【異色対談】 美空ひばりが高田好胤と裸の対話
「プレイ坊主」「美空いばり」と言われても

 

『プレイボーイ』(昭和42年10月3日号)

 

 9月11日。東京は雨だった。ゆっくり北上する台風22号の前ぶれなのか、降ったりやんだりの雨空。

 その雨の中を長い人の列がつづく。東京労音の9月例会・美空ひばりリサイタル(東京金宿、厚生年金会館)の客である。

 満員の大ホール。

 午後6時半、幕があく……。

 白い5分袖のセーターに黒いスカート。そして白のブーツというスタイルで美空ひばりが登場!文字どおり嵐のような拍手の中に、この会場には似つかわしくない客が、ひとりいた。

 クリクリ頭の坊主。

 奈良・薬師寺の管主・高田好胤師である。42歳。兵隊の位でいえば師団長格の地位をもつ人である。

 「昔から、ひばりの大ファンですねン。そやから、いっぺん会うてみたい、思うとった……」

 そのご対面を、プレイボーイ編集部が果たそうという寸法。

 管主は歌のたびに身をのりだして、まっ先に拍手をする。

 歌が進んで『越後獅子の唄』になると、「この歌は、いつ聞いても、いいなあ」

 ポツリといった。

 途中、ひばりは、着物姿になって現われた。白地に黒のバラを散らしたキモノ。帯も黒地で、すっと小粋に舞台に出ると、

 「やっぱりキモノがええなあ。この姿に惚れたんや」

 管主は嬉しそうに目を細めたものである。

 さて、第1部が終わったのが午後8時。さっそく、楽屋を訪れた。天下の薬師寺の管主が、ノコノコ楽屋を訪ねるというのも異例のことなのだ。

 

 

加藤和枝に惚れて

 楽屋で、ひばりは第2部のための化粧直しの最中だった。

 正面と、両側の壁に、ズラッと鏡が並んでいて、彼女は左手の鏡の前。その鏡の中で、チラッと高田管主と視線が合うと、さっと向き直って、

 ひばり はじめまして。(と手をついてあいさつ)

 高田 や、お邪魔します。

 ひばり まん中のお席にいらしたでしょう。わかりました。

 高田 この頭やから、すぐ分かりますやろ。(笑い) しかしえらいもんですなあ、たいへんなサービス精神や。サービスとは奉仕……仕え奉ると書いてある。これは口でいうほど、簡単にできるもんじゃないからなあ。

 ひばりの母 お嬢の信念は、一にも二にもファンへのサービス……なんです。

 高田 美空ひばりもえらいけどその人と一緒にここまできたおかあさん……あなたがえらい。単に歌がうまいだけなら、ここまで、もちませんわ。

 ひばり ママが傍にいないと、安心して歌えないの。

 高田 (おかあさんの指をチラとみて)指輪は1つですね、おかあさん。10本の指に全部はめてらっしゃると聞いてましたが。

 ひばり (笑いながら)ずいぶん前の話ですよ。そういうウワサがたったのは。(笑い)

 高田 (彼女の悪びれない発言をうけて)素直ですなあ、あなたは……。

 ひばり そういってホメていただいたのは、はじめて。うれしいわ。フフフフ……。

 母 私は、ものを欲しがらない女なんです。それを世間の人はなにか誤解して……。とにかく4人の子供だけが私の生きがいで、ほかにはなんにもいらないんですよ。

 ひばり (ポツリと)わたしも一生、ママとはなれないわよ。

 高田 そういう気持ち、それが尊い。これがほんとうの親孝行というもんです。

 母 私にしてみれば、もちろん4人の子供にすべて同じ愛情をもっていますが、加藤和枝(ひばりの本名)という人間が、私は大好きなんです。(と熱っぽく)

 高田 わしと同じだ。そこには惚れこんだんや。(笑い)

 

 

信じ合っていれば

 話はつづく。

 高田 実は、まえから私は、ひばりさんにお会いしたいと思うとったが、まわりの人が「会わんほうがよろしい」と言う。「先生は知らんから、美空ひばり、ひばり、というて騒いでおるけど、あれは美空ひばりじゃなくて美空いばりや。それに、傍についているおかあさんが、ひとすじ縄でいかん。そんな人に会うたら幻滅するだけや。歌聞くだけにしなはれ」……こういわれていたんです。

