結論から言えば、「時間は人間が作り出したもの」というのは、正しくないと思います。

 

地球の公転を1年とし、1年を365日とし、1日を24時間とし、1時間を60分とし、1分を60秒としたのは人間の発明です。うるう年やうるう秒を入れるようになったのも、人間の発明です。

でも時間そのものはどうでしょう。人間が時間という概念を持たなくても、事物は運動し変化することは否定できません。世界が明るくなったり暗くなったりを繰り返していることはすぐに理解するでしょうし、暖かい時期や寒い時期が繰り返し来ることにも気づくでしょう。

 

世界が明るい間を昼と呼び、暗い間を夜と呼び、だんだん明るくなる頃を朝と呼び、だんだん暗くなる頃を夕方と呼び、さらに、暑い時期を夏と呼び寒い時期を冬と呼び、寒い時期から暑い時期に向かう途中の時期を春と呼び、暑い時期から寒い時期に向かう途中の時期を秋と呼ぶようになったのは、いずれも人間の発明です。

 

しかし、昼と夜が交互に来ることや、暖かい時期や寒い時期が繰り返し来ること、また、事物は運動したり変化することなども、全て人間の発明でしょうか。これらの現象は、人間の意志とは関係なく起こる現象です。

 

冬になると狩りに出ても獲物が少なくなりますし、住居にいても寒いので、秋になると冬の準備が必要だということも人間は理解していきます。そして、昼と夜が交互に来ることは、太陽のせいだということ、暖かい時期と寒い時期では太陽の位置が異なることを理解するようになります。このような現象の理解と共に人間は少しずつ時間の概念を理解していきます。そして文明が発展すると、1年を365日とし、1日を24時間とし、1時間を60分とし、1分を60秒と、その単位もより正確なものが求められていきます。

 

このように時間の概念は事物が運動し変化する自然界と社会における人間の営みをより円滑に行うという実用のために整えられてきたものです。

 

年、月、日、時間、分、秒をどのように決めるかは、人間が適宜決めたという意味で、人間が発明したものかもしれませんが、事物が運動し変化することや、その運動や変化を統一的に理解するために時間の概念が必要になるのであって、そのような概念や時間の概念を介して理解される事物の相互関係は、人間が勝手に作ったものではありません。

 

私たち人間は、ニュートン力学が想定した3次元の絶対空間と1次元の絶対時間の中で日常生活を送っています。

アインシュタインの相対性理論により、3次元の絶対空間と1次元の絶対時間ではなく、空間は重力によって歪んでおり、時間も絶対時間ではなく、相対的に伸び縮みするものだということが分かってきました。

 

だからといって、時間が存在しないというわけではありません。それぞれの状況に応じて形成される空間や、経過する時間は客観的に論ずることができるものです。

 

ですから、「時間は人間が作り出したもの」というのは、正しくないと思います。