日本の皆様お元気でしょうか![]()
台風
がもう四国・関西に上陸しているのでしょうか![]()
大変です。
災害がない事を願っていますね。![]()
でも、週末に来るとは・・台風さんもちゃんと計算してますね・・・![]()
皆さん外へ出れずに退屈しているでしょう![]()
・・・と思い![]()
今日はメキシコで有名な女性画家
フリダ・カーロさんについて紹介したいと思います。![]()
本命 マグダレナ・カルメン・フリダ・カーロ・カルデロン 1907ー1954
ドイツ系ユダヤ人のお父さんと
スペイン系メキシコ人のお母さんの間に産まれました。
3人姉妹の末っ子でた。
産まれた時から彼女の独特な眉毛はつながっており
当時は普通でない美しさとも言われたそうです。
6歳の時ポリオで右足が不自由
また学生の頃から
いろいろ問題を起こし・・・![]()
同性愛の理由で学校を退学されそうにもなったそうです。
そして彼女が19歳のとき1926年
乗っていたバス
が路面電車
と事故を起こし・・・
肋骨・鎖骨・背骨・骨盤の骨折・右足11箇所の粉砕骨折・鉄のパイプが腹下から入る
と言う大大重症を負いました。![]()
これは当時実際に彼女が使っていた医療用のコルセットです。
フリダさんが作った操り人形劇です。
その後彼女はずっと治療をうけますが
退屈さのあまり・・・絵を独学で学びます。
彼女のアトリエにあった車椅子
色の配合なども独自で身につけたそうです。
痛々しい人生を描いていました。
スターリンとフリダ・カーロ
料理も大好きだったそうです。
その後 有名なメキシコの画家 ディエゴ・リベラと出会い結婚![]()
当時彼は43歳・彼女は22歳の若さでした。![]()
しかし、両方の浮気癖・・フリダは日本の芸術家 ノグチイサムとも恋の中になったとか・・・![]()
事故の後遺症で何度かの流産を経験し
いろいろな問題を抱え離婚するのですが・・・![]()
翌年また・・・
結婚
したそうです。
問題多い夫婦ですね・・・![]()
彼女はヨーロッパ的な感性を得て
知的で特徴的な独自のシュルレアリストは高く評価されました。![]()
N・Yやパリでも展覧会を開いたり
ピカソとも交流があったそうです。
しかし・・・
ナリシスト的・奇妙な人・または乱暴な人・不敬な人・・・・
とも言われ・・・
なんだこりょあ![]()
なんだか悪口だけ・・・![]()
その反面
明るい性格で・・・
ごまかしても・・
もう遅いですよね![]()
テキーラをお水のように飲んだり・・・![]()
歌や音楽
動物愛好家としても有名でした。![]()
やっと良いとこかけた![]()
人生で30回以上の手術を受けられたのも
彼女の性格がこの困難を乗り越えられたと言われています。
確かにそうだ![]()
その後
右足を切断・・・![]()
2回の自殺を起こした後
1954年7月13日 47歳の若さで亡くなりました。
神を信じなかった彼女の日記には・・・・
私の出発を大喜びで願い、そして二度と戻ってこない事を願います
と書かれてあったそうです。
その後家族や友人達は
笑顔のまま焼けていく彼女の姿を見とどけたそうです。
扉を開けた時
彼女の灰が空へ自由に飛び散ったそうですが
それを見た家族・友人達はいかにも
フリダ・カーロさんらしい
人生の幕を閉じたと言ったそうです。
肺塞栓症でなくなったとも言われていますが
死後解剖は行われず
今も伝説の人となっています。
メキシコ市内南部・コヨアカンにある
青い家と呼ばれるフリダ・カーロさんの美術館です。
1929-1954 フリダさんとディエゴさんが住んでいました。
紙でできたメキシコ独特のお人形さんが迎えてくれます。
当時のままのメキシカンキッチン
料理が大好きだったそうです。
フリダさんの昼用のベットです。
光が入るようにされていて、ベットの天井に鏡を付け
自分の姿を描いていたそうです。
こちらは夜用のベット
痛みを和らげるようにでしょうか・・・
蝶の見本が天井に飾られていました。
いかがでしたか![]()
メキシコの女性画家フリダ・カーロさん
苦しい人生を送ったと思いますが
彼女の人生でよかった事といえば
生きている間に
沢山の恋をし・・・![]()
彼女の絵が認められてと言う事でしょうか![]()
この方も波乱万丈な人生を送りました。
今日はもう
時間ギリギリで
メニューかけません
申し訳ございません![]()
またあした ADIOS![]()

















