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ビッグエッグの対談
『週刊読売』(1988年1月3日・10日号)
意外なことが二つあった。美空ひばりさんは、見事なまでに座談の名手だった。世界の王貞治が、女王ひばりの前で一歩下がり、脇に回りつづけた。戦後の芸能、スポーツ界に燦と輝く最大のスター二人。対談は初めてというこのお二人の語らいは、笑いに満ち、実に楽しいものだった。
入院中は「切るな!」とはげましてくれましたね
ひばり:監督にはお会いしたかった。五月に九州の病院に見舞っていただいて、どうもありがとうございました。
王:女王の病室だから、あまり…と思ったんですけど、しばらくお会いしてなかったからちょっとね、ちょっとだけマネジャーと一緒にお邪魔させてもらったんですけど。
ひばり:いいえ、うれしかった。あたしね、ダメなんですよ。昔こう仲良くしてた人と会ったりするとね、涙ホワーッと出てきちゃって、ダメですね、ああいう時ね。
それでほら、足のことですから、監督も足のことでは一本足で苦労なさってるから、お話伺ってね。それで、まぁ、あたしもできれば手術なしでいけたらいいなと思ってたんですよね。
王:そら切らんほうがいいですよね。切らんほうがいいです。
ひばり:で、力づけてくださってね、ま、体にメスを入れるっていうことは大変なことだから、それは最後の最後だからって言ってくれたんで、まずこっち、肝臓から治していこうと思って頑張ったんですよ。
王:肝臓…まぁ、他人の二ショウ分ぐらい飲んでますからねぇ。(笑)
ひばり:二生分!(笑) おかげさまで、今はもう一滴もやりません。負け惜しみじゃないんですけど、飲みたいと思わないですね、不思議なことに。
昔からこう、フーッとこういうふうに「おいしいな」って飲んでないですから、あたしは。
王:そうですか?
ひばり:監督、知ってると思う、あたしの飲み方。もうガボッ、ガボッですから。(笑) 毒ですよ、凄い毒になってる…監督なんか体大事にしてるから、パッと切り上げるときはフッとやめるでしょう。それがあたしできない。気分でハシゴしちゃうんです。
もう中村メイコと腕組んじゃって、ハシゴして歩いちゃって(笑)、ボトル何本空けたか、ほんとに分からないくらい飲んだんですね。
監督と飲んでた時代にはブランデーを、確か飲んでたと思うんですよ。だけど、あれから焼酎に変わっちゃったんです。それからお付き合いしてないですよね。(笑) だけど、それから悪くなっちゃったの、あたし。監督と飲んでる間はね、そんなに悪くなかったんです。
王:じゃあ、焼酎がいけなかったですか。あれはほんと、入っちゃうから。それとね、濃さが分からない、飲んでみないと。
ひばり:そうですよ。亡くなった川口松太郎先生ね、パパがね、俺にも焼酎つくって、くれよお前とおんなじのつくってくれよって言うから、つくってあげたんですよ。水割りですね。そしたら「なんだよ、そんな薄いんじゃダメだよ」って言うんですよ。
それでまた足しちゃったの。それで「ハイッ」って「パパッ」って、出したんですよ。それでグーッと飲んでるうちにね「おいおい、これは相当きついな」ってきたんですよ。
「おいおい、これちょっと薄めてくれよ」って、そこの料理屋のお姐さんに頼んで水、足してましたけど。(笑)
王:焼酎ですね。じゃ、ブランデーのうちはよかったわけですね。
ひばり:はぁ、そうなんです、監督。すいませんでした。(笑) でも、お酒飲むお友達も、あたしの場合はたくさんいましたからね、そういうお友達が気を使って、遊びに来なくなっちゃうとあたしも寂しいから、飲む人はどうぞ来て飲んでちょうだいって言って、この間なんか、あおい輝彦クンなんか相当強い子だから、目の前で飲ましちゃってね。
で、あたしがお茶飲んでるもんだから「ちょっと飲みにくいな」なんて、最初言ってたけどね。でもね、やっぱりそういう雰囲気でいつもの通りあたしがこうやって、じゃべってあげればね、みんな段々慣れてくると思うんですよね。
ただ、みんな、今まで飲んでるあたしを知ってるから「寂しいでしょうね、お酒はやっぱり楽しいですもんね」って一生懸命誘うんですよ。(笑) あたしは、そうはいかない、その手には載らないって言ってね。
この間も玉置宏さんとお話したんですけど、ま、「お酒を飲まなければ、美空ひばりは上手に歌が歌えないですよ」って言われたらね、飲むかもしれないって(笑)、ね。
王:また、歌い出すとストレスがね、色んな意味でたまってきますよね。
