじさんに電話して欲しい。

と言い放ったのです🤣

母が絶句したのは言うまでもありません。


↑口をキュッ結んでキリッとした妹と情けない表情のわたくし。



癪に障るので一度も言ったことないけど


正直に言うとね。


妹のことかっこいいなぁ😎👏と密かに思ってました。



従姉妹同士のように育ち、正反対の性質を持った妹と私は

それはそれは、いーっぱい喧嘩もしました。(殴り合いもあります笑)



でもね正反対で良かったんです。

私達が大人になってから家族に降りかかる試練をこの正反対の気質で足りないところを補い合って乗り切りました!



後編に続く。