将棋の観戦で一番してはいけないのは、対局者に観戦者が口出しすることです。
対局者同士が自分で考えた答えの結晶が、棋譜という航跡となって残るものであり、その中身は自己との対話、相手との対話で悩みながら先の見えない中で導き出した答えの結晶です。
少し話は違うけど、よく教育熱心なお母様が子供の方針に口出しすることがありますね。
子供の為とは思ってもそれは誰の為か言った自分自身が明確にせず、混同して影響を及ぼしてしまうのです。
プロの世界はそれを極端に嫌います。
彼らは棋譜そのものを芸術と捉えられていて、対局相手が自分の美的感覚にそぐわない時も棋譜を汚されたと感じて、その対局者を嫌う棋士もいます。
そこに対局に関係ない第三者が対局者に口出しすると言うことは、これはキャンバスに描こうする人の絵に勝手にヅカヅカ入って来て自分の思う色を勝手に塗りたくる行為と同じなのです。
よく日常こんな行為を見かけることはありますよね。
子供のやることに黙って見てられないってことは私はさっき言った行為と同じことだと思うのです。
実は前回の将棋の講座の時、私の目からこうしたらいいと口出ししたい衝動に駆られる場面は何度かありましたが敢えて口出ししませんでした。
初めての方であろうと、対局している瞬間は自分の思考と相手の思考が交錯している途中であり、いう時は言おうとした手が何も影響がなくなった時点でいいます。
それは他人からみた視点でのフィードバックであり次につなげる改善点につながります。
つまり現在進行形で相手の思考に踏み込んでは相手の方の思考を止めることになるのです。
日常でも上司と部下の関係、友達の関係、ビジネス関係、その他関わり合いをもちながら生きていると思います。
ただ、その中には自分の正義を振りかざす人もいます。
そこに相手の考えの尊重は入っているでしょうか?
相手がYesと言った結果は相手が考えて考えた末の結果でしょうか?
その考えた末の結果が最も尊重される部分なのです。