 ひばり ……(じっと話を聞き入って)

 高田 そうはいうもんの、縁があったら出会うこともあるやろ……思うてた。そして、ひばりさんに会うたら、ささやかながら精神面でなにか役に立ってあげたい、そう考えていた……。

 母 お会いするまでは、皆さんそういうふうに考えていらっしゃるようですね。でも会ったら必ず、お嬢や私に対する観方を変えてくださるんです。

 高田 つらかったやろなと思います。世間じゃ、ろくなことを言いよらん。それをじっと我慢して、逆にそれを自分の肥やしにして、きょうまでの道を確立してきた。ひばり個人か、母との合作かしらんけど、これは並大抵やない。

 ひばり くやしくて、泣いたこともありますよ。

 高田 私も、坊主としては、いろいろ批判を受けたほうなんです。そやけど、こっちは世の中ようしたろと思ってやってるこっちゃ。

ときには、癪にさわって、こんなことやめたろかと思ったけど、観念でなくなる……と考えて、いまは私、観念の雑音を新年の肥やしにすることができるようになりました。

 ひばり あたしは、どんなにつらくても、ママとふたりで信じ合ってればいいじゃないの、と思っていたんです。100万人の人が信じてくれても、ママと私が信じあえないのは悲しい。100万人の人が信じなくても、私たちが信じてるから幸せ……ママといつもそう話し合っていたわ。

 高田 それは、ええ話や。あ、そうそう、お土産があるんや。(とカバンから取出して)これ、白檀(びゃくだん)のお香です。お家へ帰ったら、お父さまの仏壇へでもお供えしてください。

 ひばり (一瞬シンとなって)いただきます。ありがとうございます。

休憩時間は終わった。第2部の開始である。ひばりは黒地の胸に白いバラをうかせた裾長のワンピースに着かえて舞台へ。

 

 

眠るのが楽しみ

 労音のステージが終わったのは9時10分。楽屋へ帰ったひばりが高田管主にいった。

 「お差支えなかったら、家へきていただけません。私たち母娘の真の生活をみていただきたいのです……」

 高田管主は、彼女のベンツに同乗して、赤坂のマンションに向かった。

 彼女の家へつくと、管主は、さっそく仏壇のある部屋に通って、読経(どきょう)した。ひばり母娘と3人だけ。さびのある読経の声が静かに流れた。

 ついでだが、彼女の部屋には数々のトロフィや楯などのほかに、“サザエさん”や“轟先生”のマンガがいっぱい並べてあった。壁には『先憂後楽』という額がある。佐藤総理の書だ。

 ひばり よくおいでくださいました。(さっとビールのお酌をしながら)この部屋に入れば、地のままの加藤和枝をみていただけると思いまして……。

 高田 なかなか、ええおうちですなあ。

 母 私は、天井が高くて、トイレが広くないとイヤなんです。

 高田 トイレは人間が一番のびのびするところや。(笑い)

 ひばり ママは、トイレの中で考えごとするのが、一番いいというんです。

 母 朝なんかおトイレで、きょうはどこへいってここへ行って……。誰に会ってこうして、なんて考えながら……。あそこは誰も呼びにこないので、考えがまとまる……。(笑い)

 ひばり だけど、先生、どうしてプレイボーイに出ることになったの?先生のお名前と、どうにも結びつかないもの。(笑い)

 高田 はじめプレイボーイと聞いて、バーかキャバレーかと思ってね。

それで若いもんが雑誌をもってきたら、ヌードなんかが出とるでしょう。えらいこっちゃ、この雑誌に出たら、わしのこと“プレイ坊主”という奴がおるやろ。(笑い)

 しかし、この際プレイボーイを利用して、若い連中にわしの考えをしゃべるのも意味のないことやない……そう考えて、天下の美空ひばりを相手役に利用させてもらったんです。(笑い) とにかく、若いうちに働かないかん、それをしゃべりたいんです。

 ひばり まったくそのとおりですね。

 高田 あなただって、子供のときから、ずうっと働きどおしでこられた。それが、今日(こんにち)の美空ひばりを作りあげたわけだ。遊ぶことばかり考えてる奴がふえたら、いまに日本は滅びますよ。

