西田俊哉のベトナム・フォー・パラダイス

西田俊哉のベトナム・フォー・パラダイス

ベトナム在住10年 アイクラフトJPNベトナム株式会社 代表取締役 西田俊哉がベトナム進出を検討している日本企業の方にベトナム情報を発信しています。

1, G2米中争覇の時代を考える

 

最近、G7でもG20でもなくG2という言葉が使われていることが増えていることを感じます。G2とは米国と中国を意味しています。覇権を争う2大国のことを指していますが、最近の評論では時々使われるようになりました。米中二極体制のことを言うのですが、米中争覇という言葉もあり、超大国の覇権争いを表すこともあります。

 

米国も南北アメリカ大陸や西半球にあたるとしてグリーンランドの領有を主張するようになってきていますが、ヨーロッパやアジアは近隣の国どうして対応せよというように変わり始めています。一方中国は南シナ海、カンボジア、ミャンマー、ラオスという東南アジアの発展途上国にも強い影響力を持っています。

 

「台湾有事」という言葉がありますが、そのような緊張になった時に米国が中国に

制裁をしてくるのでしょうか?米国も中国とガチで戦うことのメリットがあればするかもしれませんが、最近の傾向で見えることがあります。そのような事態になると米国は中国とのディール(取引)によって、米国にも中国にもマイナスにならない取引を仕掛けるではないかと思うようになりました。

 

このことを考えると日本の立場は、よりしたたかな戦略をとることだと思います。日本はまだ東アジアの先進国ですので、中国にとっても必要性はあるでしょう。日本も上手に利益をもたらす戦略的関係構築が必要となってきたように思います。その点で私が今生活しているベトナムは、大国ではありませんが参考になる国です。ベトナムの国際戦略はしたたかです。資本主義国、社会主義国に限らず重要性が増していると判断できる国とは、包括的戦略的パートナーシップを締結しており、近年締結国が急激に増えています。

 

ベトナムは外交上の最高位の関係を築く国とは、2国間同士で「包括的戦略的パートナーシップ」を締結しています。近年その数が飛躍的に増加しています。今までの締結した順番で上げていきましょう。ベトナムがどのような順番で重要な国との関係を構築しようと考えているかがわかります。政治的な関係性、地政学的な関係性、貿易や経済的なつながりで重要な関係性など戦略的な対応が目立ちます。

 

中国(2008年5月)、ロシア(2012年7月)、インド(2016年9月)、韓国(2022年12月)、米国(2023年9月)、日本(2023年11月)、オーストラリア(2024年3月)、フランス(2024年10月)、マレーシア(2024年11月)、ニュージーランド(2025年2月)、インドネシア(2025年3月)、シンガポール(2025年3月)、タイ(2025年5月)と締結しています。2025年10月に英国、フィンランド、ブルガリアと締結したと発表されました。英国と締結したことで国連常任理事国とはすべて締結したことになります。また、南アフリカ共和国の名前も挙がっています。ベトナムは世界情勢を見て、バランス外交に心がけている国と言えるでしょう。

 

2, ベトナム共産党第14回全国大会の開催

 

ベトナムの多方面外交のしたたか戦略の話になりましたが、そのようなベトナムにとって重要な政治イベントがあります。日本とは異なる体制にあるベトナムですので、知っていただくために簡単にベトナム共産党全国大会について触れましょう。この大会は5年ごとに開催されて、党の人事や国の方向性を決める重要な会議です。その大会が2026年1月20日に開幕されました。

 

社会主義国であるベトナムは、党が国家を指導するという立場になっていることもあり、共産党大会が国の方向性を決める場です。この大会には560万人の党員を代表して1586人が出席します。大会のテーマは2030年までの国家発展目標達成に向け団結し、戦略的自立と自信をもって前進して、平和、独立、民主、繁栄、文明、幸福を実現させ社会主義への道を堅実に進むための大会とされています。

 

ベトナムは2026年から次の党大会の2031年まで毎年10%の経済成長を目指す「国民飛躍の時代」との表現を使っています。その場で中央委員200名を決め、その中で政治局員20名を選任し国の中枢を担う人事を決定します。また、国の重要政策の方向性を決めます。今回の党大会ではその目標に向けて以下の5つの指導原則を提示しています。

・党の指導とドイモイ(刷新)路線の堅持

・経済社会発展と環境保護の一体推進、党建設、国防・安全保障の強化

・愛国心と発展に対する志の喚起

・制度整備とボトルネック解消、デジタル・グリーン・エネルギー転換の同時実施

・党と政治体制の全面的な強化と権力の監視、汚職防止の強化

 

