【 コールタールの電燈 】
「 あとがき 」より
それはまだ僕が小学生だった夏の夜
群青の夜空に浮かんだしゃくりあごの月の下で、
ツンとつま先立てて夜空を覗き込んでいた一本の電信柱がありました。
その身体は全身がコールタールで覆われ、
まるで黒マントを羽織った怪人が月と何やら秘密めいた会話をしている、
幼い僕にはそんな風に見えました。
そして、外灯の明かりに誘われてたくさんの虫達も
コールタールを塗りたくられた電燈の周りで
これまた秘密めいた集会を開いていました。
そうした不思議な風景の一つ一つが今の僕を創り、
この作品に姿を変えてくれました。
心が潤いを無くしてしまった時、
悲しみで大切な人の顔が霞んでしまった時、
人恋しくて遠い記憶をたぐり寄せている時、
道を見失い手探りで足元の灯りを探している時、
愛しくて胸が締め付けられる時、
優しい風に触れたくて思わず手をかざした時、
慈しむ両手を差し出した時、
嬉しくて嬉しくてただただ嬉しい時、
この本を手に取り
そっとめくっていただき
そこに書き綴った一欠片ひとかけらの言葉たちと
そこであなたを向かい入れる弱くて小さな世界を
あなたと共に感じ、
あなたと共に過ごすことができたなら
それだけで、僕の寫眞と言葉たちは幸福です。
(2020年発刊・フォトエッセイ集「コールタールの電灯」より)