 ひばり あたしなんかも、なにが楽しみってきかれたら、仕事することという以外、ないですね。3日休んだら、あとイライラしてきちゃう。

 母 1日目の休みは、ぐっすり眠る、2日目は音楽やレコードを聞く、でも3日目にはイライラしちゃうものネ。

 ひばり どうしたんだろう。死んだんじゃないかって、みんな見にくるの。それぐらい、ぐっすり寝てるわね。

 高田 私が小僧のときは、永眠って文字がうらやましくてしかたなかったもんや。

 ひばり 永眠……って、死んじゃうことでしょ?(笑い)

 高田 そうなんだけど、眠(みん)という字に憧れたんやな。(笑い) 朝は5時から起きてお経を覚えさせられて夜は12時にならんと布団の中へ入れてもらえん。寝るまえにもお経の復習をして、まちがえると、火箸でポカポカッとやられる。当時は、頭がものすごくデコボコやった。(大笑い)

 ひばり たいへんな修業時代なんですね。

 高田 ところで、私が忙しがっているとまわりの人が「少し休んでください」というから、「人生に休みがあるかい」というんです。

 生きてる間、働いて苦労して、そのかわり死んだら楽(らく)さしてもらおうと私は考えてる。だから、今どきのフーテン族なんて輩をみると、無性に腹が立つわ、あんな連中は、みんなまとめて工場にたたきこむか、紙屑籠にでも入れておけ、と言いたくなりますねン。

 母 私も働くのが好きでね。「こんなにいいマネジャーは世界中にいないよ。ただで一生懸命働いて……」といったら「ただほど高いものはない」ケラケラ笑うんです、お嬢が。(笑い)

 ひばり でも、あんまり働きすぎるとママの白髪がふえるでしょう。それみると淋しいの。

 母 おねがいだから髪染めて、ですって。

 

会えてよかった

 高田 それはそうと、私は、あなたの歌謡碑を建てたいンや。信州に壷阪寺という寺がありますが、浪花節の〽妻は夫をいたわりつ、夫は妻を慕いつつ……あのお里・沢一の寺やけど、あそこの住職が、歌謡碑建てるなら土地を提供すると、いうてくれてる。その寺に身寄りのない盲(めくら)さんの年寄りを収容した養老院がある。歌謡碑を建てるとき、その人たちに1曲でもいいから、なまの声を聞かせてやってほしい……。そう思っているんです。

 ひばり ぜひ、機会がありましたら……。

 ちょっと失礼して、お化粧おとしてきます。“花の素顔”をおめにかけないと。(笑い)

 母 さ、どうぞめしあがってください。お嬢も私も、おでんが好きなので。

 高田 おかあさんの手作り?おいしいですな、これは。……しかし、さっきからみていると若いカメラマンが注文つけるのに、いちいち、ハイハイって写真撮らせてる。どこに歌謡生活20年の女王の姿がありますか。そして一目あっただけのぼくを、こうして家へ招待する。こんなに単純に人を信じる人は、そういないですよ。素直な人だなあ……。

 高田 (化粧を落として現れたひばりをみて) ぐっと若くなりましたね。ますます、ぼくは惚れちゃうな。(笑い) このままいつまでも話をしたいが、そろそろおいとましないと……。これからなんと呼ぶかな。やはり美空ひばりさん……。

 ひばり ひばりちゃんっていってください。あたしは、ちゃんが好きなの。(笑い)

 高田 会えてよかったな。

 ひばり あたしも。

 高田 (しみじみと) 苦労いたなあ、あんたも。いまだからいうがぼくも離婚のニガい経験があるんです。ま、いろんなことすべてを肥やしにして生きていきましょう。

 ひばり よかった、きょうお会いできて。先生に誤解されてたら、悲しいもの。

 玄関まで送ってでた母娘に高田管主は深々と頭を下げて、雨の東京の街へ消えていった。

 

