【本】新国立競技場、何が問題か | 飲・水・思・源・2

【本】新国立競技場、何が問題か

 

 今年の24冊目。「新国立競技場、何が問題か: オリンピックの17日間と神宮の杜の100年」

(以前書いたエントリーを間違えてすぐに消去してしまったための再エントリーです。というわけで今年の◯冊目の順番が入れ替わっています)

 

 今ではほとんど話題に上らなくなってしまいましたが、2012年に行われた新国立競技場の一回目のコンペ(正式名称は「新国立競技場国際デザインコンクール」)でザハ・ハディドが1等となった後、付近にある東京体育館を設計した槇文彦氏がその計画自体の巨大さに対して疑義を唱えたこと(「新国立競技場を神宮外苑の歴史的文脈の中で考える」)を発端とし、2013年10月に行われたシンポジウムをまとめた一冊。

 

 槇氏が問題としているのは、ザハ案を始めコンペに提出された案のデザインの優劣ではなく、東京の稀有な緑地である神宮の森の環境と景観を守らなければならないということです。つまり計画の前提である事業要綱を見直さなければならない。具体的には「最大高さを抑えること」と「延床面積を抑えること」です。

 

 高さに関しては、元々この一体は風致地区であるため、都条例により15mの高さ制限がかかっています。(ただし今回は条例制定前に建設された競技場の建替えであるため高さ30mまでは可能)。しかし都側は今回のために地区計画を改定し、高さ制限を15mから75mへ大幅緩和しました。75mとなると高層ビルの建つ高さになってくるわけで、そうするとそもそも何のためにこの場所を風致地区としたのかが疑問です。

 

 延床面積に関しては、建物のボリュームが大きくなれば見かけ上の威圧感が増し、また建設コストにも大きく関わることです。当時テレビでは客席数80,000人規模の競技場として、ロンドンや北京の五輪競技場と新国立のコストを比較していました。但し単に客席数が同じだからといって同じ大きさの建物が立つわけではありません。本書でも比較表が乗っているのでそこから一部引用します。

 

       客席数(人)  敷地面積(ha)   延床面積(㎡)

新国立競技場  80,000      11.0       290,000

ロンドン    80,000      16.2       108,500

北京      91,000      25.8       258,000

 

 上記のように、新国立の敷地面積は最も小さく北京の半分以下しかありません。そこに北京以上、ロンドンの3倍近くの床面積を持つ建物を建てようというのですから、環境上も工事進行上も負荷が大きくなるのは目に見えます。席数が同じなのになぜ延床面積がこんなに大きくなるのかというと、VIPルームであったりレストランであったりといった屋内施設が非常に充実していることにあるようです。勿論あったらいいなという設備は色々とあるでしょうが、その意見を全て取り込んだ結果小さな敷地に非常に大きな施設をつくれということになったわけです。ちなみにザハ案がゼロベースで見直され再コンペで選ばれた隈研吾+梓設計+大成建設案(2017年2月案)では延床面積が縮小され、194,000㎡となっています。

 

 今回のコンペはコンペの運営に関する様々な問題点が浮き彫りにされました。そのことについても何が問題であったのかについて本書で解説されています。今となっては2度目のコンペで選ばれた案が、建設過程と今後の使用についても透明性を持って説明されることを願います。

 

 

 

黒川哲志建築設計事務所HP:https://www.kurokawadesign.com