ひばり:そうなんですよ。ま、仕事が始まってストレスがたまってくる部分がちょっぴり心配ですけどね。そのはけ口をあたしがどこで考えるのか、これからの宿題ですけど。でも、あたし、巨人が負けたら飲むかもしれない。(笑)
新球場だからもの凄く新鮮な気持ちで試合できる
王:まあ、やっとチームの形も整ってきて、ジャイアンツ、しばらく優勝に縁がなかったですけど、やっとセントラルで優勝して、いよいよ日本一を狙える体制が整ってね。
で、本当の意味でのスタートの年に、ちょうど新しいビッグエッグでスタートできるわけですよ。だからもの凄い、われわれ、ずっと後楽園でやってきましたから、気分的にもの凄い新鮮になるわけですよね。
ま、ひばりさんの仕事もそうだと思うんですけど、マンネリが一番いけない。
ひばり:そうです。
王:やっぱり気持ちがこう、なんか新鮮でなきゃいかんでしょう。それを意識して切り替えるの、大変ですね。
ところが今度は自然に入れるわけでしょう。見た目がもの凄く違うわけですから。とにかく、見るもの聞くものが、全部新鮮でしょう。ですからね、そういった意味で選手の尻を、こちらがそんなに叩かなくても、選手がね…。
ひばり:わたしもやっぱり不思議な運命の持ち主かなんか分からないんですけれども、わたしがオギャーッて生まれたときに後楽園が建ったそうで。それでわたし、ちょうど五十歳で、いま、こういうことになってしまいました。
ほんとに四十年間、一生懸命走ってきたんだけど、ま、つまずいてしまいましたけど、また後楽園が新しくドームに変わる今年から、美空ひばりはまだ歌いやめないで、また新しく羽ばたこうとしているわけですね。その時期がちょうど同じ時にぶつかったということはね、なにかこうあるんじゃないかと思いますね。
前から監督とはお付き合いがありましたので、わたしは陰ながらいつも、王監督を応援してたんですよ。
だからもう、このあいだの最初の優勝のとき、すごく嬉しかった。シリーズでは残念でしたけど、新しい年がまたありますからね。
王:ひとつ仕事が残ってるんでね。われわれの世界はリーグで優勝して、それで一つの結果が出た形になるんですけど、ジャイアンツの場合は日本一にならないとね、本当のいい仕事をしたってことにならない。
なんか、あすこでまけちゃったら、そのう、ペナントに勝ったのも消えちゃいましてね。選手権に出て、なおかつ負けてみないと、日本一になるためのことをしっかりやんなきゃいかんなっていう気持ちはわかんない。これは僕だけじゃなくて選手たちも、そういうふうに感じてくれたと思うんですよね。そりゃ、やっぱり選手たちも悔しかったし…。
ひばり:あたしね、美空ひばりの場合は自分の好きな道だし、自分の好きな歌を歌ってね、ギャラいただいてんですから、こんないいことないんですよ。
だけどマイクの前に立ったときは、野球でいえばピッチャーだな、監督だなっていつもあたしは思うんですよね。ピッチャーがあすこから降ろされるときの悲しさっていったらね、いつもあの心境が伺いたいのよね。
王:そうですね、やはりまあ普通、なんですかね、人を人事で動かしたりする場合、たとえば人を左遷するにしても、会社の中でやる人は表面へ出ないでしょう。われわれってのは、あいつが降ろしたんだってわかっちゃうから、いつもまぁ一番悪い役なんですよね、監督って。だからその選手のファンからすれば、ものすごい憎たらしい存在なわけですよ、われわれっていうのは。
ひばり:うん、そうです。はっきり言ってね。だから辛いと思いますよ。
王:僕らみたいに、どちらかといえばチームの中心で、常に光に当たりながらやっていた人間っていうのは、なかなかその辺りが難しい。皆にもそうしてやりたい気持ちがどうしてもある。
バッターだったら、二階はダメでも、本当は代えるとこだけど、もう一回チャンスをやろうとか。一年目、二年目ぐらいの時は、どうしてもそういうのがある。そういう気持ちがあると、やっぱり遅れちゃうんです。ピッチャーでも代え時が。
で、「まかしたぞ」って言ってベンチへ帰ったら打たれちゃった。ああ、やっぱり代えればよかった。(笑)
ひばり:私はああいうとき、監督の顔見られないの。
だけどあたし、西武が優勝した時に、監督がね、ずっと逃げないで森監督の胴上げ見てたでしょう。辛かったと思うけど、あたし、素晴らしいことだと思う。もしもわたしを差しおいて、誰かがトリを取ったとかね、した場合、わたしはソデからじっと見つめていられるかな、と思うんです。
できないです。これが男と女の違いですね。大きさが違うんです。あの時の清原の涙はどう感じました?ちょっと早めに泣いてるからね、どうしたのかしらと思っちゃったの。