ベトナムの政治的地位の序列は、「四柱(しちゅう)」と言われており、トップが共産党書記長、第二位が国家主席、第三位が首相、第四位が国会議長とされています。今回の共産党大会では、共産党書記長のトー・ラム氏が再任されました。私は08年にベトナムに来てから4回目の全国党大会ですが、初めの頃は関心もありませんでしたが、2021年の党大会から多少関心を持つようになりました。2021年はコロナ禍の党大会でしたが、その当時に選出された四柱の方は全員が変わっています。変化も著しいベトナムです。

 

3, ポピュリズム政治の行方

 

ベトナムの特殊な政治のことを触れましたが、一方で日本では衆議院が解散し選挙戦に突入しています。各党などの主張を見ていると明確なメッセージやわかりやすい表現を使った方が、大衆受けしやすくなっていることを感じます。今回日本の政治状況

の特徴は物価高に悲鳴を上げている国民が多数いることです。インフレ傾向の時の株高は当然の帰結と思いますが、円安が徐々に定着し、より一層安くなっています。そのような状況ではインフレを抑えるすべはありません。

 

選挙公約ではほぼすべての政党が消費税減税など、ある面でバラマキ政策を提案しています。そのバラマキ政策が日本の財政の不健全化が想定され、より一層の円安と聞き起こしています。さらに危険性を感じるのは、日本国債が売れなくなることによる長期金利が上昇です。日本の財政が危ないと感じる今日この頃です。住宅ローンを抱えている人などは、借金の金利も上昇しますので返済額も大きくなります。株式など

金融資産を保有できる人に対して、インフレで生活が厳しくなる中間層以下の人たちの没落が加速する事態になるのでしょうか?

 

中間層の没落が民主主義の衰退に拍車をかけることがあります。米国を例に挙げるまでもないでしょう。米国でトランプ大統領が当選した背景には、ラストベルト(錆びついた工業地帯)で忘れ去られた白人労働者の支持がトランプ氏に向かったことがきっかけです。トランプ氏はその白人労働者を元の生活に戻すためには、移民を規制することが必要と訴えました。それを没落した白人労働者が支持をしました。

 

その結果、排外主義を生み、マイノリティーに対して非寛容となる状況に世界が変化していきました。排外主義とは外国人や特定の集団を異質とみなして、感情的な嫌悪や敵意から、社会的に排除しようという思想のことです。排外主義は社会の多様性を否定して、人権を軽視する風潮には行き過ぎに注意が必要と思われます。

 

排外主義の傾向は日本に限ったことではありません。21世紀に入りヨーロッパでも右翼政党が台頭し反移民感情が高揚していることが報道されています。このような傾向は社会や経済的に置き去りにされた貧困にあえぐ人たちの怒りの表れという説明がされることがあります。

 

ヨーロッパも日本と同様に経済成長が伸び悩んでいます。その中で自国第一主義を掲げるポピュリズム政党も台頭しています。一時期台頭したグローバリズムの中で没落した中間層が苦しむ中で、移民排斥の機運が高まっているのが現状です。ドイツでもフランスでもイギリスでもそのような動きが顕著になっています。

 

4,民主主義の揺り戻しの歴史

 

各政党がポピュリズム政策を続け、経済がにっちもさっちもいかなくなったときに、

一定の反動が起こり、歴史的に権威主義に戻る傾向が表れることがあります。21世紀前半の状況は自由貿易が拡大して、経済のグローバル化が進みました。そのグローバル化によって経済格差が起こり貧富の差が拡大しています。それが民主主義への不満となり、米国ではトランプ大統領を誕生させました。既存の政治体制に対する不信感を生み、強いリーダーシップを求める傾向が強まり、大衆迎合する主張が指示されるようになっているように思います。

 

その点でいえば、「民主主義の揺り戻し」と言われる現象が出ているようにも思えます。民主主義の浸透や定着の後に、権威主義やポピュリズムが台頭し、民主的な制度や価値が後退する現象のことです。その中で民主主義陣営が経済成長に苦しむなかで、権威主義的な傾向がある独裁政権が影響力を拡大していきます。「民主主義の呪い」という言葉がありますが、民主主義国が専制国より伸び悩む傾向の中で、大衆が民主主義を求めなくなる側面もあることが指摘されています。

 

民主主義の揺り戻しは歴史上たびたび起こっています。日本が文化的にも経済的にも成長していた大正時代、「大正モダン」という言葉がありました。西洋の近代的な文化や思想が取り入れられ、また、日本の伝統的な美意識や生活様式が融合した文化的民主的な傾向を謳歌した時代です。ところが1930年代から1940年代の世界ですが、世界恐慌後、経済的混乱と社会不安な中で、民主主義への不信感が高まりました。ドイツ、イタリア、日本は権威主義的な体制が台頭して、第二次世界大戦につながりました。

 

