53歳、もう結婚はいいかな…
フレモン的には少子化問題と言われる問題は、
問題にするところがずれているから、
いつまでも解決しない問題になっている
問題だと思います。
長男が家督を継ぐ江戸時代位までは、
結婚しない人も、割かし多かったんじゃないかな?
町に集中する1次産業以外の仕事が吸収してた?
所帯を維持できるぐらい稼ぎのあった人が、
結婚して家庭を持っていたと思います。
少子化でも地方創生でも、問題を見る所が近視眼的と言うのか、
フレモン的に見てもずれてるので、もっと違う視点もあるのか分りませんけれど、
俯瞰してみた社会保障や体制のグランドデザインを言う政治家の人出てこないかな?
観察
少子化問題が言われ続けて
30年以上経って居ますけれど、
減り続けてるみたいですね。
最近AIでカップリングして…とか
政府が言うようになっているって、
社会と言うレベルで考えたとき、
深刻な問題のようにも思います。
社会保障【お金を生む】の
担い手が欲しいからだと思います。
けれど、増えた所で仕事がなければ、
余計社会保障が増えるだけだと思います。
江戸末期から数えて160年余で
人口が4倍にはね上がりましたけれど、
これからは下がり局面でいい
のではないでしょうか?
少なくなっていく人口で、
今までと同等かそれ以上の
生産性や守備が出来ればいい
のではないかとも思います。
考察①
無理やり人口を増やしても、
仕事が無ければ、棄民政策
みたいなことをし始めるような…
どれも数万人程度で、
人口の伸びから考えると少なめ?
明治中期辺りから人口グラフの角度って
あがったのではないでしょうか?
江戸時代までは3000万一寸だった様な…
明治時代の人口推計によると、
1872(明治5) 3480万人
約30年で+1000万
屯田兵(北海道開拓)明治7年あたり
1904(明治34)4613万人
8年で+400万
明治20年辺りからブラジルや南米移民
1912(明治45)5000万人
大正時代
1913 (大正 2) 5000万人
12年で+1000万
南米以外の地域へも移民
1925 (大正15)5917万人
昭和時代
1937(昭和12) 7004万人
11年で+1000万
戦争で減少した分や満蒙開拓
1948(昭和23) 8001万人
参照 1 人口の推移>
明治の終わり(大正元年)から戦後の
35年間に3000万人増えてもいるけれど、
(都市化が進んで町が人口を吸収しだす)
町が人口を吸収してもなお
農村部では、人余り移民政策へ・・・
開拓した土地がもらえる?
という動機で移り住んでいったような…
主に土地開発と農業
北海道に関しては+領土保全
考察②
今の時代、耕作放棄地も沢山、日本国内にはあるけれど、
昔の時代は、今現在厳戒集落と言われるような地域にも、
人が入ってなにがしかの農業生産をしていたとも思います。
ぽつんと一軒家と言う番組に出てくるような地域
昔は人がそれなりに住んでいた。高度成長期とともに、
そこから人がいなくなっていったと思います。
江戸時代の城下町とか何とか宿とか、
明治から近代都市足し初めて、工業化
工場も沢山出来たし、軽工業から重工業へ
人手が沢山居る事も増えだしたような…
戦後は街自体
インフラや建物を作り直されていく
有業別の人口比も、1次、2次、より
3次産業が多数になったと思います。
江戸末期・明治から今に至るまで、
4倍の人口を賄うには、
今の仕事量やその対価では、回らない様な…
町場からの移民ではないですけれど、
何の保証(安定するまでのお金のサポート)もなく、
耕作放棄地や厳戒集落で畑したら良いとか言っても、
行く人いないと思います。
昔は移民政策をしてなお、人が余っっていたから、
ぽつんと一軒家に出てくるような所まで人が入って、
仕事をしていたし、下男・下女、奉公人
そういうのが仕事の量や質に見合わないと言うのか、
食べさせてもらうだけだったのではないでしょうか?
今のデフレの世の働き方(低賃金労働)に
一部似てはいないでしょうか?