王:まぁ、われわれのところへ伝わってくる清原のね、いろんなふだんの私生活からすると、「あれっ」と思いましたよ。こっちはいわゆるもう、新人類っていうんですか、そういう感覚で扱われてるんですが、ああやってみると、やっぱり僕はスポーツマンだなって感じましたね。
われわれ、いろいろ勝ったことあるんですが、ああいう心境になったことないですよね。でも、ああ、それぐらい勝ちたかったんだなっていうのが伝わってきましたけどね。
ひばり:監督は八八年の年男なんですよね。辰年だから、確かね。
王:ええ、そうなんです。もうよく知っていただいてる。
ひばり:あたしね、申し訳ないけど、ほとんどテレビの歌番組は見ないんですよ。(笑) もう、もっぱら野球ばっかり。
一時ね、広島の人たちと友達が多かったんで、広島の子たち、達川とか北別府とか遊びに来るでしょう。そうすると、ちっちゃいスケジュール表もっちゃうの。だから広島と巨人と、いつやるかってわかるんだけど、あたし複雑なの。(笑)
そういう時が複雑なの、一番。広島と巨人の時が、困っちゃうのよ。どっち応援しようかってね。
王:人間と会っちゃうと、どうしても情が移っちゃうでしょう。
松坂慶子さんに入浴法を伝授した話をしちゃおう
ひばり:あっ、あのね、いいの。監督は、美空ひばりよりね、松坂慶子。
王:なにっ…。(笑)
ひばり:いいのよ、あたしは知ってるんだからね。
王:なんで。(笑)
ひばり:きょう会ったら絶対いじめちゃおうって、思ってたんだから。ああいう美女がお好きなんですね。
王:なに言って……そんなこと絶対ないです。
ひばり:いえ、あたしね、足がよければあの時ほんとに行きたかったんですよ。あすこへ行って松坂慶子さんみたいに応援したかったんですよ、冗談じゃなく。
だけど、あんな美人が行ったから、監督のお気に入りだろうから、あたしの出る幕じゃないわって、テレビ見てたの。(笑)
王:また出てきた。(笑)
ひばり:だって、監督は言わないんだけど、松坂さんが嬉しくって雑誌かなんかでしゃべっちゃったらしいの。王さんにね、お風呂の入り方を教わった。ちょっと聞き捨てならないんですよ、あたし。(爆笑) なになになにって聞いちゃったの、あたし。
王:で、なんともなかったでしょう。
ひばり:お仕事から疲れて帰ってきたら、よく寝られるように、お風呂の入り方を教えてあげるって言われたんだって。まず膝まで漬けてしばらく温まる。それから腰まで入れて、それからしばらく。それで全身をずーっと。
王:要するに心臓にね……。
ひばり:いきなりプールに入るのと同じに、ドボンと入っちゃいけないから……。
王:あれじゃだめなんです。少しずつじゃないと、ここまで入っちゃうと……。
ひばり:あ、やっぱり教えたんだ。(笑)
王:載せられないんですから、そういう話は。
ひばり:載せられないから、いまのカットしてください。(笑)
<「いや大丈夫、載せます。でも付き合いの長さでは、松坂さんの比じゃないわけですから。どのくらいになりますか」と大内孝夫・本誌編集長>
王:選手時代からですから、ずっと。ひばりさんの誕生祝いに長嶋(茂雄)さんと一緒にお呼ばれして、それでもう……十五年かな、そのぐらいですね。だから、長嶋さんも選手の最後のほうです。確か。
ひばり:長嶋さんはね、あたしが頭洗ってるときにちょうど着いちゃったの。(笑) そいであたし、こんな頭(と両手で髪をボワッとさせる手付き)で会っちゃった。
もっとあたしきれいにしたいと思ってたのに、洗い髪でこんななってるときに見えて、「あら、ごめんなさい」って頭巻きながらしゃべってさ、それで「これから王さんも来てくれるんですよ」「ああ、そうですか」って言って、そのまましゃべってて、それできれいにならないうちに帰っちゃったんです。(笑) やだ、あたし。きれいになとこ見てってもらいたいのに洗い髪のとこだけ見て帰っちゃったわけ。(笑) ねぇ……。
そうそう、長嶋さんの息子さん、一茂クンはあたしかわいそうだと思うの。ほんとに人気が先じゃ。
王:辛いと思いますね。
ひばり:歌い手の場合は人気が先でもいいんです。ありがたいんです。人気が先でボーンと事務所が売り出しちゃって、名前売って軌道に乗せれば、こんど歌唱力のある子は長生きしていく。だから人気が先……だけどスポーツマンっていうのは腕を見せてからじゃないと。
王:われわれの世界は、人気があればあるほど、成績が悪ければその人気が重荷ですからね。
吉永さんが清原くんなら桑田くんを応援しよう!