※だいぶ念入りにチェックしたつもりですが、もし誤字脱字がありましたらご指摘ください。


●コマ劇場
- ’73歌声はひばりと共に (1973.07.29, 千秋楽, 新宿コマ劇場)
- ’74歌声はひばりと共に (1974.06 昼の部, 新宿コマ劇場)
- ’74歌声はひばりと共に (1974.06 夜の部, 新宿コマ劇場)
- ’74歌声はひばりと共に (1974.10.01 初日, 梅田コマ劇場)
- ’74歌声はひばりと共に (1974.10.27, 千秋楽, 梅田コマ劇場)
- ’75歌声はひばりと共に (1975.10.01, 初日, 梅田コマ劇場)
- ’75歌声はひばりと共に (1975.10.27, 千秋楽, 梅田コマ劇場)
- ’77歌声はひばりと共に (1977.07, 新宿コマ劇場)
- ’77歌声はひばりと共に (1977.07.29, 千秋楽, 新宿コマ劇場)
- ’78歌声はひばりと共に (1978.07.30, 千秋楽, 梅田コマ劇場)
- ’79歌声はひばりと共に (1979.07.19, 新宿コマ劇場)
- ’80歌声はひばりと共に (1980.06.07, 新宿コマ劇場)
- ’81歌声はひばりと共に (1981.09, 梅田コマ劇場)

- ’81歌声はひばりと共に (1981.09, 梅田コマ劇場) ※別物
- ’81歌声はひばりと共に (1981.12.17, 新宿コマ劇場)
- ’81歌声はひばりと共に (1981.12.20, 千秋楽, 新宿コマ劇場)
- ’82歌声はひばりと共に (1982, 新宿コマ劇場) ※途中から
- ’83歌声はひばりと共に (1983.09.26, 梅田コマ劇場)
- ’85歌声はひばりと共に (1985.09, 梅田コマ劇場)
- ’85歌声はひばりと共に (1985.11, 新宿コマ劇場)

- ’86歌声はひばりと共に (1986.09.01, 初日, 梅田コマ劇場)
- ’86歌声はひばりと共に (1986.09.07, 梅田コマ劇場)

- ’86歌声はひばりと共に (1986.09.27, 千秋楽, 梅田コマ劇場)
- ’86歌声はひばりと共に (1986.11, 新宿コマ劇場)

●御園座・帝劇
- 芸能生活25周年記念「ひばりのすべて」 (1971.07, 帝国劇場)
- 歌は我が命 (1973.10, 帝国劇場)
- 忘れじの歌 (1974.04.29 千秋楽, 御園座)
- 歌は我が命 (1974.07.05 初日, 帝国劇場)
- 歌は我が命 (1974.07.09, 帝国劇場)
- 歌は我が命 (1974.07.31 千秋楽, 帝国劇場)
- ひとすじの道 (1978.10, 帝国劇場)

●地方公演
- 美空ひばりヒットパレード (1971, 千葉県船橋市 船橋ヘルスセンター)
- 美空ひばりヒットパレード (1973.01.10, 静岡県浜松市 浜松市民会館)
- 美空ひばりヒットパレード (1974.08.05, 静岡県浜松市 浜松市民会館)
- 美空ひばりヒットパレード (1974.09.21, 京都会館)
- 美空ひばりヒットパレード (1974.09.22, 大阪府藤井寺市 藤井寺市立民総合会館)
- 美空ひばりヒットパレード (1975.01.29, 静岡県浜松市 浜松市民会館)
- 美空ひばりオン・ステージ (1976.03.20, 長野県伊那市)
- 美空ひばりオン・ステージ (1977.02.16, 愛知県岡崎市)
- 美空ひばりオン・ステージ「芸ひとすじの道」 (1978.09.03 夜の部, 京都会館)
- 美空ひばりオン・ステージ「芸ひとすじの道」 (1982.01 昼の部, 愛知県名古屋市 愛知県厚生年金会館)
- 美空ひばりオン・ステージ「芸ひとすじの道」 (1982.01 夜の部, 愛知県名古屋市 愛知県厚生年金会館)
- 美空ひばりオン・ステージ「芸ひとすじの道」 (1982.02.13, 埼玉県深谷市 深谷市民文化会館)
- 美空ひばりオン・ステージ「芸ひとすじの道」 (1982.02.26, 宮崎県宮崎市 宮崎市民会館)
- 美空ひばりオン・ステージ「芸ひとすじの道」 (1982.04.20, 岐阜県中津川市 中津川文化会館)
- 美空ひばりオン・ステージ「芸ひとすじの道」 (1983.03.27, 愛知県名古屋市 愛知厚生年金会館)
- 美空ひばりオン・ステージ「芸ひとすじの道」 (1983.10.22, 愛知県刈谷市 刈谷市民会館)
- 美空ひばりオン・ステージ「芸ひとすじの道」 (1984.04.01, 愛知県名古屋市 名古屋市民会館)