1990年代から2000年代にかけては、冷戦が終結し民主主義の勝利と言われた時期です。それにより一層のグローバル化や新自由主義経済が進みました。日本でも非正規雇用はこの時期に拡大していきました。それが結果として、経済成長の停滞や格差の拡大、西洋的な価値観への反発もあり、民主主義が揺らぎ始めました。そして2010年以降から民主主義の後退とも思える自由や人権の軽視、ポピュリズムの台頭、権威主義的なリーダーの登場が相次いでいます。経済的な安定や格差の是正に進まなければ、その傾向は一層強くなる可能性があります。

 

それらを踏まえてG2米中争覇から始めましたが、政治の在り方がまずます重要になってきているように思います。ポピュリズムの政策を進めすぎることで、国力は一層棄損します。日本の財政不健全が国際的信用を棄損して、国力を低下させる事態を避けなければなりません。長期金利が徐々に上がっていることは、日本国債を所有することはリスクがあると判断され始めているということです。日本は税収が足りない分を国債発行によって賄ってきました。しかし、国債が買われなくなり始めているため長期金利が上がっています。将来、あの時期に取った政策は間違いだったとの反省にならないように、この時期の判断は極めて重大だと思わざるを得ません。

 

以上

1, 米国のベネズエラ攻撃「断固たる決意作戦」

 

正月には甚大な災害や事件が起こることがありますね。2年前の2024年1月1日には能登半島で甚大な被害を与えた能登地震が発生して、いまだに復旧は十分進んでいません。今年2026年に入って起こった事件にはびっくりしましたが、深く考えさせられる事件でした。米国によりベネズエラ攻撃というニュースですが、歴史的事件を踏まえて、今後の世界を展望する上での重要な要素があると思いますのでこのブログを使って展開しようと思います。

 

1月2日深夜から翌3日未明にかけて、米軍がベネズエラの首都カラカスを含む複数の地点を爆撃したうえで、特殊部隊デルタフォースによりベネズエラ大統領のマドゥロ氏とその妻を拘束し、米国に連行した事件が発生しました。報道によるとCIAの工作員を2025年から潜伏させており、今回の作戦の準備をしていたようです。

 

米国のベネズエラへの攻撃は2025年から行われており石油タンカーを拿捕したり、麻薬が積まれていると主張して攻撃したりすることが繰り返されていました。米国の主張はマドゥロ政権が麻薬テロ組織であるとして攻撃を強めていました。

 

ベネズエラは世界でも有数の産油国ですので、資源埋蔵の魅力がある国です。トランプ大統領は権力の移行が行われるまでは、米国がベネズエラの運営に関与し、米国企業がベネズエラの石油産業の協力に関与すると述べていることからも、米国の支配が強まる可能性があります。

 

5日緊急開催された国連安全保障理事会ですが、グレイテス国連事務総長からは、軍事作戦において国際法の規則が尊重されなかったとの懸念が述べられました。この理事会が開催されたのは、危機感を感じたベネズエラと隣国のコロンビアから要請を受けて開催されたものです。米国の行動に関してはロシア、中国は激しい非難を展開したようです。

 

各国の反応は親米、反米によってさまざまな違いがあります。EUなどはマドゥロ氏には正当性が欠如しているとは指摘はしています。しかしながら、平和的な移行を支持しているとして、国際法や国連憲章の原則は尊重されなければならず、このような事態には自制を求めるとしています。ここで問題になるのは、米国の攻撃が「力による現状変更」であるのかないのかが問題です。国際法では「力による現状変更は許されない」との原則が世界に共有されています。

 

ロシアや中国が米国の攻撃を激しく非難していますが、自らの行動を鑑みれば厚かましい非難とも思えます。ただ、大国による「力による現状変更」が容認される傾向が続くことになれば、ベネズエラの次がどこになるのかを心配しなくてはなりません。米国以外にも軍事力のある国が暴走しないとは限りません。

 

米国においても反米感情が強いコロンビアを今後どのように持っていくのか、デンマークに主権があるグリーンランドの領有の可能性をトランプ大統領が語ったことなど、リスクがあちこちにあることを感じざるを得ません。米国、ロシア、中国の主張を中心に国際政治の力学が変わるのでしょうか?そんな危機感を感じさせた事件でした。

 

2,「サンチャゴに雨が降る」(1973年チリ・アジェンデ政権の崩壊)

 

ベネズエラの事件を垣間見る中で1973年に起こったチリの軍事クーデターのことを思い出しました。ある面で参考になると思いますので触れることにします。

 