ひばり:もし一茂クンが巨人に入ったら、どうなってたかしら。
王:いまであれですから、大変ですよね。
ひばり:いや、だから世の中うまくいってるなと思って見てたの。(笑)
王:われわれもドラフトで、十一時に投票する一時間前までは侃侃諤諤やってたわけ。長嶋一茂にするか橋本清(PL学園)にするかっていうんで。で、最後に橋本で行こうということになったんです。
ひばり:その橋本クンって子もいい子みたいですね。
王:ええ、体も一メートル八七のね、八十四キロですよ。
ひばり:でも、あたしは桑田のほうがいいわ。(笑) 清原さんは吉永小百合さんが応援してるから(笑)、美空ひばりは桑田さんを応援しましょうか、アハハハ。
だけど、ほんと可愛いですよね。一生懸命っていうの、あたし大好きだから。だから大事なところにボールがぶつかった時だけ、ほんとに心配しちゃったです、あの時は。(笑) 大丈夫かしらと……。
王:あれは、ほんとにまともに当たったら大変なんですが、あれはズレてて、少しかかってただけだったから、よかった。
ひばり:あらよかった。(笑) あたしは最初は、はっきり言って二枚目だなと思ったのが清原クンで、そんな二枚目じゃないなと思ったのは桑田クンですよね。あたしはすぐ顔のほうへ行っちゃうからいけないけれども。(笑)
それがね、不思議なことに段々、段々いい男になってきちゃった。ほんとに顔が変わったですよ、あの人。だから不思議だな。人間っていうのはね、なんていうのかな、辛い思いしたり、いろんなことあったりして、それで断然やる気が出てくると顔が変わってくるんですよ。
王:桑田の場合、自信もね。それプラス自信もついてきてね、段々堂々としてね、一年目と違ったでしょう。
今の若い選手には、僕らの時代と違って、野球以外は、色々楽しいことが多すぎる。だから、野球の時間はずれたときに、体を休めるとか、体の手入れをしようとかってところを削って、楽しみのほうに行っちゃうケースがある。
ですから、自主的に練習にのめり込んでやってく人は、やっぱり少ない。そういう人がやっぱり……うちの吉村ね、ユニホーム着てない時間帯にもの凄く練習するの。だからいつの間にかね、ジャイアンツのバッターでも一番給料が高いぐらいになっちゃったですよ。日本人としてはね。入ってまだ六年目かそこらですからね。
こらもう黙々とやってました。もう毎日。たとえば遠征へ行っても、昼間十一時半ぐらいから出かけて、練習して帰ってくる。後楽園で試合があるときは、だいたいみんなが二時半ぐらいから練習やるんですね。ところが、吉村たちは一時過ぎにもう来て、球を打ってるんです、一時間ほど。
ひばり:吉村クンね、あたしずーっと可愛くてね。テレビ出ると「よっ!博多人形」って。(笑) 博多人形みたいでしょう、まんまるくて。
<大内「いまの若い連中、新人類とか、いろいろ言いますが……」>
新球場で優勝したら伴奏なしで「悲しい酒」を歌う
ひばり:新人類ね。もう既にうちの息子(弟の故哲也さんの長男・和也君)も十六歳で、その新人類と住んでますけどね。パンクロックっていうのに凝ってて、もう演歌なんかは見向きもしません。そういう人が、この頃音楽のほうでも多くなったし……。
でも、どうして演歌っていうのが、滅びっていわれて滅びないのかな。巨人軍と同じで永遠に不滅ですよ。
いまあたし留守にしてますけど、後輩がみんな頑張ってくれてるから。森進一でも五木ひろしでも、会うとね、電話でも、最近ね、あんたたち頑張ってくれてるから、あたし安心してテレビ見てるよって言うんですよ。
だけど、若者たちが演歌をどこまで、あと何年たったら美空ひばりの歌っている歌が分かってもらえるかっていうと、これもの凄く難しい問題ですよね。
でも、美空ひばりが、なんでこんなに長生きしてるかっていうと、おばあちゃんがファンであって、その娘さんがファンであって、それでその、またお子さんができると、またそのお子さんが膝に抱いて、私の歌を聞きに来るわけです。そういうことの繰り返しで、ここまであたし、生きてこられたと思う。
だから、新人類が数多くなってきてもなんでも、美空ひばりはまだまだ、ね、頑張っていかなきゃならないことだ……と。
王:そりゃ、もう、まずとにかくね、一日も早くひばりさんが目の前で歌ってくれることを、みんな待ってるわけだから、そらもう、ファンにとっては一日千秋の思いで……。だけど、ビッグエッグの公演があるから、早くしっかりしようって気持ちになるでしょう。
これ、命がけでそこで歌うわけですから、それなりに自分なりに自分の用意もね、ちゃんとね。それは厳しいと思いますね。だけどファンは待っておられる。
ひばり:ええ、そうですね。頑張って……。
王:もう、今日はだいぶ責められた。お風呂の入り方から責められちゃったから。
ひばり:あれだけはね、ほんとは皆さんがお帰りになってから、お話しようと思ってたの。(笑)
ところで、試合、見させてもらう時だけど、今度はあたし一人で見させてね、その時は。
だって正力オーナーと一緒に見るとね、歌わされるの。あたしね、一生懸命試合見てる。その時ね、広島・巨人戦で、わたし、さっき言ったように複雑でしょう。うわーって見てたわけ。そうしたら正力オーナーが「お嬢、『悲しい酒』教えてくれよ」。(笑) 突然言うの。突然。
