夏休み特別課外授業 / 人生のターニングポイント学習 8 | おとぎのお家と仲間たち

おとぎのお家と仲間たち

Web上のアンデルセンやグリム童話、ディズニーランドのように子供と大人が一緒になって楽しめる、エンターテイメントと感動がいっぱいの作品(コンテンツ)を、お届けします。



音譜昭和44年(1969)の9月25日、伝説の「新宿25時間キャンペーン」がスタートし、そのキャンペーンの終了と同時に、新たに日本の歌謡界(音楽業界)に2人のスターが誕生した。
その2人のスターの名前は、石坂まさを(作詞作曲家)と、藤圭子(歌手)である
二人は、この地球上に星の数ほどいる人々の中から、いや我々日本人約1億3千万人の人々の中から、まるで何かの運命の糸にでも手繰り寄せられるかのようにめぐり逢い、日本の歌謡界にこれまでにあった“演歌”ではなく、新たな“怨歌”という歌の歴史をつくった。
今回は、その2人のスターの中の1人である石坂まさをにスポットライトを当てて、果たして彼がスター作詞家になる「人生のターニングポイント」はどこにあったのか?その場面をドキュメント作家大下英治著による『ある詩人の遍歴』より、みなさんと一緒に学習してみましょう。


1
石坂まさを物語 1





元NHKアナウンサーの生方恵一のナレーションが流れる。

石坂の古い友人であるスポーツニッポン新聞社常務の小西良太郎の石坂の歌の評を朗読する。

「お世辞にも、上手い歌とはいえない。声がいいわけでも、節回しが巧みなわけでもない。カラオケ上手が世にはびこる中では、めずらしいくらいの素人芸。歌うわけでもなく、語るわけでもなく、まるで呪文でも唱えているみたいに、石坂はボソボソと歌っている。」

小西は、その石坂を、「ポエムメッセンジャー」と呼ぶ。

「この素朴でピュアな詩世界は、病で視力を失いかけた石坂の心眼が見たものである。その人恋の心情の核にあるものは、彼の母への思慕である。あたたかく優しい、母なるものへの、とめどもない回帰の情である。」

石坂は、ナレーションが終わると、出生の秘密にまでふれ、母への思慕を語り続ける。

「お母さんは父の死後も、女手ひとつで、一生懸命ぼくを育ててくれました。朝早く鉄クズ拾いに行って、ぼくの学校に出かける七時ごろには帰ってくる。ぼくを学校に行かせてからは、玄関のところで、玄関の戸をみかん箱の上において、駄菓子売りをする。夜は仕立て物をして、ぼくを育ててくれました。」

石坂は、そこでしんみりとした雰囲気に変えにかかる。

「お母さんは一生懸命にぼくを育ててくれたんですけど、ぼく、高校を七つも受けて、七つとも落ちてしまいました。それで、できましたら今日、高校に入学したいと思っています。今日を期して、親“高校”に入学したいと思います。よろしくお願いします。」

“高校”と“孝行”をひっかけてのしゃれであった。

場内に、一瞬笑いが起こる。

石坂は、ふたたび母を語り始めた。

「お母さんは、よくブリの切り身を買ってきて、ぼくに食べさせてくれました。『龍ちゃん、(本名龍二)ブリだよ。さあお食べ。高いんだよ』ぼくが食べるとニコニコ笑っていました。でも、そのブリは・・・・・・」

石坂は、ここで感きわまって詰まる。

「お母さんは、食べませんでした。」

会場は、シーンとなる。

石坂の語りに、胸を詰まらせている。

「お母さんは、ぼくの育ての親ですけど、中学二年生のとき、近所の三十五、六の女の人が、ぼくに近付いてきて耳元でささやきました。『龍ちゃんのお母さんは、いまのお母さんじゃないんだよ』」衝撃でした。でも、ぼくは、ぼくにとってのお母さんはこのお母さんしかいない。そう、思って接してきました。ぼくは、お母さんが本当のお母さんでない、ということを知っていることを、決してお母さんにいいませんでした。お母さんにどういう譲でそうなったのか、それも・・・・・・ついにお母さんが死ぬまで訊きませんでした。これが、人生で一番辛かったことです。」