その当時チリの大統領であったのがサルバトル・アジェンデでした。1970年11月に大統領選挙に勝って大統領になった政治家です。社会党と共産党のほか四つの中道政党から構成された政党連合「人民連合」を基盤に出馬し、最高得票を獲得しました。しかし、過半数は取れず、国会で中道政党のキリスト教民主党の支持を受け、その結果大統領に選ばれた人物です。アジェンダ政権は議会制のもとでの社会主義を実現することを目指した世界はじめての政府です。その動向は「チリの実験」として国際的な注目を浴びていました。

 

しかし、就任後三年足らずの1973年9月11日、チリで起こった軍事クーデター

によって政権は倒れ、アジェンデ大統領も捉えられ死亡しました。この出来事が、「サンチャゴに雨が降る」という、フランスとブルガリアの合作映画にもなっています。この時起こったクーデターの発生から、各地の市街戦、軍事評議会による権力掌握を経て、詩人パブロ・ネルーダの葬儀に至る10日間の出来事の描写を軸に外国人記者の回想という形で、アジェンダ大統領当選からクーデターに至る流れが描かれたものでした。

 

パブロ・ネルーダがこの映画に登場するのはこのクーデターにも関係があるからです。彼は1971年にノーベル文学賞を受賞するほどのチリを代表する文学者・詩人でした。代表作には「二十の愛の詩と一つの絶望の歌」「マチュピチュの高み」「大いなる歌」「女のからだ」などの代表作がある作家・詩人です。

 

その彼がアジェンデ政権に協力して、駐仏大使に任命された人物でした。しかし、クーデターの日にクーデターを主導した兵士がネルーダの家に押し入り、調度品や蔵書などを破壊しました。ガンを患っていたネルーダは、その時のショックも大きかったことでしょう、そのすぐ後の9月23日病院に行く途中、兵士の妨害に遭い死去しました。彼は「病気で死に、クーデターで魂も殺された」として、このクーデターの被害者の中心的人物の一人としても扱われているのです。

 

クーデターを仕掛けた中心人物がピノチェト将軍でしたが、米国の関与が明確になっています。その当時米国はニクソン政権でしたが、アメリカの外交は国務大臣のキッシンジャーが担当していました。アジェンデ政権が進める社会主義路線が、アメリカ資本にとって危険な路線であると断定した結果、アジェンデ政権の転覆に協力したのが米国です。米国のCIAは反アジェンデ勢力の軍部に資金援助して、チリのトラック事業者にも資金を渡してストを行わせるなど、アジェンデ政権崩壊の黒子としての役割を果たしていたことは有名です。南米の反米勢力に関しては、従来もこのような政権転覆の歴史があるのです。

 

その後のピノチェット政権は、米国のシカゴ学派として有名な新自由経済学者の意向に沿い経済政策を進めました。その結果、米国大企業が支配する産業構造に変わっていきました。そのことについては、カナダのジャーナリストであり作家のナオミ・クラインの「ショック・ドクトリン」という著作で詳しく触れられています。

 

3,1989年米軍のパナマ侵攻

 

チリのアジェンダ政権の崩壊以降にも、米軍が関与した中南米諸国への軍事侵攻があります。1989年ブッシュ(父)政権下で米軍がパナマに侵攻して、反米的なノリエガ政権を排除した事件がありました。その前の1977年にパナマ軍事政権のトリホス将軍が、米国カーター大統領と交渉してパナマ運河返還条約を締結し、1999年末の返還が約束されました。

 

ところが1981年にトリホスは飛行機事故で亡くなり、その跡を継いだのがノリエガ将軍でした。ノリエガ軍事政権は反米的であり独裁色が強い政権でした。また、麻薬組織ともつながりが強く、米国はベネズエラ同様にトリエガの排除を画策していました。

 

当時ニカラグア内戦が終結していました。それによりノリエガの利用価値がないと判断した米国政権は、ノリエガの排除を決意しました。侵攻の口実はパナマの政情が不穏になり、米国人の生命が危険にさらされているというものでした。米国人の生命と民主主義を守り、麻薬取引を撲滅するというものでしした。実際に米国人の生命が危険な事態はなかったと言われています。

 

1989年12月20日、パナマに駐屯していた13,000人に加え、米国本土から9,500人の兵力を増強し、早朝の攻撃で一気にノリエガ政権は陥落しました。ノリエガ将軍は姿をくらましていましたが、1月3日観念して投稿し米軍によって連行され米国で裁判にかけられました。禁固40年の実刑判決を受けましたが、その後釈放され2017年に病死しました。

 

その当時、パナマ市民が米軍を歓迎していたとの報道もあり、市民が星条旗を振り、米軍歓迎とのプラカードを持った映像がありましたが、市民全体の真意かはわかりません。ノリエガ政権が倒れた結果、トリホス氏の飛行機事故はパナマ国防軍が関与していた疑いが強くなり、軍に対する批判が強くなりました。その結果、パナマは憲法を改正して軍隊を持たない国になりました。そのこともあり、1999年にはパナマ運河は正式に米国からパナマに返還されました。