「ちょっと待ってくださいオーナー、あたしいま野球見てんですから」「いや、わしはあの歌好きなんだ。こういう時でないと教えてもらえないから、出だしだけでいいから」って。(笑) あたし、まいっちゃった、もう。ほんとオーナー、楽しいですよ。
でも監督、なんていうのかな。あたしの生きてきた時代、監督の生きてきた時代が貴重なものであるっていうのを、みなさんに分かってもらうために、私も歌いますから、ビッグエッグで絶対優勝して、胴上げを実現してください。
そしたらあたし、正力オーナーに「悲しい酒」伴奏なしでも、歌って聞かせる。アハハハハ、伴奏なしでも。
王:是非、じゃ僕はオーナーに聞いてもらえるように頑張らなきゃ。(笑)
※だいぶ念入りにチェックしたつもりですが、もし誤字脱字がありましたらご指摘ください。
うつみ宮土理の聞いていいかしら
「膚がきれいなのはご乱行しないからよフフフ」
『サンデー毎日』(1983年3月6日号)
第16回ゲスト:“女王”の座 堅持に意欲満々の美空ひばりさん
「すごいわよ。背はあたしと同じ。靴はあたしより大きいの」と一人息子、和也君の話になるともうメロメロ。かと思うと「目標はお城を建てること」とプロ根性を見せるひばりさん。仲良しのうつみさんの前で“女王”も素顔丸出しで母親になったり、歌手になったり……。
【美空ひばり】 昭和十二年、横浜市磯子区生まれ。精華学園高等部卒。初舞台は二十一年九月。「悲しき口笛」(二十四年)で映画初出演。三十五年にレコード大賞歌唱賞を「哀愁波止場」で、四十年にはレコード大賞を「柔」で受賞している。二月下旬、自ら作詞した「木場の女」「花のいのち」(コロムビア)が発売となる。
30代の独身男性と恋したい
うつみ この間の新宿コマの公演、見せていただいたんですけど、びっくりしたのは、ファンの方たちが、「お嬢の舞台を見るために着物を新調してきた」とか、「指輪を買った」とか言ってるんです。それに、さらに驚いたのは、みんなひばりさんと親しいということで、私たちにもやさしくしてくれるんですよ。
ひばり うちのファンの素晴らしいのはそこなのね。あたしの友だちとか親しい人が客席へ行くと、自分たちの仲間っていうか、自分と同じようにひばりさんを好きでいてくれるんだなって思ってくれるのね。たとえば浅丘ルリ子さん、大原麗子さんなんかが舞台見に来ると、この女優さんもひばりちゃんの一家だなと素直に思ってくれるの。
うつみ とっても温かい雰囲気で、みんな一緒になって手を振ったり、声援したり。
ひばり だから、あたしが一番気をつけなければいけないのは体調なの。舞台の上でちょっと元気がなくて、つらそうに歌ってると、ファンの人はハンカチ出して泣いちゃうのね。で、あたしが元気を出しちゃって、もう大丈夫よって言うと安心するの。客席と舞台がいつも一つなのよ。
うつみ でも、新宿コマみたいに二ヵ月公演なんていうと、随分気を使って疲れるでしょうね。
ひばり 大きなお仕事が成功して終った時って、とても幸せだけれども、それが済むまでのしんどいこと。寝不足になるし、ノイローゼ気味になるわよね。
うつみ ひばりさんぐらいになってもやはりそうですか。
ひばり いまだに。この間の中野サンプラザでの公演の時なんて、プログラムに苦手の英語の歌をワーッと並べちゃったから、英語恐怖症になっちゃって。
うつみ 苦手だなんて。いつも完璧な発音で歌っていらっしゃる。どうやって覚えるんですか。
ひばり レコードが先生なの。あたしの最初の先生はナット・キング・コールかな。彼の発音ってわかりやすいの。やっぱりLとRの発音の仕方がむずかしい。昔、(江利)チエミにこの使い分けがうまくできれば、一流よって言われて気をつけているんだけど。
うつみ そうなんですか。やっぱり、ひばりさんは努力家なのね。そういえば、ひばりさんからプレゼントをいただいたりすると、上書きによく“宮土理夫人へ”とか“元気で仲良く”とか書いてあるけど、字がとってもお上手ねえ。小さい頃からお仕事をなさっていてお勉強する暇なんかなかったと思うのに、特別に習われたんですか。
ひばり 皆さんご存じないけども、家庭教師の方があたしの旅にずっとついて歩いてくれた時期があったの。うるさく。(笑)可哀そうでしょ。一所懸命働いて、終ると汽車に乗って次へ行く。昔だからシュッポシュッポ行く汽車で。子どもだから眠たいわね。なのに、その間もお勉強ちょこちょことさせられたり、旅館に着くと勉強部屋が借りてあってそこでやらされたり。見えないところでちょこちょこと努力はしていたような気がするんですよ。割とあたしも欲張りだから。
文字の方は、上手だと言ってくださるんだったら、これは父に似たんじゃないかしら。母はあまり上手じゃない人でしたから。で、父は男性らしい字を書いていたから、あたしも男っぽい字を書くようになっちゃった。性格もそっくりで、“女として”なんて話になると、あたし“男として”というならしゃべれるけどって言うの。(笑)冗談じゃなくて、男としての感覚しか持ってないの。からだだけ女に生まれたのね。情けないけど。
うつみ でも、恋はしたでしょ。
ひばり それはしました。
うつみ 恋をした時、お母さんにこういう人を好きになっちゃったって話した?