会場には、すすり泣く女性もいる。

「お母さんは、ぼくが四十七歳のときに亡くなりました。それから『心歌十二章』という本を書かせてもらったとき、もういいだろう、と、ぼくは始めてぼくの秘密を打ち明けて書きました。『ぼくのお母さんは、本当のお母さんじゃないけど、日本一のお母さんでした。』・・・・・・」

石坂の顔が、いつの間にか仙人から、教祖みたいな顔に変わっている。

「ぼくは、高校を全部落ちちゃって、おまけに結核になって、しょっちゅう血を吐いていました。ぼくの友達はみんな高校に行ってしまって、ぼくだけ高校にいけないでいる。死にたい・・・・・・本気でそう思いました。しかし、お母さんが実の母じゃなかったもんですから、お母さんのために死んではいけない。でも死にたい・・・・・・そんな毎日を送っているとき、『街のサンドイッチマン』という宮川哲夫さんの作詞で、鶴田浩二の歌う歌を聞きました。

明るい歩道に 肩を振り

笑ってゆこうよ かげぼうし

そのとたん、そうだ、明るい歩道に肩を振って、笑って生きるんだ。そうしなきゃ・・・・・・と思いました。ぼくもそんな歌をかけないかな・・・・・・そう思って、作詞家を志しました。」

そこに、亡き落語家の林家三平未亡人、海老名香葉子が、応援に駆けつけた。

海老名は、夫三平と石坂の戸の交流についてふれ、『心歌』に話がおよんだ。

「石坂先生は、いつも歌ができたら自分で節を付けて歌ってくれるんです。藤圭子さんの『新宿の女』のときもそうでした。あとで藤圭子さんの歌を聞くと、背中がゾクゾクとするほど素晴らしいのに、先生が電話口で歌うと、少しも良く思えない。ところが、今度の『心歌』だけは、涙がボロボロこぼれたんです。いい歌をつくったな。心から歌っている、本当に心歌だ、と思いました。先生は、いつまでも、お母さんのひざが恋しい人です。いつまでたっても、お母さんのことが忘れらないんです。」

海老名は、涙ながらに語り続けた。

「最後に、『心歌』のなかの『心友』を、先生は、私の所にもってきてくれました。これを聞き終わったときに、思わず『先生、死んじゃ困る!』そういったんです。遺書のような気がしました。夫が、自分の息子たちに伝えたかったことを、すっかり先生が残してくれました。」

石坂は、ショーの終盤、歌との出会いも、母を通してであった、と語る。

「子供のぼくは、そんなお母さんに何にもできないので、疲れきったお母さんの肩を叩きました。すると、お母さんは、照れ隠しのためか、同様の『里の秋』を口ずさみました。それが歌とのぼくの出会いです。お母さんのために『心歌』という歌をつくりました。ぜひ聞いていただきたいと思います」


石坂は、この劇場のどこかで必ず耳をすませているはずの母に訴えかけるように『心歌』を歌った。



人生とは 母と歩いた 道なのか

石ころに つまずくと

その石ころを 拾っては

もう大丈夫と 微笑んで

また一緒に 歩いてくれた

やさしくて 哀しくて

なつかしい 母の姿


大下英治著「ある詩人の遍歴」より




1_3


石坂まさをプロフィール



本名 澤ノ井龍二。昭和16年5月18日生まれ。東京都新宿区出身。昭和44年9月25日「新宿の女」で石坂まさをとして作詞・作曲家デビュー。

・主な代表曲 「新宿の女」「圭子の夢は夜ひらく」「命預けます」(藤圭子)。「北へ」(小林旭)。「おしどり」「べにばな」(五木ひろし)。「石坂まさを一人旅して」 / 「全国我が町音頭」(全国3354市長村都市区歌テープ51巻)。

「心歌十二章」(秋吉恵美)など他ヒット曲多数。

著書 「きずな」(文藝春秋)。「心歌十二章」(世界文化社)。「日本歌文化」(ぎょうせい)「小さな魔法の動物詩集」(サンリオ)など。



虹提携サイト

NPO法人心大楽
http://shichifukujin-kokoro.com/about/



1_2



3
あなたを、『天ニャン合衆国』の建国に
ご招待します!!


携帯七福神が乗った宝船が、世界中の国に舞い降りることを記念して、平成21年9月9日に行われる『天ニャン合衆国』の建国に、あなた(1名/入場料15,000円)を抽選でご招待します!!