推察
人工グラフなどを見れば世界中で、
人口の下がり局面を体験し始めている所なので、
(ピラミッド形→釣り鐘型→先細り型→・・・?)
「・・・?」と言う、何とも言えない
不安が付きまとうテーマではありますけれど、
最近はやりの、SDGsなんかを突き詰めれば、
多分「人口」が一番のネックの筈
人口が増えても減っても、
持続可能な社会を目指すと言っている
のかもしれませんけれど、
人口の上がり局面でも、仕事が無ければ、
その内、社会が耐えられなくなって、
昔やったように移民とか言い出したりして…
でも普通に考えて、どこに行ったって
いい事が一つも無いと思う環境下では、
今いる場所にとどまるのがベターだと
考える人も多いのではないでしょうか?
(昔の移民にはいい事ましな事があった)
その結果、それを支える社会が
おかしく成っていく様な…
洞察①
人口の下がり局面で、起こる社会の不具合
これをどのように手当てをしていけば、
社会が回り続けられるのか?が問題なのだろうから、
海外からの移民で人口をカバー
と言う考えに行きがちだけれども、
社会保障を支えるだけの
所得(税負担)を得られる仕事って
今の日本にはないと思います。
昔の移民は、
既存の国民の産業別就業人口で、割合が大きかったのは、
船や重機(参入障壁)を使っていた漁業や鉱業より、農業。
多少の道具が必要(初期投資が少ない)でも、
体一つでできると言う要素が昔は強かった。
今は機械が沢山必要なので、中々できない様な…
逆に、海外からいらっしゃる
現在の移民にはいい事は昔ほどありません。
昔だったら為替相場の違いで良い事もそれなりにあったし、
これから母国でも流行りそうな仕事を覚えると言う意味で、
良かった面はありました。
では日本人が純粋に増えると言うのか増やすと言うのかで、
人口が増えた場合はどうなんでしょうか?
ちゃんと税金を納められる位の収入を得られる仕事がなければ、
社会負担が増える事も多々あるし、負担しきれなくなってきたら…
洞察②
160年後、人口が3000万人な戻ったとして、
その時代に生きている人の生活レベルが
今と同等かそれ以上になれれば、それでいいのでは?
中学生の時に歴史の時間なんかで、
縄文時代から現代までの年表なんかを見る事も多かったですけれど、
160年なんて、教科書のページで年表の幅2センチ位なんじゃないでしょうか?
そもそもの社会保障や体制のつくりが、
人口が増え続けていく事が土台に成っているのだろうから、
そこの考え方を変えないと少子化問題は、
人口が増えない事にだけ、目が行きがちの様な気もします。
この作文の題名で
少子化問題の解決方法 人口が4分の1に成ってもまわる社会にすればいい問題
とも言いましたけれど、歴史年表みたいに社会体制が入れ代わる(支配層の後退)
けれど、それを支え続けてきた農民の生活はあまり変化をしないままだったので、
回り続けられたのではないでしょうか?
これを現代に置き換えると、人口が増える前提で作られている
社会保障や体制を今生きている人の負担にななないように、
減る事もある事を前提に設計しなおすところからだと思います。
移行するにしても、そもそも
お金(財源)が入ってこなくなりますので、
それを無尽蔵にすることはできませんけれど、
国の政策で人口を増やした責任において、国の責任払い
他の国への移民なんてことは、もう昔みたいにはできないでしょうから、
社会保障全般の上限を決めて、何も働かなくても、
ここまでの生活はできるし、直ぐにそうなれるようにすれば、
色んな業界で人手不足が起きやすくなるような…
そうなれば給与も上がり易いでしょうし、
長生きしたい人は保証に頼り過ぎないように、
働いて生活を立てると言う方向に行くような…
そうなってきて、江戸時代の街で所帯を持って、
家庭を持っていた人が割と多い社会に成れるような。。。。
ps
少子化担当大臣とか地方創生大臣とか、
目の前の減り行く人口問題に目が近すぎる
近視眼的っていうんですか?
俯瞰したグランドデザインを
見せてくれる政治家っているのかな?
と思うフレモンなのでした。