ひばり 割と言葉では言わないんだけど、おふくろさんはもうじっと、あたしを見つめてるもん。言わなくたってわかってるわよ。おふくろさんには隠せないですよ。あたしが何で美空ひばりはデートもできないのってブツブツ言うと、大いにやりなさいと言ってた。やめなさいということは言わなかったわね。いい母でした。その言葉通りに、ちゃんと思い出を残すような素晴しい恋をたくさんして、幸せに過してくれればよかったのにね。
うつみ やっぱりあんまりビッグすぎて、相手の男の人もビビっちゃうということもあるんでしょうね。
ひばり 今でもずっと見渡しても適当な人が見当たらないの。悪いけど。みんなが、交際範囲が狭いって言うのね。芸能界だけじゃなくてスポーツ界とかいろいろあるじゃないって。私だって、スポーツ界だって何だって見つめる時あるわよ。だけど、見つめてたって、その人、結婚したり婚約したりしちゃう。
それでも、あたしはこの年になってもまだ夢を持ってるの。できるならば独身の人がいいなと思うわけよ。(笑)でも、三十過ぎた人しか尊敬できない。尊敬と言うとおかしいけど、つき合えないわけ。二十代の人ではちょっと寄りかかれないもん。あたしだって少しは寄りかかりたいでしょ。そうなると、三十過ぎ。三十過ぎて四十近い人で独身っていったら、ちょっと変わってる人しかいないでしょ、割と。(笑)だから、むずかしいのね。
最近ね、一人に決めないで、大勢いた方がいいんじゃないかと思うの。もうたった一人にカーッとなる時期じゃないから。その方が夢があるじゃない。
京都までならデートだって
うつみ でもそうなったら女性週刊誌が騒ぐでしょうね。今までもうるさかったと思うけど。
ひばり ええ、お陰さまで。お陰さまっていうのヘンだけど(笑)、昨日も友達と食事しながら、その話したんですけどね。美空ひばりだってやっぱり人間なんだから、やりたいと思うことはやりたいし、やれないことではないでしょ。
だから、今もし好きな人がいたら、その人と連絡とって、名古屋で待ち合わせましょ、てなこと言ってデートしちゃう。
うつみ 名古屋?
ひばり 名古屋ぐらいまでは、あたし一人で行けるから。(笑)名古屋、京都ぐらいは新幹線で行けるから大丈夫。ほかはダメよ。どうやって行くんだかよくわからないからね。でも、そこで待ち合わせしてデートして、楽しくてそれで気が済む性格だったらいいけど、あたしが果してそれで満足する人間かどうかなのね。そこら辺がちょっと複雑ね。
うつみ ところで、ひばりさんは子供の時から、私たちの世代、三十代、四十代の人に青春を与えてくれたと思うのね。でもいつかお母さまが言っていらしたの。「お嬢はみんなに青春を与えてあげたけれど、お嬢にとっての青春ってどうだったのかねって」。今お考えになって、ひばりさんの青春ってどうでした。
ひばり あたしは女としてとか、青春とかいうことになると、話しする資格のない人間だと自分で思ってますね。だけど、あたしにとっては九歳から選んだこの道がやっぱり青春だったと思うのね。でも、やっぱり“美空ひばり”という形につくられちゃったから、いくら歌っている時、すごく幸せを味わっていても、そこに青春があるわけないと思う。だから、今もう一度、女として、人間として青春を味わうためにやり直してみたいなと思うのね。
うつみ そうですか。やり直すってどういうふうに。
ひばり この年になって、ちょっと遅いんだけれども、常識的なことなのに、それをやってこなかったのが美空ひばりなのね。というのは、おふくろさんという人がいて、ママが防波堤になってあたしのイヤなこととか、聞かせてはいけないこととか、全部整理してくれて、あたしはただ好きな歌を舞台で笑顔で歌う。これだけを味わせてくれてたのですからね。
今、母がいなくなって初めて、人間が生きていくためには、いろんなことがあるのだということを、少しずつ味わってるわけなのよ。
うつみ ひばりさんはお母さまと一卵性双生児といわれるぐらいだったから、大変でしたでしょ。みんな、お母さま亡くなって大丈夫かなと心配していたんじゃないかしら。
ひばり それは一時皆さんが思ってくれたわね。今年の七月二十九日で三回忌を迎えるんだけど、初めの一年はシャカリキになっていたの。
それに比べると、今は少しダラけているなと思ってまた引き締めているの。一年を過ぎた頃から、あ、あたしはおふくろさんなしでもできるんだという自信も持っちゃったし、一応、波に乗ったような気がしたからね。
