僕ら理学療法士は、技術や知識といった
能力を高めたいと思う人は多い。
自分もその一人で
それは自分のためでもあるし、患者さんの
ためでもあったりする。
「患者さんをよくするために」
というのは正しい。けれど
「患者さんは実力の高い人を求めている」
というのは、少し違う。
僕自身もその勘違いをずっと続けてきたけれど
最近はそうじゃないんだってことを実感する。
今の職場で、僕や教授様はどちらかというと
不人気キャラであり
勉強も特にせず、やる気もあまりないような
スタッフの方が好まれている。
はじめはそれでも
「自分の技術が未熟だからだ。もっと磨かないと」
とか
「自分のやり方はここでは合わないんだ。変えていこう」
とか
試行錯誤していたけど、本質はそこじゃなかった。
最近読んだ、山崎さんという方のメルマガで
>しかし、高齢者たちが本当に望んでいるのは、施術の実力よりも
>私の気持ちと身体を分かってくれる人
>~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
>だということを理解しないと、セラピストの想いと顧客の想いに
>ズレが生じるので、なかなか分かち合うことができなくなります。
というのがあって、コレだったのか!と自己嫌悪に陥った。
患者さんが望むものは、そういう技術的なものではなかった。
なので最近は、なるべくコミュニケーションを
「楽しめるように」とることを心がけている。
今までは「どのような痛みが」「最近生活で困ってることは」
なんて問診中心で、あとは評価→治療、という流れで
なるべく経験をつみたいと思ってやっていたけれど
それはそれで、機械的過ぎたのかな、と反省する今日この頃。
あと、言い訳するならばやっぱり順番制が自分には合ってない。
担当になった患者さんとの関係はすこぶるよくなるんだけど
不特定多数の人たちに愛想よく、ってのは性格的に苦手だ。
僕のように実力主義に囚われている人には
この話は全く理解できないし、怒りもあると思う。
でも、僕は臨床で求められない自分を
客観視することが出来て、この事実に気付けた。
今、働いている自分はどうだろう?
そんな風に当たり前の日常を見直すヒントになれば、幸い。