哲学の根本問題

「物質と精神はどちらが根源的か」という問いは哲学の根本問題である。

私はこの問いに対して、物質的な基盤なくして精神は存在し得ず「物質が根源的である」ことを確信している。しかし、そのような立場に立ちつつも、物質と精神の関係を弁証法的に正しく理解する必要があると考える。物質と精神とは単純に二分されるものではなく、相互に浸透し合う関係にある。

さらに、アインシュタインのE=mc2示されるように、物質はエネルギに還元され、 「精神もエネルギの現象形態である」から、「物質と精神はどちらが根源的か」 ではなく、「エネルギこそが根源的である」という第3の立場を考えることも可能である。しかし、私はこの第3の立場は採らない。

「エネルギこそが根源的である」という立場においては、物質も精神もエネルギの現象形態として同等のものとされる可能性がある。また、宇宙のエネルギを神とする客観的観念論にも道を開くことになるであろう。しかし、精神はビッグバン以前に神として存在したのではない。精神の存在しなかった物質のみの世界から、物質が高度に組織化する過程で生まれたものである。精神は高度に組織化された物質的基盤なくしては存在し得ないことが軽視すべきではない。その意味でエネルギは、元来客観的な存在として、物質的カテゴリに属するものと考えるべきであろう。

 

精神と物質の区別と同一性

精神的内容は、物質ではなく、物質的な現象に還元することはできない。しかし、精神は物理的世界において物質的な基盤の上に発生しているものである。精神が物質的世界に存在しており、物質的な基盤の上に発生するという関係にあるからには、物質と精神との間には作用と反作用の関係があり、精神が物理的世界と相互作用することは必然であって、精神が物理的世界の因果関係の外にあると考えることは、むしろ不自然である。

すでに述べたように、アインシュタインのE=mc2示されるように、物質はエネルギに還元される。一方、精神は、高度に組織化された物質の生み出したエネルギの高度な現象形態である。精神の内容は、それに対応する物質状態が存在するが、精神の内容を物質状態に還元することはできない。精神の内容は、観念としての存在である。その内容が自然科学に関するものであり、物質的世界を反映しているにしても、観念としての存在であることに変わりはない。

 

物質と精神の相互浸透的関係

精神の二重性

精神は、精神の存在しなかった物質的世界から、物質が高度に組織化する過程で生まれたものであり、精神は高度に組織化された物質的基盤なくしては存在し得ない。このように、精神が物理的世界において物質的な基盤の上に発生しているものである以上、物質的な世界と無関係に存在し得るものではない。その一方では、精神は物質的な世界から一方的な制約を受けるものではなく、物質的世界に働きかけることも可能である。我々の主体的な思考活動は、脳を含む身体の物質的基盤によって支えられつつ、主体的な働きをすることができる。そして、精神の主体的な働きによって、脳を含む身体の物質的基盤にも変化をもたらす。さらに、精神は意志から、外の世界へ働きかける物質的エネルギに変換される。

我々の主体的な思考活動は、脳を含む身体の物質的基盤によって支えられつつ、思考段階のその都度に対応する物質的状態が存在する。しかし、このことは、精神の内容が物質的状態に還元されるということではない。精神の内容は、意味の世界の出来事であり、物質的状態に還元することはできない。

精神の内容は、物質的世界のあり方と相互作用しあうが、異なるものとして区別されねばならない。科学的理論は、物質的世界を反映する認識内容であり、物質的世界を描写するために構築された観念体系である。数学的な科学理論は、数学モデルによる近似である。例えば、古典力学は、均一な三次元空間と一次元時間を用いた数学モデルである。相対性理論も光速一定と重力による歪む相対論的時空を前提とした数学的モデルである。

それが正しいかどうかは、現実世界の事象を正しく反映しているかどうかである。真理とは、物質的世界を正しく反映する認識内容である。すなわち、真理は精神により構築される観念体系であり、人類によって主観的に構成されるものである。しかし、その真理の基準は、物質的世界の側、すなわち客観にある。

 

物質の二重性

  物質が高度に組織化する過程で精神が生まれたということは、物質には精神を生み出す潜在的機能が備わっていたことを意味する。積み木をどんなに複雑に組立てても精神は生まれない。物質は積み木のような物体ではない。物質は、精神を生み出す潜在的な機能をもったものとして理解されねばならない。このように精神を生み出す物質のもつ潜在的な機能は、他の物質的な機能と無関係なものではなく、一体のものである。したがって、精神の活動は、物質の活動と相互作用し得るものである。

我々の行動は、精神的な営みである意志となり、物質的エネルギへの変換されることにより、身体の運動と、体外への働きかけが行われる。すなわち、精神的な営みが意志となり、物質的エネルギへと変換されるメカニズムが、脳を含む身体的物質的基盤に備わっている。

  動物の本能的行動も身体の物質的欠乏から、食欲、睡眠欲、性欲などの精神に働きかける内容に変換され、人間では、そこに理性的思考が加えられたのち、意志として、行動する物質的エネルギへと変換される。