うつみ ひばりさんはこの間の舞台で、弟さんの哲也さんのことを、お母さんに代って、舞台の右側の照明のところで見てくれる人ができましたって言われたけど、そういう親兄弟の仲のいいことを非難するような記事を、ずいぶん今までに書かれましたよね。でも、私は身内がファンでなくて誰が応援してくれるのかって思うの。
ひばり よく冗談で、選挙で立候補したら親せきだけでも投票してくれるだろうって言うでしょ。肉親ぐらい支持してくれなかったら悲しいわね(笑)。ファミリーってとても大切なのに、それを表に出して話したり自慢したりすることは、テレくさいというのが日本人の特徴じゃないかしら。その中で、テレないで言っちゃうのが美空ひばりってわけね。ですけど、いまだにその信念は変えはしないし、変えたくないと思う。おばあさんになった時にも、一番わかってくれるのは肉親じゃないかと思うから。
うつみ やはり、年を取っていくことを考えますか。
ひばり 子供の頃は、ただ歌ってれば幸せだったけど、今は歌うために苦しんでる。どうやって続けていこうかって。楽しんでないですよ。やっぱり美空ひばりという名前は重いですもの。おふくろさんと二人で守ってきた大事な名前を、キズつけちゃいけないと思うし。
息子はあたしと同じ身長よ
うつみ 引退なんて考えられたことありますか。
ひばり ありますよ、時々。あたしすぐ言っちゃうの、弟たちにも。だからこの頃バカにされて、あ、また始まったなって。前は三年ごとぐらいに言ってましたね。でも周りは、「そんなふうに言っている時は怖くないんだ」って言うの。あたしが黙った時が怖いらしいの。何するかわかんないから。突然、パッと発表しちゃったりして。でも、そういうひきょうなことはしないでしょうね。
やっぱり、やめる形は考えておかなきゃね。これだけ支持してくれたファンに対して、皆さんが悲しむような形はとれないからね。
うつみ 引退なんて考えられないわ。
ひばり 五月二十九日で四十六かな。シ・ロクのブタですよ。冗談だけど。ウフフ、ヤな数ね(笑)。でも宮土理さん、ノドの先生なんかに聞くと、ノドも顔もシワと同じに五十過ぎてくるとシワが出てくると思ってくださいと言うのね。だから、その時に乗り越えられれば、ずっと歌えるかもしれない。
うつみ 大丈夫。ほんとにいくつになって。
ひばり ワァー、ちょっと想像してよ、ヤーだ。シワシワになっても歌うの? ここ(頬)をバンソウコウでつっても。
うつみ ひばりさんってシワができないのね。
ひばり よく笑うくせにできないの。ご乱行しないから。(笑)これ、ぜひ言わして、大声で。これ、自慢なの。
うつみ ところで、息子さんの和也ちゃんはおいくつに。
ひばり 十一歳。すごいわよ。あたしと同じ身長なの。靴はあたしのより大きいの。あたしは二十二㌢で、和也は二十四半。
うつみ 父兄会なんていらっしゃるの?
ひばり 前は行ってましたよ。それであたしがママさんコーラスに入ったなんて誤報が流れたけど。
うつみ ママさんコーラスに?
ひばり 音楽の時間に、お母さんたちも歌うことになってね。誕生月を言われたら立ってコーラスするっていうんで、五月の時にパッと立って歌ったの。月だけで終りかと思ってたら、今度は日にちで行きますって。あたし二十九日だからずっと待ってまた歌ったの。(笑)母親としていろんな経験させられたわ。
うつみ ひばりさんは和也ちゃんに一番教えたいことって何ですか。
ひばり おふくろさんから教えられたことで、あたしも守りたいと思っていることだけで、人に迷惑をかけないってこと。これしょっちゅう言ってる。それにママはウソつきが一番きらいということ。怒られるからってウソをつくり上げたりは絶対にやめてちょうだいって言ってます。
それと、人間が食べたり欲しい物が買えるのは、働いているからだということは教えとかなきゃいけないでしょ。だから、カー君はママが家にいないことが多くて寂しいかもしれないけど、それは欲しい物を買うためなのよと教えてます。
で、時々、ママなら何でも買えると思われちゃ時には、うちの庭にはおカネのなる木はどこにもないでしょ。働かなきゃお金入は入らないんだからって言うの。もう十一歳だから何でもわかってますね。あとは男の子だから元気で育ってくれればいいと思ってる。スポーツが好きでサッカー、水泳もやってるのよ。
うつみ 唄はどうですか。
ひばり 音程は割といいの。だからみんなの前で歌わせて自慢しちゃって、目尻下がってるなんて言われちゃう。
ただし、この間、ショックだったの。「バケーション」という歌を歌ってたら、海で泳ぎましょう、スキーに行きましょうってフレーズがあるでしょ。カー君から“ママ、スキーできないし、泳げないのにおかしいよ”って、すごい軽べつされちゃって。
うつみ 両方ともできないの?