 

4,トランプ大統領の新モンロー主義

 

モンロー主義という言葉があります。1823年に米国大統領のモンローが提唱した外交方針のことを言います。米国は欧州の紛争に関与しない代わりに、欧州諸国もアメリカ大陸への植民地化や干渉をしないという相互不干渉の原則です。これは米国の孤立主義ともとられますが、実際は南北アメリカ大陸(西半球)を米国の勢力圏とみなし、影響力を拡大する根拠ともなり、それ以降の米国の砲艦外交を正当化する論理として使われたものです。

 

最近使われる単語に「ドンロー主義」というものがあります。この言葉はドナルド・トランプの名前からドンを取り、モンローのローを合成した単語です。トランプ政権は国益重視を打ち出して、「アメリカ第一主義」を打ち出しています。もう一つの見方は、アメリカとはアメリカ合衆国のみのことではないとも言われています。最近よく使われる単語は「西半球」というものです。北半球、南半球という言葉は使われていましたが、西半球という言葉は最近初めて聞くようになりました。西半球というのは、北アメリカ大陸と南アメリカ大陸をあらわすものです。

 

トランプ政権による安全保障戦略の変化は明確になってきています。「グローバル覇権」から「地域覇権」を目指す戦略に変わり始めていると言われます。全世界を対象にする「グローバル覇権」から西半球という南米大陸のみを対象にする「地域覇権」を目指すのです。西半球だけは中国やロシアの影響力を排除して、米国が覇権を確立しようとする戦略に変化していると言われます。今回のベネズエラ侵攻はその表れのようです。

 

一方でアジアやヨーロッパには、自分で国を守ることを求め、防衛費の増額や米軍駐留費の増額を求めるような主張をしています。東アジアに関しては、日本と韓国に強く防衛費の増額を求めています。東アジアから東南アジアにかけて、戦略的に要所と言われる第一列島線という言葉があります。それは日本列島、沖縄、台湾、フィリピン、ボルネオ島にかけて結ぶ線のことを言います。この言葉は中国が設定した戦略的な海洋防衛ラインで、軍事的な鉄の鎖の部分として、そこを超えて中国に接近させないラインとして戦略的にとらえています。

 

ちなみに第二列島線とは、伊豆諸島・小笠原諸島からグアム・サイパン島を含むマリアナ諸島群、パプアニューギニアへと続く中国が設定する軍事的防衛ラインになります。台湾有事の際に米軍の増援を阻止して、第一列島線内への接近を防ぐことを目的として想定されているラインです。中国はこのラインを想定して台湾有事の際の準備を進めているものと思います。

 

米国は中国に対峙して、その要所を守る役割も日本と韓国に求めているようです。トランプ政権の防衛費の負担増加要求から、それを素直に実行するとしたら、さらなる財政悪化は避けられません。債務残高対GPP比が先進国でずば抜けて高い日本ですので、円安や長期金利の上昇局面を生み、日本経済への逆風がさらに強くなるでしょう。また、台湾有事が発生した場合、米国が本当に台湾を支援するかは疑わしいと思わざるを得ません。米国の安全保障戦略の変化は、日本にも重大な問題を突きつけるかもしれません。

 

政治が国際法の訴える「力による現状変更は認めない」との考えから、トランプ発言にもあるように、強国が相談して決めるべきとの発想があります。例えば米中で決定したことがほかの国は従うべきとの考え方に傾きかけているようにも感じます。ましてや中国が台湾に侵攻した際に、米国がそんな中国を非難することができるでしょうか。ベネズエラでしたことを棚上げして、中国を批判できるかは考えづらいでしょう。米国はアメリカ大陸を米国に任せてることで、東アジアは中国に任せるというようなディールをしたならば、国際政治上大問題に発展せざるを得ません。

 

今回の米国のベネズエラへの侵攻を受けて、国際政治の力学が大国によるパワーポリティクス(Power Politics)に変化していると感じます。それを受けて中国もロシアも米国と同様の考えで、「力による現状変更」が可能な時代になることだけは避けないといけないと思います。今回は米国のベネズエラ侵攻が日本に与える影響も大きいことを感じ、緊急にブログとして発信します。

 

以上

 

 

1, 今年印象に残った書籍 「国家はなぜ衰退するのか」から

 私は最近老眼も進んでいるので、電子書籍で本を購入してKindleで文字を拡大しながら読むことが多くなりました。しかし、「国家はなぜ衰退するか」は、ノーベル経済学賞受賞者の著作でもあり、日本に帰国したときに本屋で購入したものでした。小さな文字を苦労しながらも、興味深く読めたのであっという間に読破した本です。著者は2024年ノーベル経済学賞を受賞したダロン・アセモグル氏とジェームズ・A・ロビンソン氏になります。今年もいろいろな本を読みましたが、その中でも印象に残っている本の一つです。