- 美空ひばりオン・ステージ「芸ひとすじの道」 (1984.06.01, 大阪フェスティバルホール)
- 美空ひばりオン・ステージ「芸ひとすじの道」 (1984.10.21, 愛知県豊橋市 豊橋勤労福祉会館)
- 美空ひばりオン・ステージ「芸ひとすじの道」 (1985.02.07, 大阪府枚方市 枚方市民会館)
- 美空ひばりオン・ステージ「芸ひとすじの道」 (1985.04.07, 愛知県名古屋市 愛知厚生年金会館)
- 美空ひばりオン・ステージ「芸ひとすじの道」 (1985.04.10, 岐阜県岐阜市 岐阜市民会館)
- 美空ひばりオン・ステージ「芸ひとすじの道」 (1985, 場所不詳)
- 美空ひばりオン・ステージ「芸ひとすじの道」 (1986.05.18, 愛知県知多市 知多勤労文化会館)
- 美空ひばりオン・ステージ「芸ひとすじの道」 (1987.04.15, 愛媛県松山市)
- 美空ひばりオン・ステージ「歌は我が命」 (1988.05.25 夜の部, 福岡県福岡市 福岡サンパレス)
- 美空ひばりオン・ステージ「歌は我が命」 (1988.06, 愛知県名古屋市 名古屋市民会館)
- 美空ひばりオン・ステージ「歌は我が命」 (1988.06.28 昼の部, 埼玉県大宮市 大宮ソニックシティ)
- 美空ひばりオン・ステージ「歌は我が命」 (1988.07.10, 神奈川県横浜市 神奈川県民ホール)
- 美空ひばりオン・ステージ「歌は我が命」 (1989.02.06 昼の部, 福岡県福岡市 福岡サンパレス)
- 美空ひばりオン・ステージ「歌は我が命」 (1989.02.06 夜の部, 福岡県福岡市 福岡サンパレス)
- 美空ひばりオン・ステージ「歌は我が命」 (1989.02.07, 福岡県小倉市 九州厚生年金会館)

●その他
- 美空ひばり新春コンサート (1974.01.05, 東京 九段会館)

- 芸能生活40周年記念リサイタル(1986.03, 夜の部, 中野サンプラザ) ※後半カット

- 芸能生活40周年記念リサイタル(1986.03, 昼の部, 名古屋?大阪?) ※前半カット
- 美空ひばりクリスマスディナーショー (1986.12, 東京 帝国ホテル)
- 日本の宴「歌こそわが命」 (1987.12.13 昼の部, 京都会館)
- 日本の宴「歌こそわが命」 (1987.12.13 夜の部, 京都会館)

- 美空ひばりクリスマスディナーショー (1988.12.25, 東京 帝国ホテル)
- 美空ひばりクリスマスディナーショー (1988.12.26, 東京 帝国ホテル)

●テレビ番組(音声のみ)
- 歌うロマンススタジオ「母あればこそ歌いつづける25年」 (1971.02.04, フジテレビ)
- スター千一夜「ひばり絶唱! 日本の歌ベスト100」 (1974.05.30, フジテレビ)

●持っていないビデオ
3時にあいましょう「歌こそ我が命」(1973)
’74世界の国から大集合(1974)
心で歌う50年(1974.10.2)
心で歌う50年(1975.1.15)
心で歌う50年(1975.4.2)
心で歌う50年(1975.5.7)

コロムビア歌謡大行進(1975.1.1)
コロムビア歌謡大行進「ひばり、島倉、はるみ」(1975.7.13)

テレビ朝日系列の「にっぽんの歌」(1975.10.6)
美空ひばり☆岡林信康「演歌って何だろう」(1975.12.21)
シャボン玉こんにちは(1976.1)
シャボン玉こんにちは(1976.5)
テレビ朝日系列の「にっぽんの歌」(1977.2.7)
’78新春コロムビア歌謡大行進(1978.1.1)
玉置宏のあぁ!歌謡曲(1978.1.7)
グランドフェスティバル(1978.3.21)
春の民謡大祭典 美空ひばり日本の心を歌う(1978.4.9)
ずばり聞きます(1978.4.29)
ああ古賀政男(1978.7.27)
日曜ビッグスペシャル「永遠の名曲・今甦る古賀政男大全集」(1978.8.6)
日本人の心 不滅の古賀メロディー(1978.8.26)
小川宏ショー 朝の応接室100回記念(1978.9.26)
NHK花のステージ(1978.12.7)
藤田まさと作詞生活50周年記念(1978.12.10)

