サルを抱いて眠れ~継続する遺書とその主について~

サルを抱いて眠れ~継続する遺書とその主について~

「生きてるときに 言えば良かった」って思うなら、生きてるうちに言った方がいいやね。

自分のこと、他人のこと、いろいろなことを。いろいろと。

Amebaでブログを始めよう!

あいやしばらく。




特に変わっていない現況。冬には流氷が見られる土地にまだいる。


そして約1か月後に合格発表を待つ身。



毎年変わらないようで、変わってはいるのだけれど。





父親が亡くなったのは去年の1月だったのか。



来年は3回忌である。






また写真欲がふつふつと出てきつつある。

手持ちのカメラを活躍させるヒマもないほど仕事に傾倒しては疲れを取る週末。


もうちょっと、改善はしたい。




明日からの3日間が、ちょっとした勝負である。

うーん。




なんとなく、


恋を始めるような、そんなふんいき。




だなぁ。




始まるかどうかは、相手次第なのか。


それとも、僕しだいなのか。


はあー。


そんなことも分からない。


流れに乗っていくつもりの僕である。であるなあ。




気になる人が3人もいるっていうのが何なんだろうか。


それもいいのか。


29の人と、30の人と、35の人。


みょ~に、リアルな年齢だなあ。


そりゃ考えるさね、生涯の伴侶とかなんとか。




いずれの人たちも、びみょうな距離であったりする。


近くもなければとても遠いわけでもない。


そこそこに仲良くさせてもらっている。


なんとなく、


好印象な感じなんである。




どーなんだろーなー!!


わかんねぇなあー


んー



まあとにかく僕は僕のできることを精一杯やるだけだのっす。


誠実であれ。


自分に誠実であれ。


自分以外の人たちに誠実であれ。


自分の気持ちに正直になれ。




あとは、どうにかなるさ!


やらないことには、何も始まらないんだ!

意外に、簡単に書けるということに気がついて。



それでもだいたいミクシで間に合っていて。






ミクシでできなくてアメブロでできることって、なんだ?