 

 世界には豊かな国と貧しい国があります。貧困から脱出して発展する国がある一方で、繁栄を持続できず没落する国もあります。この本では過去300年にわたり、各国の歴史的展開から国家の繁栄と衰退は何が影響しているかを考察しています。

 

 第一に、人々の行動を規定して国家の繁栄・衰退を左右する要因は、制度にあるとします。その制度とは政治や経済両面から、収奪型かそれと対極にある包括的で民主的な制度かに分類されるとします。収奪型は政治権力や経済的な成果が、一部の人々に集中することで発展できないか、一時的に発展したとしても持続性はないとします。一方で広範な人々が参加できる包括的かつ民主的な制度は、政治に参加し経済的にも成果の分配に恵まれ、個人が努力できる環境にあり、技術革新により発展が継続するとします。

 

 第二に、これらの制度が形成される歴史的な過程を見ると、大きな出来事が発生して、その結果決定的な岐路に直面するケースが多いとします。新大陸の発見と植民地政策ではポルトガル、スペインがまずは植民地を作りました。南米各地の植民地は原住民を支配し、さらに足りない労働力として奴隷貿易によるアフリカの黒人を奴隷貿易で調達しました。

 

 征服者の利益のため、金銀を手に入れるために収奪的な制度が構築されたのです。その収奪的制度が地域の発展を阻害する要因になったとします。一方で、名誉革命のイギリスやフランス革命が起こったフランスでは、包括的かつ民主的な母国の制度に裏付けられた体制から、植民地支配も比較的収奪型にはならなかったとします。特に北アメリカでは、原住民や金銀が少なく、自分たちの労働によってのみ発展したので、収奪的な制度にはならず、このことが産業革命をもたらし、さらに発展する基盤を作ったとしています。

 

 アメリカの独立戦争そのものも、植民地が収奪的ではなかったことを物語っています。アメリカの独立戦争が起こったきっかけは、イギリスとフランスの北アメリカに関する覇権争いです。戦争に勝ったのがイギリスですが、戦費を膨大に使った結果、植民地(北アメリカ)に莫大な税を課しました。それに反発した植民地の人たちが蜂起して独立戦争に発展し、アメリカの独立が実現しました。植民地のアメリカが収奪的でなかったことを示しているように思います。

 

 発展する国家と衰退する国家の根底には、政治・経済体制があるとして、収奪的体制ではなく、国民が経済的、政治的な機会に広く公平に参加できる体制が望ましいとします。ある時期の局面では、包括的かつ民主的な国でも収奪的な政策が選ばれることがあります。今回はその問題を考察してみようかと思いました。

 

2,大航海時代以降の植民地

 収奪型の政治経済体制の代表的な仕組みは植民地でしょう。歴史的にはいろいろな植民地(属国)がありますが、大航海時代(15世紀後半以降)にポルトガルやスペインは金銀財宝や資源を求めて新大陸やアジアに進出したことで植民地は増えました。

 

 日本史では最初にヨーロッパの国が現れるのがポルトガルです。ポルトガル人が漂着した種子島に日本で初めて鉄砲が持ち込まれました。これを鉄砲伝来と言いますが、鉄砲のことを「種子島」と言うようになりました。1949年スペインの宣教師フランシスコ・ザビエルがイエズス会の派遣する宣教師として鹿児島に上陸しました。キリスト教の布教をしましたが、ポルトガル、スペイン共にキリスト教布教などの目的は、日本を植民地にしようとの野望があったとされています。

 

 その後、重商主義と帝国主義の時代にイギリス、フランス、オランダが世界各地に進出して市場、資源、資本の輸出先を確保するために、軍事力と経済力によって支配地域を広げ、政治経済的に従属させる植民地を作っていきました。イギリスやフランスより早い段階で植民地を増やそうとしたのはオランダです。インドネシアはオランダの植民地になりました、また新大陸アメリカにも進出していました。現在アメリカの大都市ニューヨークは誰もが知っていますが、最初の名前はニューアムステルダムです。当初はオランダが支配していたのです。その後イギリスが奪いイギリスの植民地に変わりました。イギリスの植民地となった段階で、ニューヨークと名称が変更されたのです。都市の名前にもその当時の国の力を表しています。

 

 ポルトガル、スペインの後に成長したのがオランダです。徳川幕府が鎖国をして、長崎でオランダとの商取引を独占したのはオランダが力をつけていたからです。その後、徳川幕府末期に日本に開国を迫ったのは、イギリス、フランス、アメリカですが、それぞれの国の力の変化を表しています。

