人間拡張とは、センサーを通じて取得した人の動きや感覚を、遠隔にいる人が装着したデバイスやロボットに共有することで同じ動作を再現する技術だ。たとえばピアノを上手に弾ける人のスキルを伝送することで、ピアノが苦手な人でも演奏できるようになる。身体にスキルをダウンロードし、個人の能力を向上させるイメージだ。

筋肉の動きを伝送し同じ動きをする様子
「社会課題の完全なる解決をめざしたいと考えたときに、我々はいったい何をすべきなのか。私は、『通信プラスアルファ』がカギになると考えています。つまるところ『ウェルビーイング』、やはり社会のため、人のためという、幸せにつながるか、そこにつきます。人間の能力がネットワークを介し、距離と時間を超越して拡張する。そして、それらのスキルを蓄積できれば、さまざまなことが可能になるはずです」
人間の動きをリアルタイムに伝えることで、遠隔手術から職人の匠の技の伝承、オンラインゲームのプレイまで、用途は無限に広がるのだ。
オープンイノベーションで進める人間拡張基盤™の開発
人間拡張の一部は、5Gでも実現が可能だ。しかしさらなる低遅延、高速大容量化が可能な6Gの世界でめざすのは、もっと高次元の技術だ。
「近年、筋肉の電気信号は取得しやすくなっているので、そのロボットへの反映は、5Gでもある程度までは比較的早い段階でできるようになるかもしれません。しかし、指一本一本の正確な動きや緻密な動きまではもう少し時間がかかるでしょう。6G時代になれば、ネットワークが人間の神経伝達の代わりになるくらいのリアルタイム性が可能になるはずです」
視覚や力覚などの情報をセンシングによって取得し、それをアクチュエーションでアウトプットすることで、スキルは共有される。6Gの導入によって、それをリアルタイムに実行することが可能になるのだ。
中村が思い描くのは、人間拡張技術を基盤にすること。すなわちプラットフォーム化だ。将来的にはSDK(ソフトウェア開発キット)を提供し、さまざまなベンダーがアプリケーションを開発できるようにし、その利用によってプラットフォームにスキルが蓄積される。個々の企業が開発する素晴らしい技術があっても、普通はそれらを相互利用することはできないが、プラットフォームがつなぐことによって拡張性が高まり、多くの人が使えるようになるのだ。
また、スキルを提供する側と共有する側とで体格や骨格が異なる場合は、それぞれの身体データを比較し、差を補正したうえで伝達することが可能になる。たとえばプロ野球選手の動きをそのまま子どもが共有することはできないが、基盤によって両者の差が補正され、子どもに転送することが可能になるのだ。
6G時代の人間拡張のユースイメージ

センシングやアクチュエーションの技術、デバイスについては、パートナー企業と共同開発し、NTTドコモがそれらをインテグレーションする。つまり、人間拡張基盤™はオープンイノベーションにより開発を進めている。
「シンプルに言えば、人を幸せにしたい。それを実現するには、我々だけでは到底なし得ないので、できるだけ多くの方々に協力していただき、より効率的につくり上げていきたいです。おもしろいことをやっている人は、世の中にたくさんいます。これからどんどんいいセンサーが出てくるでしょうし、いままで取れなかったデータも取得できるようになるでしょう。そういった技術をフレキシブルに取込み、反映できるようにしていきたいです」
人間拡張基盤™はまだ研究の初期段階だが、6Gの実用化を待たずに5Gでも可能なことは先に実装していくという。