前回
「亀の水」を求めて道半ば、大阪から淀川を越えてどんどんと走ります。
町の中は走っていて面白くありませんが、思い出の場所なら話は別です
尼崎にて小休止
国道2号線をまっすぐ西に進んで行くと、僕の生まれた町である尼崎を通過します。

母が教えてくれたのですが、僕は幼い頃この河川敷を三輪車で走行していたのだそうです。
坂道に出会っても決して降りようとせず、己が脚力を以て登り切ってやるというクライマー根性を物心つく前から発揮し、母を困らせていたと聞きました。
あれから30年近くが経過した今でも、乗り物のタイヤの数が一つ減っただけで同じようなことをして遊んでいる息子を、いったい母はどんな気持ちで見ているのかと思うと複雑な気持ちです。
ちょっとしたエピソードのある武庫川を通過し、車輪はグングン回ります。
到着!
三宮を越えて

須磨海岸から海を臨み

明石海峡大橋ではなにやら不気味な大雲が立ち込めていましたが、それでもさらに西へ!

そして、到着しました!


吸収! 亀の水!
歴史ある長寿の名水「亀の水」
意外なことに住宅街の真ん中にある、なんの変哲もない神社から湧き出ています。

観光の名所として行列ができているわけでもない、本当に飾り気のない、でもそれがかえって特別な水なのだと思わせるような、不思議な湧き水。
まずは手元の空になったボトルに汲んで、飲んでみます。
ごくり・・・
・・・
僕は水の味がわかるほど、繊細な味覚は持っていません。
【名水】と言われても、とくに市販のミネラルウォーターとの違いがよくわかりません。
でも明らかに違うことが一つりました。
一口に飲む量が明らかに多いのです。
「飲む」というより、「染み入る」という表現のほうが近い気がします。
とにかくとまりません。
水分補給という感覚ではなく、毎日の生活やここに来るまでの道中で消費してしまった自分の中の何かを補充しているような感覚すら覚えました。
もちろん水道水などとは比べ物にならないほどのおいしさなのですが、何より体に入って来る量が段違いです。
水をたくさん飲むことは体に良いという話があります。
これだけたくさん飲むことのできる「亀の水」が長寿の名水として語り継がれている理由と何か関係があるのかもしれません。
「亀の水」を汲みに行くにあたって、一つだけご留意いただきたいことがあります。
それは、「亀の水」が地元の人たちの生活に使われている水だということです。
我々よそ者の観光客は、水を分けていただいているに過ぎないということを念頭に置き、順番待ちをしている地元の人がいれば積極的に譲りましょう。
もちろん、水場にごみを捨てて帰るなど、言語道断です。
きれいに使うことによって、「亀の水」はいつまでもみんなが飲める長寿の名水となり得ると、僕は思います。
神罰
手元のボトルで2杯飲んだ後、自宅から持参した2リットルのペットボトル3本に、さらに水を満たしてバックパックに詰めます。
【より速く】ただそれだけのために作られたロードバイクに乗るのにバックパック(しかも60リットル)を担いで乗る自転車乗り、それが僕です。
そして、帰る準備を整えて、この水場でのメインイベントを開始します。
そ
れは、「亀の水」でカップ麺を作って食べること!
不老長寿の「亀の水」を使い、ジャンクフードの筆頭であるカップラーメンを作る!
今思えば、神様がくれた奇跡に中指を突き立てるかのような行為ですが、その当時はそれがおいしそうだと感じたのです。
カップ麺スタンバイ・・・OK!
フォークスタンバイ・・・OK!
亀の水スタンバイ・・・OK!
ガスコンロスタンバイ・・・あれ?

・・・
・・・
コンロも鍋も持ってきたのに、燃料をわすれました。
もう帰ります、神様すいません・・・
神罰その2
カップ麺を食べ損ねた僕の悲しみと空腹は、マクドナルドでフィッシュバーガーにありつくまでいえることはありませんでした。
メインイベントだと思っていたカップ麺は神の怒りによって阻まれました。
あとは沈みゆく太陽を横目に、6kgの飲み水を背負って帰るだけです。


いつまでたっても消えない、情けない飛行機雲はまるで今の僕の心の形。

大阪に着くころには辺りは闇に包まれていました。


夜景がきれいだったので写真を撮っていたところ、突風にあおられて自転車が倒れました。
何気なく引き起こすと、ブランケットがひん曲がっていました。
神様、反省しています。 だからもう許してください。

くらやみ
気分的に尻下がりになってしまった今回のサイクリングも、終わりに差し掛かってきました。
体力を消耗すればするほど、背中にある6kgの水が堪えます。
背負っているだけで体力をガンガン奪っていくようです。
しかし、体力の消耗よりも恐ろしいのは、この暗闇でした。
ライトをきちんとつけているので、路面が見えないだとか、対向車から見えなくなっているだとかいう恐怖はないのですが、暗いとそれだけで本能的に怖いのです。
おそらくDNAにまで刻み付けられているのであろう原始の恐怖が、僕の筋肉から力を奪います。

遺伝子レベルの恐怖に打ち勝ち、ようやく家に帰ってきました。
なんだか散々なサイクリングになってしまいましたが、家のお風呂に入って湯上りに持ち帰った「亀の水」をグビリと飲んだら、すべてが救われた気持ちになりました。
ありがとう、不老長寿の水。