はてなダイアリーみたいに書いてみようかなと
思いましたが、途中で飽きてしまうことを予告しておきます。
また人の心に土足で踏み入るような言葉を
吐く毎日で御座います。Bois de merveilles 。
防衛機制 について先日少し書きましたが・・・
「共依存 (境界例 依存強化型) 」傾向を未だ潜在させる身としては、
(心的外傷 レベルではないので申し訳ない)重要な判断材料です。
会話において必ず分類から入りますからね。
ラベリング というわけではないのですが。
ここのところ、読み違いを修正する出来事が多くて何より。
小難しい言葉を並べ立てるのも、最も単純であるが故
最も人を傷つけるであろう「簡単な言葉」を厭う、
そんな心理の現われで御座いましょう。
さて。子供の頃の失敗を笑って話せるのは何故でしょう。
過去の自分にとって、現在の自分は或る意味で「第三者」だからかも、です。
10年後の自分は現在の自分の「第三者」ですね。
違和感
を感じられるでしょうが、そう考えてみて頂きたい。
10年前に戻りたいと思う自分の、10年後の「第三者」の意見を
聞いてみる気はないですか?とね。
10年後の「笑って話せる第三者」が、現在の誰かに思うこと。
自責ばかりが人間の取り柄では御座いませんで・・・
第三者視点に拒否感を持つなら、こういう考え方 もありますよ、と。
全く実行してませんけど (゚∀゚)y-~~
が、昨日は珍しく実行してみました。
「材料」の使い方が変わってくるんです。
客観視することは一つの方法です。責任取りませんが。
弊害も伴います・・・しかし、主観で言葉を口にしても、
それは自他に対する強迫 にしかならないことが多いです。
嫌なこと書きますが、
自分は相手に受容される筈の存在、という考え方。
いいことかもですけど、諸刃の剣 だとも思うんですよね。
不安を抱きながらやることですから。
だったら、確たるべきところで思うことじゃない。
自分を追い詰めた結果の言葉 しか出てこないと考えます。
上段から見て諭すことが正解とは思いません。事実、無理。
隣に居るべき人達、友人であれ何であれ・・・と同一方向を見れば、
隣は見えませんけどね、そこに居ることは判ります。
必要なのは、言葉を返すこと。感謝が伝わらないことに憤らないこと。
視野が広くなれば、幾らか見えるでしょう。10年後に。多分ね。
尚、衝動を抑制するために、自分のことですら
第三者的な、冷めた?意見を頭に持ってくる傾向があります。
でも気持ちは別方向、いつも。これが弊害です。
あと、ナルシズム を阻害されます。
世の「楽しいこと」の多くは儚くも、自惚れの要素を含みます。
自分を知れば、自惚れは素っ飛んでしまいます・・・
それなりに往なせるとは思うんですけどね~。
土俵が違いますから、好き勝手書いてみました。
タイトルは主にここからパクっています。進呈。
△ジンバブエ、インフレ率が年100000%超す可能性 経済危機で
なんかすげえ。
▽パンチ当たらず倒れるタイ選手 9勝266敗5分驚愕の裏事情
ボクシングの神とやらに屠られてしまえばいいのに。
・・・orz
△youtube死亡のお知らせ
なんという子供だまし。これは荒れる。
全然知らなかった。
判っちゃいたんだ!(><)
タイトル、正確には「 Sister Act 」でしたね。
