ここには
冷え切った身体を温めるものは
何一つ無いけれど
遠い夜空から拾い集めてきた星々の欠片と
木々の隙間をかいくぐってきた北欧の風と
眠れぬフクロウが読み語ってくれる物語
そして
凍えた手を繋ぎ
優しく微笑んでくれる
暖かいキミがいる。
[ キジと星の洋裁店 ]
そろそろと太陽が峠の隅っこの方に帰ってゆくと、そろそろと月と星が肩を並べて現れ、そろそろと猫又池や明神ケ丘の淵を照らしはじめました。
それまで一日中草むらに隠れて眠っていたキジはムクリと顔を上げ、おでことお尻についた枯れ草を手で払いながら「ではそろそろと行くとしよう」と言いカサリカサリと歩き出しました
はて、一体どちらに行くのでしょう。
茶色い一羽の鳩が木の上から尋ねました。
鳩 「おやおや、こんな夜更に一体どちらにお出掛 けですかな」
キジ 「はい、スーツをあしらえに」
鳩 「スーツ?」
キジ 「実は三日後にようやく嫁をもらう事になり、その宴の席にまさかこの姿では来賓者に失礼にあたると思いまして」
鳩 「確かに・・・ですな。で、誰に作ってもらうおつもりで?」
尋ねられたキジは胸をツンと月に突き出し、黄色いクチバシで星を指して言いました
キジ 「 はい、星の洋裁店です」
生活音(むかし僕らが奏でていた音)
校庭の隅に群生した黄金色のススキの穂を、つま先立てて見上げるほど小さかった頃、いま思えば社会はとても静寂に満ちていて、風の音までもが心地よく奏でられていた。
いま僕は都会の片隅のカフェで、お世辞でも美味しいとは言えない珈琲を口に運びながら、騒音に近い音楽と隣席の恨み話に戸惑っている。
あの頃、まだ幼い僕を包んでいた生活音は一体何処に消えてしまったのだろう。
朝は裏山から聴こえてくる山鳩の鳴き声で目を覚まし、
昼は校庭の隅に流れる小河のせせらぎに耳を傾け、
やがて空が紅く染まる頃、豆腐屋のラッパが小さな町に響き渡る。
夜は家路へと急ぐ大人達の靴音が満天の星の下に響き渡り、
添い寝してくれる母の微かな寝息がボクを深い眠りへと誘ってくれた。
そんな生活音が、深い記憶の底で、それも褪せる事も錆びる事もなく手付かずのまま残っていると言うのに、今その音をこの街から、この暮らしから聞きとる事が出来ないでいる。
昭和という時代や、故郷や仲間や、家族や、そう言った中でとりとめもなく流れていた生活音が、今では憧憬の一つとなってしまった
僕ら大人は、 今こそ思い出すべきだろう
蝉の鳴き声に紛れて聞こえて来た風鈴の音を、
食卓に母がご飯茶碗を並べていた音を、
赤く染まった校庭に響いていた下校チャイムを、
お風呂場から聞こえてきた父の鼻歌を、
そして 母の子守唄を
今こそ思い出すべきだろう