こんばんは、Hiroです。
東日本大震災から一年、初めは東北大震災と名称され規模の大きさから
東日本大震災という名称に変わり始めました。
あの日、僕は仕事で都心の高層ビルにいました。
あの災害に遭遇しました・
激しい揺れにただ低い姿勢で凌ぐ事しか出来ませんでした。
ビルが高層だったため、9・11のようにビルが倒壊するんじゃないかな
という考えも過ぎりました。
僕に出来たことは、些細なことだったかもしれません。
みんなが家族に連絡を取りたくても取りにくい電波状況の中、
なぜか僕の携帯は多少繋がりにくくはあったものの自宅の電話等に繋がりました。
友人にも安否確認のメールや電話をしましたが、
運よくみんな連絡を取ることが出来ました。
繋がった友人から、彼女に連絡がつかない、心配だと言われ
僕が変わりに連絡を取ったら何とかつながりました。
友人には彼女の安否を連絡し、安心してくれました。
本当は緊急時あまり電話は駄目なのかもしれないが、
ちょっと良かったとあの時は思いました。
でも、あの後1・2ヶ月位地震酔いになったようで、
偏頭痛がいつも以上に現れて闘いました。
今日某局のTVのインタビューで、ガレキの廃棄処理が進まない現実、
そのガレキの受入の賛否について地方自治体が手を拱いている事・・・
『「絆」なんて安っぽい言葉を使って欲しくない。』と
とても重い言葉だと思いました。
神戸も東日本も風化しないように、しなくてはなりません。

