「世界があり、世界を観察する我とは何なのか」という問への答えは、私たちが好奇心をもっている存在だということが言えると思います。人間は世界を観察するために好奇心を持っているわけではありません。むしろ、好奇心を持っていることが生存に有利に働いたと考えるべきでしょう。もちろん、好奇心が災いして、命を失った人々も多いでしょうが、人類全体としては有利に働いたことは疑う余地はないでしょう。
好奇心を持つことは、認識の発展を促します。それにより、生存のために、より適切な行動をとることができるようになります。
短期間で多くのことを学ばなければならない乳幼児に好奇心がなければ、知的発達は起こりません。人間だけでなく、類人猿やカラスなども、知覚的好奇心をもち学習します。好奇心による遊びなどが、環境に適応する新たな知見を生み出すことに役立っていると考えられます。
人間の「知的好奇心」は、社会生活を営む人間が、社会の発展とともに、知的好奇心はより高度な知識を求めるようになりました。高度な知識は、自分の生活や社会をより快適なものとし、不確実性を少なくするのに役立ちます。高度の知能を持つ人類がこれまでに発展したのは、知的好奇心を持っていたことに負うところが大きいと思います。