リベットの実験についてのウィキペディア「自由意志」での説明は次のようなものである。
現在では生きたままの脳を研究することが可能になってきており、『意志決定の「機構」』(the decision-making "machinery") が働いている様を観察することができる。
この領域における重要な実験が1980年代にベンジャミン・リベットによって行われた。任意の時間に被験者に手首を曲げてもらい、それと関連する脳活動を観察する実験である(このとき、準備電位(readiness potential)と呼ばれる電気信号が立ち上がる)。準備電位は身体の動きに先行する脳活動としてよく知られていたが、行動の意図を感じることと準備電位が一致するかどうかはわかっておらず、Libetはこの点を探求した。行動の意図が被験者にいつ生まれるかを決定するために、時計の針を見続けてもらって、動かそうとする意識的意図を感じたときの時計の針の位置を報告してもらった。
Libet は、被験者の脳の活動が、意識的に動作を決定するおおよそ1/3秒前に開始したことを発見した。これは、実際の決定がまず潜在意識でなされており、それから意識的決定へと翻訳されていることを暗示している。
要するに、手首を動かす動作をしたときに、その動作と関連する脳の活動と、主観的意識的決定の時刻を比較したところ、主観的意識的決定の時刻よりも、脳の活動の方が約1/3秒早かったということである。実験結果の信憑性については、いろいろと追試がされているので、問題はないそうだ。この実験結果から、人間の意識的行動は、人間が意識する前に、脳によって無意識下に決められており、自由意志は幻想であるとの結論を導き出す人が多いようである。
リベットの実験そのものは、独創的なものであり、画期的な発見をもたらしたことは、疑う余地がない。しかし、自由意志は幻想であるとの結論を導き出すことは、短絡的であるように思われる。
被験者は、いつでも好きなときに手首を動かすことができ、その時刻(2.56秒で1周する時計の針の位置)を報告することになっている。被験者は自分が意識的に手首を動かすのであるが、その動作はどこから来るのであろうか。
被験者の多くは、実験中「手首を動かす気分」になるのを、待っているのではないだろうか。「手首を動かす気分」になって、手首を動かしたというのであれば、「手首を動かす気分」が先に脳の無意識で発生していて、これが脳の活動として検知されても不思議ではない。
また、被験者によっては、手首を動かすタイミング(時計の針の位置)を先に決めて、手首を動かす人もいるかもしれない。この場合も、被験者は、手首を動かす時刻を予め知っており、脳がそれに備えて、無意識下に直前に活動を開始したとしても、これも不思議ではない。
さらに基本に立ち返って、そもそもこのような手首の動作は、自由意志に関するものであろうか。被験者は、実験に参加することを決定した時点で、実験ですることは決められている。手首を現時点で動かすか、それともその10分の何秒後に動かすかは、自由意志の問題であろうか。
人間の自由意志は、その人生を通じて培われるものである。何の喜びも価値観も伴わず、いつ手首を動かすかが、自由意志を代表する実験になりえるのであろうか。自由意志は幻想であるとの結論を導き出す科学者がいるのであれば、自由意志について、もっと思索を深める必要があるのではなかろうか。