「脳と心の量子論」(治部眞理、保江邦夫共著ブルーバックス1998第1刷)を読んだ。
15年以上も前に出た本であるから、さらに理論が発展しているかもしれない。
量子場脳理論は梅沢博臣氏と高橋康氏により1970年代には提唱されていたようである。
 
脳はニューロンという神経細胞が多数集まって神経回路を形成しているが、この神経回路の作用は本質的な作用ではなく、意識などの高度な機能の本質は量子場にあるということである。これは、電気回路をいくら複雑に集積しても意識が発生しないであろうことからも、容易に推測できる。
 
量子場脳理論によると、外界からの刺激やそれに対する意識の印象も含めた内的な刺激も、最終的に脳細胞骨格や細胞膜の中に作られる電気双極子の形にまで変形された後、その近くの水の電気双極子の凝集体として安定に維持され、これが記憶を形成しているとのことである。
 
そして、脳の意識活動は、そのような記憶を蓄えた脳組織から絶えず生み出される光量子(フォトン)の凝集体として、場の量子論により記述されるその物理的運動によって担われているとのことである。この場の量子論により記述される物理的運動がどのように意識を形成するのかを具体的にイメージすることは難しいが、単なる神経回路ではない「意識の量子場」が形成されるということであろう。
 
私を含めて、量子論を充分に理解していない者にとって、そのような理論を理解することは容易ではない。
 
また、こころや意識というものが、我々が体験する内容を伴っており、それらがどのように物理現象に還元されるのかを想像することも難しいが、少なくとも、それらに対応する、光量子の凝集体の運動によって担われているという事実を否定することはできないであろう。
 
そして、精神界と物質界が分かれているのではなく、意識が、物質的な活動と一体であるからこそ、私たちの意志によって、肉体を動かすことができるのである。
 
すなわち、私たちの思考は、光量子の凝集体として、場の量子論的運動として営まれるものであり、意志決定は、量子場における運動を組織しコントロールするシステムとして形成されているのではないだろうか。量子場として意識が再構成され、意識の量子に対する反作用として、意志が形成され、量子ひいては物質を動かすのではないだろうか。