 

 支配する国(宗主国)は軍事力と経済力を基盤として、弱い国や地域を支配する仕組みが植民地です。原材料の調達、自国製品の販売市場、安価な労働力の確保が目的でした。植民地は自国での政治経済の統治がなくなり、宗主国に従属する立場になり、まさに収奪される状態になりました。このような植民地は大航海時代から、第二次世界大戦まで続きました。先進国の後進国を収奪する仕組みが植民地政策です。

 

 第一次大戦終結後以降、民族運動が拡大していきました。第二次世界大戦終了後には、アジアやアフリカの植民地が独立することになりました。しかし、包括的民主的な政治経済運営に移行できた独立国は少数しかありませんでした。それはどの国も一部エリートが富と権力を独占する状態が続き、国全体の経済発展を阻害していたからです。

 

3,奴隷制度の歴史

 収奪型政治経済体制の最大の犠牲者が奴隷と言われる人たちでしょう。奴隷制度は人類が土地に定着して農業生産を行うようになった以降から存在している制度のようです。富の蓄積ができるようになってから、権力を持った勢力が奴隷に転落した勢力から収奪してさらに力をつけていました。しかし収奪的な権力はほころびを見せることがあります。

 

 奴隷制度は紀元前6800年頃のメソポタミアですでに存在していたと考えられています。チグリス川、ユーフラテス川の三角地帯にあったメソポタミアは、肥沃の地で農業にうってつけの土地でした。人類が定住するようになり、生活も安定したことから、文明は進歩を遂げメソポタミア文明と呼ばれるようになりました。この文明とは人類最古の文明の一つであり、楔形文字の発明、法律の制定、都市国家の形成など、現代社会の基礎となる多くの革新をもたらしました。しかし、繁栄したメソポタミア文明も紀元前539年には滅亡することになります。滅亡の理由は豊かな土地を支配しようとする他の民族の侵攻があり、奴隷を使っていた権力に逆転が起こり、体制が不安定になったことが考えられます。

 

 日本では大化の改新以降に律令体制が確立し、天皇制を中心とした中央集権制度が確立した中で「奴婢(ぬひ)」という奴隷制度に似たものがありました。その後平安中期にはその身分制度は廃止されました。このように奴隷制度は世界のあちこちに存在するのですが、歴史上代表的なものが、大西洋奴隷貿易と言われるものです。大航海時代で新大陸を発見した西洋の海洋国家が植民地を増やしていた時代です。

 

 船による物資等の移動が行われた時代です。ヨーロッパからは武器、そしてアフリカを経由して奴隷を載せてアメリカ大陸に向かいました。アメリカ大陸からは砂糖や綿花など現地の産品を船に乗せてヨーロッパに運びました。黒人奴隷の1,000万人以上が強制連行されたと推定されています。航海時代最初の覇権国になったポルトガルやスペインの支配するブラジルや西インド諸島、その他南米に移送されたようです。当初アメリカ合衆国への流入は少なかったようですが、産業が発展するにつれて労働力が必要になり、再生産された奴隷(出産や養育によって増えていた奴隷の子孫)を確保していったようです。

 

 この奴隷制の中で、ポルトガルやスペインの植民地に関しては、母国の収奪型の政治体制の影響もあり、政治経済的な成長や進歩が得られなかったが、北アメリカでは支配していたイギリスやフランスが収奪的な政治経済体制から包括的民主的な体制に移行していったことが影響したと捉えています。その結果、奴隷制も変化していき、奴隷も含めた権利を認められて、社会が進歩できる要因を作っていったと見ています。そのことが北アメリカと南アメリカの発展の違いと考えられています。南アメリカ諸国では、政権が変わっても収奪型の政治経済体制は変わらない国が多くありました。包括的民主的制度に変わっていくことができた北アメリカの国は、経済発展に向かうことができたとされています。

 

4,日本の収奪的人事制度

 日本の問題に関しては自分なりの論考ですので、批判的にとらえる方もあるかもしれません。一部の利益を優先させる政策を進めた結果、社会にゆがみを生み、経済発展の負の要因をもたらす例として私は考えています。日本は包括的かつ民主的な国であると思いますが、時の政策で収奪型の制度が現れることもあります。それは1986年7月1日に施行された労働者派遣法ではないかと思います。当初は一部業務に限られていましたが、産業界からの要望もあり、製造業にも解禁されることになりました。この法律によって非正規労働者が増える結果になりました。

 