残暑お見舞い申し上げます。

あー ども


だいぶ間が空いてました


いろいろありながら、日々のさまざまなものに心を奪われていながら



まー はい



そうそう、 自分はタバコを吸いますが、めっぽう弱いです


酒に弱い、って人はいますが、きっと自分の他にも弱い人っているはずでしょう


1mgが関の山です    それ以上のだと気持ち悪くなります


1日6本程度が限度    それ以上いくとホント気持ち悪くなります


昔はセブンやハイライトも吸っていたものの、そんな吸えなかった記憶があります




1本吸うと、頭がくらくらするわけです


結局、タバコが体に合っていないんですなー   34にして今さらですか   的な



20から吸ってて、途中で1年禁煙して、そんでまた吸って、また2年くらい禁煙して、また吸って


12年くらい吸いましたか   もういいでしょう   もう楽しんだでしょう


正直 1mgって おいしくないですし    かといって3とか6とか10なんて吸えないし


ずっと好きだったタバコ(ルーシア1mg)が廃止されたし    


買い置きしていたルーシアも、あと2箱を切ったし


5月31日は 世界禁煙デーですし


貯金もしたいし


ええ



とりあえず禁煙です


スポーツで汗したいです


バドミントンけっこうがんばりたいです


もうちょっと料理の味が分かる感じの食事をしたいです




少しでも やはり 長く生きていたいです




親族が肺ガンになりました


さいわい、現在回復に向かっているところですが


私もいつそうなるかわかりませんが




もう人生も折り返しだろうか


それとももう過ぎてしまったのか


後悔のない一日などありはしない


満足のいく一日などありはしない


もし一日でもあったとしたら  とたんに生きるのがつまらなく思えるのではないか


100%を追い求めても 100%にはたどり着けないからこそ


あくまでそれを求め続けて また一日を生きていく   


その繰り返しを  それほど意識することもなく


また明日も  いろいろ





本当は、死んだら浮遊霊にでもなりたい。


お盆の時などは、お墓には戻るが、基本は浮遊していたい。


生者の誰の邪魔もしない、化けて出たりしない、


ただ、この世の中で僕が死んでからも続いていくプロアマあまたのスポーツを見たいだけなのだ。


本当に、スポーツが好きだ。

それは何にしても言える。


野球、サッカー、バドミントン、テニス、相撲、バレーボール、バスケットボール、卓球、


はたまた、ホッケー、ソフトボール、剣道、柔道、テコンドー、競馬。


死んでからも結果とか試合の模様とか見られるなら浮遊しなくてもいいんだけど。




もし浮遊もできなくて、仏壇とか位牌にしかいられないのなら、


今日はこんなスポーツの結果があったよ、とか、できれば毎日教えて欲しい。


誰が横綱になったよ、とか。今年は日本ハムが優勝したよ、とか。

今の僕のモストフェイヴァリットアーティスト。


ダリアとか、やばい。深い。すごい。好き。





ライブも行くぞ~。

セイコーから、G-10000の後継機種が!!!!


ぜったい買う。


大きくて重いだろうけど。買う。


G-10001!


ネーミングが若干安直な気もするが。


10年は僕のお供をしてくれそうな気がする。




かといって、今愛用している、7年前に買ったキャノンの電子辞書を手放す気もない。


家用と、職場用と。使い分けようではないか。




鼻血出るほど高いがな。

めざましテレビの女子アナさんが、WBC日本チームのニュースかなんかで、

「~、望みをつなげました。」と言っていた。


つなげました?


つなぎました、じゃなくて?




それからいろいろ調べてみた。


つなぐ:もっとも一般的なほう。途絶えさせないようにすること。


つなげる:別々になったものを一つにすること。




つなぐのほうに、「望みを-」の用例が見られた。


つなげる、のほうは「ヒモとヒモとを-」という感じで、いったん切れた、または別なものをくっつける用法。





したがって、「望みをつなげる」というのは、もういったん切れてしまった望みを、もう一回復活させる、という意味なのだ。


WBCの日本に関して使うというのなら、、、切れてはいないよな一応。


だから、「望みをつなぎました」のほうが正しい!!


正しい。  のだが、


いかんせん、言葉は進化している。


「上げる」という言葉だって、もともと「上ぐ(あぐ)」という動詞から変化したというではないか。


書き言葉の世界、フォーマルな世界では、やはり「つなぎました」ではあるものの、


会話やカジュアルな場面などでは、「つなげました」も、「つなぎました」と同じような意味を有するのではないか。


この現代社会においては。


なので、「望みをつなげました」でも、正しい。


何が正しくて何が間違っているのかなんて、その時代で異なるものだろう。


まさに、移り変わる時代のニュースを伝えるアナウンサーが自ら言葉の移り変わりを体現したものと言えるだろう。




でも・・・違和感は拭えない。



そんな明るくないです。


そんな、ためにもならないかもです。


気づかないうちに毒々しい文になったり、


ななめに刺さっていたり裏返っていたり。



いつこの心臓がただの死肉に変わるか分からないので、


また、始めてみようと思いました。


約10年前くらいにホームページでやっていた遺書を、今重い重い腰を上げて。






僕が死んだら、持ち物はほとんど売りさばいて欲しい。


少しのカメラと写真と、みかん箱1つほどの大事なものを除いてすべて。


誰かが僕を思い出す瞬間に、立ちのぼってくる記憶の中でだけ、生きれればいい。


貯金とか余ったお金とかも、どこかの施設や団体に寄付して欲しい。


と、今未婚である僕は思うのだ。


結婚して、子どももできたら分からないなあ。




遺書はこれで終わりではない。


継続していく中で、またさまざまに遺す思いも変わってくるだろう。


今三十路を過ぎて、まだまだ知りたいことがある。まだまだなりたい自分が先にある。


まだ死にたくはない。生きる義務を果たし終えていない。



とりあえず、明日は洗濯機を回そう。