皆さんは、必ずと言って良い程スランプという言葉を耳にしたり自身の口で発したりしたことがあるのではないでしょうか
今回は、皆さんご存じの世界の王:王貞治氏のスランプに関しての記事を紹介したいと思います。自身と比較しながら読んで頂くと何かを感じ明日から気持ちを切り変えて何事にも取り組めるのではないかと思います。
猛練習でスランプに挑む
「一本足打法」というのは不安定きわまりない打ち方でしたね、他人にはとても勧められません。身体全体の力を一点に集中してぶつけていく。打球は遠くへ飛び、本塁打が出やすくなる。その反面、タイミングは合わせにくく、足を上げた時のフォームも崩されやすい。三振が多くなってしまうのです。僕は、1964年(昭和39年)に一本足打法で55本の本塁打記録をつくったが翌年の65年には大スランプに見舞われました。
当時の川上監督は、心配し「練習のし過ぎではないか」と言いましたが、僕は、休まなかった。さらに「荒川道場」で練習を重ねたのです。僕は、不器用です。「打てなくなったらどうしよう」という不安は練習で克服するしかなかった。身体と心を練習にのめり込ませ、打つ感触を、良い感触を取り戻すしかない。スランプに立ち向かうには様々な方法があると思うのですが、僕には休む勇気がなかった。休むのが怖かったのですね。休めば不安を増すだけでした。不安な気持ちで打席に立ちたくない。「よし、今日はいけるぞ」と思って立ちたい。休養も大事だと思い出したら、僕の場合、22年もフル出場することは出来なかったでしょう。
長嶋茂雄さんもよく練習をしていました。でも、長嶋さんはタイミング、気力で打つ人でした。けがをして1週間休んでいても、グラウンドに出てくれば打てるんです。
でも、僕は違う。技術とフォームをしっかりしておかないと打てない、と考えていた。だから練習をするしかなかったのですね。
*練習している雰囲気は、当時の南海の野村克也選手も「荒川道場」での王選手の猛練習ぶりに驚いた1人だったそうです。「気軽に声をかけられる雰囲気ではない・・・」「すごい」素直にそう思った。王の素振りに比べれば、私のそれなんて遊びだったと・・・
本塁打を打っても納得できない時があるんです。今のは本当に自分の目指す本塁打だったかと。内容的に「いまいちだな」と思うこともあるんですね。
それで僕は、現役時代、大学ノートに思いつたことなどをメモした。中身は、技術的な事、精神的な事でどちらかと言えば後者が多い。書く時はたいていスランプの時でした。
僕はいつも、もっと力を伸ばしたいと願っていました。昨日よりも今日、今日よりも明日というふうに。