ひばり だめなの。臆病で。だからこれから水泳やらテニスやら欲張って覚えたいと思ってるの。カー君から軽べつされないように、何か一つマスターしないとね。
うつみ ひばりさんは和也ちゃんのためとか、お料理します?
ひばり あたしだめなの。誰でもできる卵のものばっかりだもの。恥ずかしくて。八宝菜なんて作ったって、片栗粉入れ過ぎておだんごになっちゃったりするでしょ。(笑)弟の方がうまいですよ。
石焼きイモを外人にあげた
うつみ いつかひばりさんってどんなもの召上がるのかと思って楽屋見に行ったら、おうどんに七味をたくさんかけて食べてらした。
ひばり 今もうどんよ。鍋焼きうどんに凝ってるの。
話が飛ぶけど、この間、車で家へ帰ってきたら「石焼きいも、栗よりうまぁい」って来たわけ。和也に買っといてと千円渡してね。包んでもらっているのを玄関のところでじっと見てたら、ちょうど家の前のエジプト大使館の外人さんが二人出てきたの。その時、そうだ、この外人さんにも焼きいもの味を味わせてやりたいなって思って、和也の買ってきたのを上げさせたの。「プレゼント・フォー・ユー」って言ったら、「サンキュー」ってうれしそうに受け取ってくれたの。もう一回買おうとしたら、そのおいもが最後でね、焼けるまで家で待ってたけど。あれ、大使館の人もびっくりしたでしょうね。
うつみ あらぁ。エジプトの方もグレートシンガーからのプレゼントで感激したんじゃないかしら。ひばりさんはプレゼントじゃなくて、自分でこれから手に入れたいものってありますか。
ひばり この家が十年目なのね。この家を建てられたのは母の力が偉大だったからで、とてもあたし一人ではだめだったかもしれないと思ってるの。だから、今度はあたし一人でお城を建ててみたい。その努力をしてみようかな、なんて今思ってるのね。まだ歌いたいという意欲を持っていても、人間というのは何か目標がないと進んでいけないんですよ。そのためにも、ものすごい借金をしなきゃならない形になるとするでしょ。そうすると、その借金を返していこうという意欲が出るし、努力が出来るわけね。そういうことが何かないと、ゆったりした気分で歌っていくのはすごく危険だと思うんですよ。
皆さんがまだまだ歌えますよといくら言ってくれても、自分として納得いかないの。
それにね、歌というのはここまで歌ってきちゃうと、あと上手に歌うということはできないわけよね。だからたとえば上手下手は関係なく、聴く人を感動させる時というのは、歌う人の人生が素晴しくいい時なの。あたしにしても、美空ひばりが人間的にいい人生を歩んでる時は、やっぱりいい歌うたえるんじゃないかと思うの、それは目標に向ってはばたいている時なのね。
うつみ そうやって歌っていらっしゃったから、三十六年間もずっとトップでいらっしゃるんですね。
ひばり 三十六年なんてまだ短い。あたしは五十年迎えた時、“第一線でこれだけやれてきたって大変なことですね”って心から皆さんがほめてくれるんじゃないかと思っているの。その時が涙こぼして、よくがんばった、おふくろがいなくなってもよくここまでこれたわねって、喜べる時じゃないかと思う。
うつみ ほんとうにがんばってほしいわ。楽しいお話、どうもありがとうございました。
【みどり一筆】
ひばりさんの歌は私の幼い頃の思い出にぴったりと寄りそっている。小学三年の時、夏祭りのやぐらの上で近所のおじさん、おばさんたちのやんやの喝采を受けて踊ったのが「越後獅子の唄」。それからもひばりさんの歌を耳にしながら大人になったわけです。だからひばりさんは私にとって永遠の“大スター”である。今でもお目にかかる前日は落ち着かない。亡くなった古賀政男先生が「最初のレコーディングと全く同じに何年も歌う人はひばりさんだけですよ。日本一です」とお話しして下さったことも思い出した。
私の差し上げた心ばかりのネックレスとイヤリングをわざわざつけて現れて下さった。きっと山ほどあるに違いないたくさんの装身具の中から、私のものを覚えていて下さった、とファンの私は感激でした。実に細かい心づかいをなさるんですね。
応接間の片隅にお子さんのカー君のゲーム機が置かれてある。それを幸せそうに見やるひばりさんは、また一まわりやさしく豊かになられたとト音記号の入った白い門を見上げながら思ったのです。
※だいぶ念入りにチェックしたつもりですが、もし誤字脱字がありましたらご指摘ください。