2001年9月11日午後9時45分頃、
福岡に住む後輩から電話が来た。
「今すぐBS1観てください!!」
私は違うチャンネルを観ていたが、
言われるがままチャンネルをBS1に合わせた。
「・・・なんだコレ?」
「わかりません、でも事実みたいです」
しばらく呆気にとられた。
「事実」と言われても、
すぐに受け入れられる光景ではなかった。
なぜなら、
私は前年6月、後輩は3ヶ月前、
「その場所」に居た。
米国本土派遣2年制農業研修生。
地元以外で最も長く過ごした場所が
私の場合はAmericaだった。
私にとって「第二の故郷」的存在・America。
2年間のほとんどをOregon州で過ごし、
帰国直前の10日を
New york旅行に充てた。
New yorkと言えば、
行かないワケにはいかない
「World Trade Center」。
通称「Twin Tower」である。
2000年6月、
110階建てのビルの屋上から
Manhattanを一望した記憶は
今でも鮮明に思い出すことができる。
その光景を、
可愛がってた後輩にも見せたくて、
「研修終わったらNew york行って、
いちばん高い所から摩天楼を眺めてこい」
と勧め、
後輩も同じく次の年に
Twin Towerから世界の中枢を見下ろした。
その、New yorkの象徴的建物が、
私にとっても後輩にとっても
思い出深いTwin Towerが、
崩壊した。

あれから今日で10年。
亡くなられた方に
知り合いはいないけれど、
毎年9月11日午後10時頃に
きっと繋がっている東の空を見て
亡き見知らぬ人たちと
第二の故郷の平和を思い、
1分間黙祷する。
福岡に住む後輩から電話が来た。
「今すぐBS1観てください!!」
私は違うチャンネルを観ていたが、
言われるがままチャンネルをBS1に合わせた。
「・・・なんだコレ?」
「わかりません、でも事実みたいです」
しばらく呆気にとられた。
「事実」と言われても、
すぐに受け入れられる光景ではなかった。
なぜなら、
私は前年6月、後輩は3ヶ月前、
「その場所」に居た。
米国本土派遣2年制農業研修生。
地元以外で最も長く過ごした場所が
私の場合はAmericaだった。
私にとって「第二の故郷」的存在・America。
2年間のほとんどをOregon州で過ごし、
帰国直前の10日を
New york旅行に充てた。
New yorkと言えば、
行かないワケにはいかない
「World Trade Center」。
通称「Twin Tower」である。
2000年6月、
110階建てのビルの屋上から
Manhattanを一望した記憶は
今でも鮮明に思い出すことができる。
その光景を、
可愛がってた後輩にも見せたくて、
「研修終わったらNew york行って、
いちばん高い所から摩天楼を眺めてこい」
と勧め、
後輩も同じく次の年に
Twin Towerから世界の中枢を見下ろした。
その、New yorkの象徴的建物が、
私にとっても後輩にとっても
思い出深いTwin Towerが、
崩壊した。

あれから今日で10年。
亡くなられた方に
知り合いはいないけれど、
毎年9月11日午後10時頃に
きっと繋がっている東の空を見て
亡き見知らぬ人たちと
第二の故郷の平和を思い、
1分間黙祷する。