私の高校の修学旅行は例に漏れず九州だった。船で別府に上陸し、バスで阿蘇、宮崎県、鹿児島を周り、最後は夜行列車で帰ってきた。途中、水俣駅になぜか一時停車した記憶が強烈に蘇る。水俣病で騒がれていた時代だった。熊本駅を通過しただろうが何一つ覚えていない。当時の私は熊本市が結構な大都市だという認識もなかった。
大学4年間は学生寮で暮らした。今では考えられない4人部屋。寮生は200人もいた。まるで刑務所みたいなつくりだった。寮費食費もトータルで月に1万円あれば生活できた。国立だったので授業料は年間2万円くらいだった。それで、大学進学で親に迷惑をかけたという思いは全くない。対して有名でもないところに行ってしまったという情けなさはある。
4人部屋の先輩の一人が熊本の済済黌出身者だった。それで上記ビデオを見て思い出してしまった。九州から遠く離れた大学であったが、九州出身者もかなりいて、熊本は熊本高校が5人くらいいた。これで私の熊本のイメージは出来上がった。済済黌もいるんだから。なんでこんなに賢い矢田憂らが多いんだとも思った。
上のビデオは面白いな。バンカラ感を大事に残していて、いかにも済済黌というイメージなんだけど、セイラー服の可愛いすぎる女子がいて、指揮者も女子である。修学旅行で九州を回った時の九州の印象は「なんとなくひと昔前」という空気感だった。これと通じるところがあるのかも。
あの先輩元気にしているかな。
