自由意志の問題を解明するカギになるものは、下等生物における快不快と行動の変化を解明することではないかと思う。問題は下等生物の感じている快不快を観測することができないことである。また、どの段階で快不快が発生したのかということである。単細胞生物の段階から萌芽があるのか、それとももっと進化した段階にならないと快不快は存在しないのか。単細胞生物であれば、快不快など存在せず、ON-OFFスイッチのようなメカニズムしかないかもしれず、快不快が発生するには、下等ながら脳や神経系が必要なのかもしれない。
進化した段階にならないと快不快は存在しないとするならば、メカニズムが複雑になり、快不快の発生から行動に移る量子論的な解明と正確な叙述も難しくなるであろう。
重要な点は、肉体に直接につながるとはいえ、精神的要素をなす快不快を経由して、物質からなる身体の行動が決定されるということである。これによって、摂食行動や生殖行動など、個体の生存と種の維持のための最も重要な生物機能を本能が保証することが可能になるし、この延長上に、快不快から欲求、感情、理性的認識を含めた総合的な意識としての自由意志があるのである。
いずれにせよ、生物の行動は、心的現象によって動かされているという厳然とした事実があるのである。
心的現象が物理的現象の原因になり得ないなどと寝ぼけた前提で議論する「物理主義」の心の哲学では、心を解明する科学をリードすることはできない。
このようなアプローチによって、その解明につながるのではないかと思う。