 それ以前の日本経済の発展を支えたのは、日本型の雇用と言われる制度でした。新卒一括採用、年功序列賃金、終身雇用という日本型雇用システムによって経済成長を実現してきました。産業構造の変化や新自由主義的な政策がとられるようになり、規制緩和が矢継ぎ早に行われました。労働者派遣法もその一つです。当初は正規雇用社員の雇用を脅かすものにしないために、限られた職務のみが認められましたが、徐々に職種は拡大していきました。日本の構造改革の中で非正規労働者が増加したのは規制緩和を主張する新自由主義的な改革は、労働者の収奪的な要素を持っていたことが想定できます。

 

 この法律施行により非正規労働者が増加しました。一度非正規労働者になると正規労働者になれる機会が著しく減ります。非正規労働者に転落すると脱出できなくなります。それが、日本の経済発展に負の要因になっていることを、後になってようやく気付くことになります。非正規労働者には勤務時間や日数や場所など働き方の柔軟な対応ができるメリットはあります。育児や学業などを両立できる利点があることは否定しませんが、デメリットの方が圧倒的です。

 

 非正規雇用の労働者側のデメリットは、言うまでもなく収入が不安定で低いこと、ボーナスや昇進の機会がないこと、福利厚生が限定的であり、結婚して子育てにも厳しい経済的な現実があります。そのうえキャリア形成が難しく、企業の都合で雇止めもされ易い傾向があります。逆に企業側にはメリットがあります。低賃金、ボーナス支給もなし、退職金もなしなので、人件費の抑制が可能です。また、企業業績の変化や繁忙期あるいは閑散期での人員調整がしやすいのが非正規労働者の存在です。

 

 2021年の法改正からは「同一労働同一賃金の原則」が打ち出されてはいますが、十分に機能していると言える状況ではありません。再三改正はなされ労働者の権利は拡大しているというものの、非正規労働者が高齢化していく中で将来の展望が見えないことが問題視されています。5080問題と言われるのは、80代の親が50代の引きこもり、無職、低賃金の子供を支えなくてはいけない異常事態のことを言います。非正規労働者の増加はそのような社会問題を引き起こしています。

 

5,収奪型経済制度を持つ国とは

 収奪的政治経済体制を持つ国とは、一部のエリートが富と権力を独占し、その利益のために制度が設計されて、多数の人々の富を吸収する構造を持つ国と定義されています。歴史的には植民地支配された国や独裁国家がそれにあたります。これらの国々はやがて衰退に向かうというのが、「国家はなぜ衰退するのか」で提唱した概念です。

 

 特定のエリートや特権階級が富と権力を独占し、その集団の利益を維持するために収奪の経済体制が築かれます。それが衰退に向かうのは、私有財産権が不安定で、法の適用が不公平になり、イノベーションや広範な政治参加が阻害されることになります。その結果、経済成長が持続しなくなり、収奪されたものが貧困に陥ることで社会の安定性が壊れ、紛争や暴動も発生する中で社会が混乱して衰退するとされています。

 

 歴史的にはローマ帝国も旧ソ連も南米やアフリカの多くの植民地だった国家も収奪型経済体制から逃れられていないとみています。現在の例では中国も一党独裁体制が収奪的体制を持っていますが、経済特区など市場経済の包括的な制度も取り入れているので混合型として分類しています。しかし、この著書はその持続性については否定的な見解が書かれています。

 

 すべての国民が市場に参加して、私有財産が保護され、公正な競争が保障される制度を持った国が、技術革新を促し持続的な経済成長を可能にするとしています。その好例としてイギリスやアメリカを上げています。その中でアメリカの人たちの幅の広さを感じさせた出来事がありました。それはニューヨーク市長選挙でゾーラン・マムダニ氏が当選したことです。当初は支持率1%程度の泡まつ候補とみられていた人です。さらにイスラム教徒ともされる人物です。彼が9.11同時多発テロのあったニューヨークの市長に当選したのです。

 

 彼は物価高が続くニューヨーク市で、「家賃値上げ凍結」、「バスや保育の無償化」を訴え、富裕層や大企業への課税効果を訴えたことが民衆の支持につながりました。アメリカ大統領に再選したトランプ氏も全米の労働者層などにアメリカを変えることができる人と支持され当選しましたが、両者の考え方は左右に対局です。全く違った考えの人がそれぞれ支持されるということは、社会の層の厚さを示しているのかもしれません。

 

 収奪的な経済制度は一部権力者が富を独占する状態を指し、特定の国というよりはそのような制度下に陥った国が衰退に向かうと考えられます。一部の指導者が長期政権を維持し、独裁傾向の政治を続ける状態は社会の停滞をうむことになるのでしょう。ソ連の崩壊、東欧諸国の崩壊、アラブの春などの事実を見ていてもそのように感じます。今後世界がどんな方向に向かうかは、それぞれの国の体制から考えてみるのも有効な方向かもしれません。「国家はなぜ衰退するのか」は、明確にそのような指針を示した書作です。

 

以上