総集決定版!不滅の古賀メロディー(1978.12.31)
あなたとテラスで(1978)

開局20周年全国縦断紅白歌合戦(1979.3.1)
土曜特番「春の演歌一本勝負」(1979.3.17)
演歌の花道(1979.4.8)
演歌の花道(1979.4.22)

第11回思い出のメロディー(1979.8.11)
NHK花のステージ「納涼演歌まつり」(1979.8.30)
’80新春コロムビア歌謡大行進(1980.1.3)

2時のワイドショー(1980.2.5)
2時のワイドショー(1980.2.6)

シャボン玉プレゼント(1980.2.27)
シャボン玉プレゼント(1980.2.28)
花の金曜ゴールデンスタジオ(1980.5.9)
春夏秋冬 演歌日本考(1980.5.18)
演歌の花道(1980.5.25)

歌のビッグステージ「演歌十八番」(1980.6.24)

ミュージックフェア'80(1980.7.22)
民謡まつり(1980.9.13)
歌まね振りまね 新スターに挑戦(1980.12.12)

‘81コロムビア大行進(1981.1.3)
演歌の花道「歌と共に歩んだ35年名曲絶唱」(1981.1.25)

3時のあなた「新春美空ひばり 春・歌いのち」(1982.1.18)
歌まね振りまね スターに挑戦(1982.4.9)
演歌の花道(1983.1.9)
独占スタージャック!アッコ&文珍の生放送(1983.8.4)
独占スタージャック!アッコ&文珍の生放送(1983.11.1)
歌まね振りまね スターに挑戦(1983.11.4)
歌まね振りまね スターに挑戦(1983.11.25)

丈晴・富士子のさわやかサロン(1984.3.24)
名球会チャリティーゴルフ(1985.1.2)
日本の春・歌の旅(1985.4.12)

全日本歌まね選手権(1985.10.25, 11.1)

首都圏スペシャル「関東歌謡地図」(1986.3.20)

第12回日本作曲大賞(1986.10.15)

'86全日本歌謡音楽祭(1986.10.21)
なつかしのグレートヒットソング(1980, 1981, 1982, 1983

3時のあなた「生出演  美空ひばり熱唱」(1988.3.7)

モーニングEye  美空ひばり大いに語り歌う(1988.8)

日本演歌大賞(1975、1978、1981
ドラマ「柳生十兵衛・殴り込み中仙道」
ドラマ「肝っ玉捕物帖・恋と涙は江戸の華」


●放送日不詳の番組
輝く演歌大祭典
演歌大行進(司会:玉置宏、テレビ東京) 
芸能生活40周年リサイタル テレビ版
千代の富士の相撲観戦

「ハハハ」のレコーディング関連

●ビデオの状態が悪いため、ダビングできればいいと思うもの
テレビ朝日系列の「にっぽんの歌」 シリーズ(森光子さん司会は除く)
ミュージックフェア’76(1976.8.24)
’76 FNS歌謡祭(1976.12.21)
笑アップ歌謡大作戦(1978.11.19)
金曜娯楽館(1980.8.8)
シャボン玉こんにちは(1980.4.28~5.1)
紅白歌のベストテン(1980.4.14)
演歌の殿堂 王座決定戦(1980.4.19)
夜のヒットスタジオ(1981.12.28)
’82福岡音楽祭 博多どんたく歌の祭典(1982.5.3)
’83新春コロムビア歌謡大行進(1983.1.4)

あゝ昭和歌謡史 第2回輝け!にっぽんの100大歌謡曲(1985.1.3)

あゝ昭和歌謡史 第3回輝け!にっぽんの100大歌謡曲(1986.1.3)
巨泉のワールドスタークイズ(1987.4.1)
お芝居「女白浪花彩・艶姿弁天娘」(1985)