恋の矢当日は、一般の参加者に加えて、各界の著名人(作家、政治家、アーティストなど)が参加し、トークショーやライブなどが開催される予定です。


手紙応募方法


1:下記の記述された住所宛に葉書やメール、FAXなどで申し込みください。

住所 / 東京都目黒区上大崎3-5-8 目黒アクロスタワー1501

石坂まさを事務所内 『天ニャン合衆国』建国係り

電話 / 03-5193-5706 FAX / 03-3442-7480

担当 / 下家 猪誠(しもいえ いせい)

メールアドレス / m_ishizaka518@yahoo.co.jp


2:本件についてご不明な点がありましたら、電話やメールでお問い合わせください。



◎『天ニャン合衆国』の今後の主な事業計画予定


1. 『天ニャン合衆国』の原作本の作成と出版(2009年8月末日)

2. 『天ニャン合衆国』の建国パーティーの実施(2009年9月9日)

3. 『天ニャン合衆国』の原作本の漫画化(2010年)

4. 『天ニャン合衆国』のテレビアニメーション化(2010年)

5. 『天ニャン合衆国』の総合事業(マルチメディアビジネス)の展開ほか(2010年)



◎『天ニャン合衆国』開運呪文


夢来い
愛来い
人よ来い


この呪文を1日10回唱えると、あなたの開運の扉が開きます。



◎『天ニャン合衆国』原作本の主な概要(ストーリー)


第1章:毘沙門天ちゃん ミサイルの守り神

突然、国籍不明の潜水艦から日本の国に向かって、広島型の一万倍以上の破壊力もある原子力ミサイルが、数十発も発射された。

だがミサイルは、毘沙門天ちゃんの剣に天ニャンが御前様から授かった法力を与え、その剣を毘沙門天ちゃんがたかだかと天空に向かって突き立てて謎の呪文を唱えると、毘沙門天ちゃんの剣の中に次々に吸い込まれていった。



第2章:弁財天ちゃん 閻魔大王の妹

一夜にして、突然新型のインフルエンザが世界中で発生し、それに加えて鳥インフルエンザやゴキブリインフルエンザなども大流行した。このままでは、世界の人口65億人中、3億6千万人の人たちが死亡するという予測データが、WHO(世界保健機関)から発表された。
この世界的な人類滅亡の危機を乗り越えるために、弁財天ちゃんは兄である閻魔大王に相談するが、弁財天ちゃんの頼みに嘘つき裁判で忙しい閻魔大王は、耳を貸すことはなかった。
そんな中、弁財天ちゃんは新型のインフルエンザの予防策として、ついでに嘘つきの日本人の嘘を封じ込めるために、インフルエンザ用に一生取れないマスクを国民にさせようとする。
その様子を見ていた天ニャンは、「このままでは、日本の国は駄目になってしまう・・・」と一言つぶやくと、街で新型インフルエンザの放送中継中のテレビカメラの前に立って、突然「天ニャン体操」を踊りまくる。
それをきっかけに、その天ニャンが踊る「天ニャン体操」は、日本各地で大流行し日本国民が基礎体力をつける教本となり、日本国民のすべての人たちが新型のインフルエンザから逃れるのである。



1_3

『子ども七福神』



1_2



1_4
僕たちおとぎのお家と仲間たち“あきらめないBLOG”のキャンペーンを応援していますので、ぜひみなさんも一緒に応援しようね!


あきらめないBLOG 2周年記念キャンペーン




1_2



恋の矢
石坂まさを著書作品集 / 特別限定価格1,000円



Photo

「心の龍馬」







Photo_2


「心の七福神大宇宙を翔ぶ」







Photo_3
「時代を駆け抜けた風たち」




4



「心歌をあなたに」
ビデオ





※本商品の送料は別途です。



◎石坂まさを著書作品購入申し込み方法




1. 下記の記述された電話、メール、FAXなどで申し込みください。

石坂まさを事務所

住所 / 東京都目黒区上大崎3-5-8 目黒アクロスタワー1501

電話 / 03-5193-5706 FAX / 03-3442-7480

携帯 / 090-1990-3944 担当 下家 猪誠(しもいえ いせい)

メールアドレス / m_ishizaka518@yahoo.co.jp


※本著書作品の、送料などの詳細内容につきましては、別途メールにて回答させていただきます。



2. 本件に関します、その他のご質問事項などに関しましては、ご遠慮なく電話やメール、FAXなどでお問い合わせください。