正規の清掃の仕事を終え、その足で市場へ買い出しに行く。
翌朝は、まだ暗いうちからランチの準備を始める。
気がつけば、UNDPのオフィスにいるほとんどの外国人スタッフから注文が入るようになっていた。
一人分なら簡単でも、それが何十人分となれば話は違う。
毎日これだけのランチを用意するのは相当大変だったと思う。
それでもマーシャルは手を抜かなかった。
「みんなが『今日もおいしかったよ』って喜んでくれる。その笑顔を見るのが幸せでした」
そんなある日、最初にマーシャルへランチを頼んだあの英国人スタッフが言った。
「マーシャル、今やたくさんの人が君の周りに集まっているよ」
マーシャルは黙って聞いていた。
「君は今、そこからお金を得ていないかもしれない。でも、みんな君を信頼している。
そしてなにより、みんな君のことが大好きなんだ」
そして、こう続けた。
「気がついたかい?
君はもう大切なものを手に入れているんだ。これがビジネスの種だよ」
マーシャルにとって、それは大きな気づきだった。
ニーズを見つけ、今、自分にあるもので行動し、そこに付加価値を加え、そして一つひとつ信頼を積み上げていく。
気がつけば人が集まっている。
それがビジネスの本質なのかもしれない。
英国人スタッフはマーシャルにすぐにでも独立して自分のビジネスを始めるよう勧めた。
「君には、それができる」
でもマーシャルはすぐには動かなかった。
まだ清掃員としての契約が半年以上残っていたからだ。
その契約を最後まで全うすることにした。
もちろん、その間もランチの注文は続けた。
仕事を終え、市場へ行き、翌朝早くからランチをつくる。
その一方で、独立後のビジネスプランを考え、少しずつ準備も進めていった。
そして契約期間を終えたマーシャルは本当に独立した。
現在ではUNDPをはじめ、国連などの国際機関で働く外国人スタッフを対象にランチを届けるデリバリーサービスを展開している。
さらに週末にはスウェーデン資本の入った雑貨店「NDARA」に場所を提供してもらい、招待客限定のレストランまで始めた。
清掃員だった男が「ランチをつくってくれないか?」という、たった一人の何気ない言葉から始めた。
それが今では一つのビジネスになっている。
そんな話を聞いていた俺に、マーシャルは笑顔で言った。
「ぜひヒロに来てほしい!」
その週末、俺はマーシャルの招待を受け、週末限定のレストランへ向かった。
一体、どんな料理が出てくるのか。
そして、あの「お釣りを一銭も抜かなかった男」がどんな店をつくったのか。
楽しみで仕方なかった。